第101羽♡ 舞台上の真実

 

 「まさか今日来るとは思わなかったよ」

 

 玄関のドアを開けた前園から言われたのはその一言だった。

 

 ……無理もない。

 時刻は午後8時前、普通に考えたら人が訪ねてくる時間ではない。

 

 「悪いな前園、突然お邪魔しちゃって」

 「家はオレ以外誰もいないし別に良いけど……」


 前園が俺と一緒に来たもう一人を見る。

 

 バツが悪そうな宮姫が俺の背中に隠れる。

 それを見た前園が苦笑いしている。

 

 「まぁ中に入れよ……大したもてなしは出来ないけど」

 「ありがとう」

 

 玄関に並べられたスリッパを履き部屋の中に入る。

 家の中は広く調度品も高級品で統一されてはいるもののどこか閑散としていた。

 

 生活感がない。

 豪華なマンションは前園凛という学園の華に合いそうなのに、何故か合わない。

 

 「……この家の物はほとんど元から備え付けであったものだよ。だから引っ越す時には全て置いていく」


 部屋のあちこちに視線を向けていた俺を見て、前園がポツリと告げる。

 

 「ごめん。でもこんな立派な部屋に住んでるなんて凄いな」

 「それは母さんが頑張った結果だな、珈琲コーヒーでいいか?」

 

 「あぁ……」

 

 リビングに通された俺たちは、やはり高級とわかるソファーに腰をかけて前園を待つ。

 しばらく待つとダイニングから人数分のコーヒーカップを持った前園が戻ってきた。

 

 「悪いすずすけ……今ミルクなくてシュガーだけでも大丈夫か?」

 「……うん」

 

 「緒方はブラックで良かったよな?」

 「あぁ」

 

 前園はちゃんと宮姫の好みを知っている。

 以前はここで普通に飲んでいたのかもしれない。

 

 「……で、こんな時間に来たのは昼間のことだよな。すずの気持ちはもう分かったから無理強いはしないよ」

 

 「あ……」

 

 昼間のモップ会とは逆に前園が会話を遮ってしまったため宮姫が言葉を失う。

 

 ――これではダメだ。

 折角宮姫も覚悟を決めてたのに。

 今を逃したら、ふたりが仲直りの機会をなくしてしまう。

 

 「なぁ前園ちょっといいか?」

 

 照明のせいか、今は昼間と違い銀色ではなく金色に見える少女は無言でうなずく……。

 

 「さっき宮姫のことをって言ってたけど、前園はとっくに宮姫の本当の気持ちに気づいてるんじゃないか?」

 

 「すずの気持ち? 距離を置きたいってことだろ……」

 

 「そうじゃない、去年の白花祭を収めたDVDでふたりが出ていた劇を見せてもらったよ。俺は演劇について細かい事はわからない、でもクライマックスシーンで宮姫の台詞の一部は自分の気持ちをアドリブでやってるようにしか見えなくて、前園も宮姫に合わせて、気持ちに答えているように感じた。リアルな恋の掛け合いにしか見えなかった」

 

 「……すずの台詞に合わせただけだよ」

 

 「ふたりと同じクラスだった子に本当の台詞を聞いたよ。あのシーンは宮姫がアドリブで言ったのと全く反対の内容だったんだな……宮姫が演じるヒロインは本心とは別に戦地に向かう主人公を激励するのが本来の台詞だけど、アドリブでは戦地には赴かず命を守るために身分を捨て自分と逃げて欲しいという内容だった。でも台詞とは関係なく、次のシーンで前園が演じる将校は命を落とし、宮姫が演じるヒロインは途方に暮れる。恐らく宮姫は役と自分の境遇を重ねてしまい台詞が言えなくなった。だから心の中に秘めた気持ちを伝えたじゃないか? これからもずっとそばにいたいって」


 「緒方君もうやめて……」

 

 うつむいた宮姫は震えながら辛うじて聞こえる程度の声でそう告げる……。

 

 俺はふたりに酷い事をしている。

 でもまだ引き下がるわけにはいかない。

 

 「前園も劇中のことならなかったことにできるし、何より宮姫の真意を確かめることができると思ったから、あんなことを言ったんじゃないのか?」


 「違う……」


 「宮姫はずっと前から前園のことが好きなんだよ、友達の好きじゃない特別な好きだ」

 

 俺の声がリビングルームに響いた後、しばらく無音になる。

 

 前園が悪いわけでもないのにこうして責める様なことを言うのはお門違いだ。

 もちろん宮姫が悪いわけでもないけど……。

 

 このままだとふたりは元に戻れない。

 空白の時間が増えれば増えるほど互いの距離が遠くなる。

 

 だからやるしかない。

 こうでもしないと解決できない。

 

 「そうだよ……わかってた、だってオレは誰よりもすずのことを見てきたから」

 

 前園はやや疲れたような笑顔を浮かべそう告げる。

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