第142羽♡ 幼馴染とモニョモニョ……


 廊下の向こう側からわずかに喧騒が響く。


 第二校舎外れにある空き教室の片隅で、俺が隠れているのを知らない上級生の男女が唇を重ねる。

 

 以前、体育館裏に転がったボールを取りに行った際、似たような状況に出くわしたことがある。学園内にはそれなりにカップルがいる様だし、こうした場面に出くわすのは、割とある事なのかもしれない。

 

 気づいていませんと云うていで、この場からこっそり去るのがベター。ただし密室なら逃げだす事はできない。今の俺のように……。

 

 残された選択肢は一つしかない。


 知らない先輩カップルのモニョモニョが終わり、立ち去るのを待つ。


 ところがモニョモニョはエンドレスで、しかもどんどん煽情的になってきている。


 これはさすがにマズい。


 ちょっとすみません先輩方

 まさかとは思いますが校内でキス以上のことはしませんよね!?


 ――いや、絶対にしないでください!

 学生の本分は勉強やスポーツなどに勤しむことであり、恋愛は卒業した後もできます。


 もちろんアオハルでの甘い経験は、俺みたいな陰キャでも憧れます。 


 しかし、こうしたモニョモニョイベントは本来、毎日ウェーイ! 上等なリア充のみの特権であり、我々一般生徒には無関係です……ってまさか、先輩達はリア充ってヤツですか!? ちきしょうなんてこった……。


 その昔、偉い人は言いました。

 

 リア充爆発しろ! と。 

 

 俺の様なカノジョいない歴イコール年齢の慟哭なんて届くはずもないですよね。困った困った。


 ……などと頭の中でネガティブ発言を繰り返し、現実から目を反らそうとするが、どうにも上手くいかない。

 

 この場に風紀委員以上に行動規範になる望月楓がいたら、きっと不届きな先輩カップルを成敗してくれたに違いない。残念なことにこの場には楓はいない。

 

 代わりに幼馴染の宮姫すずが窓側カーテン裏に俺とひそみ、食い入るように先輩カップルを見守っている。


 やれやれ、どうしてこんなことになったのだろう……。


 三時間目終了後の休み時間に、俺達はこの場で今日分のノルマをこなしていた。

 ところが途中で先輩カップルが入ってきてしまい、動けないまま現在に至る。

 

 休み時間は10分しかない。

 四時間目の始業チャイムが鳴れば、先輩達も教室に戻ってくれるはずだった。


 ところが授業が始まり10分ほど経過した現在も、魅惑のモニョモニョタイムは続く。

 

 先輩達は当然、授業をサボっている。

 巻き込まれた俺と宮姫も同様だけど。


 狭いスペースに留まる俺と宮姫は密着するしかない。今のところ見つかっていないことだけが唯一の救い。

 

 『兄ちゃんに良い事を教えてやろう。すずはかわいい顔をしてるけど、服の下にはワガママなふたつのもぎたて果実が眠ってるんだぜ』


 潰れても押し返す二つの山の暴力的な柔らかさは破壊力抜群であり、良心があっけなく決壊しそうになる。


 ……いつぞやの義妹もどきからの情報リークは正しいと身をもって実感する。

 

 細い首筋を伝う汗も、肩の柔らかなラインも、白いブラウスの先にある下着のラインすらも近すぎて見えてしまう。


 先ほどから顔が赤く、息も少し荒い。

 窓側故の暑さだけが原因ではない。

  

 この拷問のような時間で俺も疲弊してきている。

 そもそも目の前にいる幼馴染があまりにも魅力的過ぎる。

 

 今日のノルマは終わったけど……もう一度宮姫にキスをしたい。

 

 その唇はさっきよりも甘く柔らかそうに見えるから。

 

 前に俺が急病で学校を休んだ時も、ノルマと関係なく宮姫とキスをしたことがある。


 あの後、雰囲気に吞まれないように気を付けようとふたりで誓った。

 でも結局のところ俺はまた吞まれそうになっている。


 そして宮姫も……

 

 この場から逃げるのは無理。

 この場で大人しくしているのも無理。


 ごめんなんて言わないから。

 かえって失礼だし……。


 「……いい?」

 

 右手を宮姫の左頬に当て、卑怯者の俺は宮姫を共犯に仕立てようとする。

 

 「……うん」


 あがなえないのはわかっている。

 砂一掴み分だけ残された俺の偽善は、指の隙間からさらさらと堕ちていく。

 

 何も聞こえない。

 すぐそばにいる先輩カップルもどうでもいい。


 ただ感情の赴くままに


 深く

 深く

 

 どこまでも堕ちていくのは心地よいから……

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆

 

 四時間目が終わるまで何度キスをしたのかもわからない。

 気づいた時には先輩カップルはいつの間にかいなくなっており、昼休みの時間に入っていた。

 

 誰もいなくなった空き教室で、茫然自失の俺たちは手を繋いだまま、ひんやりする床の上で座り込む。

 

 「緒方君は優しくないね。でもわたしはかーくんを忘れられないの」

 「俺はすーちゃんのことが大好きだったから、また会えて嬉しかったんだ」

 

 うわ言のような話は通じてるようで、どこか重ならない。


 「他の子にも優しいふりをしてるでしょ」

 「そうだよ。だから軽蔑して欲しい」


 「それなのにわたしは好きなの……緒方君もかーくんも……どうかしているよね」


 宮姫すずはちっとも俺の話を聞いてくれない。

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