第95羽♡ 三人だけのモップ会


 7月11日水曜日の夜――


 寝る間にさくらのプライベート写真と引き換えに北川さんから借りたDVDを見る。

 内容は昨年の中等部白花祭で前園凛と宮姫すずが出演していたものだ。

 

 俺は舞台や劇に詳しいわけではない。

 だけど某歌劇を模して描いたと思われるシナリオは無駄がなく複雑の設定もないので、すんなりと感情移入できた。

 演じている生徒達もかなり練習を積んだのか台詞回しが滑らかだった。

 

 中でも主役を演じている前園は元タレントだけあり別格で、自身の存在感もさることながら他演者の良さも上手く引き出し作品を一段上のクオリティに導いている。

 

 昨晩見た掲示板サイトに書いてあった通り、中学生の劇としてはかなり良いと思う。


 唯一の気になったのはクライマックスのシーンだ。

 

 ヒロインを演じる宮姫は一度台詞を止めてしまった。最初は演出かと思ったがどうやらハプニングだったようだ。

 

 しかし数拍おいてから台詞回しを再開する。

 

 一見台本の通り進行している様に見える。

 だが何となくだが違和感を感じたので一度再生を止め、動画を巻き戻し台詞を止まった少し前から見返すと、どうも前後の台詞が一致していないように感じる。


 まるで心に浮かんだ想いをそのまま綴っている。そう聞こえてしまう。

 

 一方、前園は戸惑う様子は見せず全てを受け止めた上で言葉を返す。

 だがこちらも途中までの台詞を考慮するとわずかだが違和感がある。

  

 それでも劇は破綻することなく進みは終幕する。

 

 割れんばかり拍手に包まれたまま動画は終了した。

 

 

 ◇◇◇



 蒸し暑い7月12日木曜日昼休み、週一回のモップ会開催日だ。

 今日はいつものカフェテラスではなく空き教室を借りて六人分の机と椅子を並べ座っている。

  

 ただし今日の参加者は、俺、前園、宮姫の三人だけ。

 さくら、リナ、楓の三人は事前に打ち合わせした通りここには来ない。

 

 前園と宮姫は何も知らない。

 

 事前に前園と口裏合わせをすることも考えたが、宮姫が勘付けば俺だけでなく、前園にも不信感を募らせることになりかねない。

 前園には申し訳ないがアドリブで動いてもらうことになるが恐らく俺の意志を汲み取り、上手く合わせてくれるだろう。

 

 ――とは言え

 やはり想定外だったのか前園はいつものような快活な笑顔ではなく、少し眉を下げた困り顔を浮かべている。

 

 対する宮姫も無言、無表情に徹している。

  

 「皆来ないね。緒方君何か聞いてる?」

 

 重苦しい雰囲気故か、宮姫が口を開く。

 

 「ごめん宮姫、今日は三人は来ない」

 

 「どういうこと?」

 

 口調こそ穏やかだが、不快感が含まれているように感じる。

 

 「前園と宮姫と話したいことがあったから席を外してもらった」

 「わたしは緒方君や前園さんと話すことはないよ」

 

 宮姫は俺が切り出そうとしていることを気付いたのか、手つかずのお弁当を包み直すとそそくさと離席しようとする。

 

 ……マズい

 

 「待ってすずすけ……せっかくだし話をしようよ」

 「、ひょっとしたら緒方君に頼んでこんなことをしたの?」

 

 「宮姫それは違う!」

 

 俺はとっさに声を挙げ否定する。

 

 「そう……でも緒方君にしろ前園さんにしろ、わたしからしたら同じことだよ、悪いけど先に教室に戻るね」

 

 「待って」

 

 この場から去ろうとする宮姫の手を前園が握り制止する。

 

 「離して前園さん」

 「離さない! すずすけは……そんなにオレのこと嫌なのか?」

 

 「そうじゃない」

 「じゃあどうして?」

 

 「話したくない、早く手を離して」

 「何も言ってくれないなら離さない」

 

 宮姫の白く細い手首を、やはり白い前園の右手が掴む。

 互いの白い腕と指は力んだことで更に白くなっているように見える。ふたりの表情が更に厳しいものになっていく。

 

 「痛いやめてよ」

 「……ごめん離すよ。でも少しだけでいい、席について話そうお願いだから」

 

 「わかった」

 

 宮姫は包んだお弁当を机の上に置き、さっきまで座っていた椅子に再び腰を掛ける。

  

 そしてフゥっと一呼吸すると前園の機先を制するようにゆっくりと話を始めた。

  

 「前園さん……わたしたちは中等部の三年間ずっと一緒にいたよね。

 良いことも大変なことも沢山あった。

 でも前園さんのおかげで何とか乗り越えれられた。

  

 わたし一人じゃ無理だった……

 今までありがとうお凛ちゃん

  

 これからは一人で頑張りたいの、お凛ちゃんがそばにいると甘えちゃうから」

  

 「すずすけがいつもそばにいてくれたからオレも頑張ってこれた。こちらこそありがとう。

 

 一人で頑張りたいっていうのはわかった。

 

 オレのせいですずすけは中等部でバスケ部に入れなかったから、高等部ではやりたいことやって欲しいし、オレも応援したい。

  

 だけど週に一度だけでもこうして話をさせてくれないか、クラスも違うし他の友達との付き合いもあるだろうけど」

  

 「さっきも言ったけど甘えになっちゃうからダメだよ」

 

 「自分に厳しくするためか……なぁすずすけ、オレと話したくない理由はそれだけか?

 去年の春くらいから一人でふさぎ込むことが多くなったよな? 

  

 オレ達の周りにはいつも変な噂があったから、その事を気にしてないか?

 いや……それだけじゃなくて他にもあるよな。一人で抱え込まないでくれ。頼りないかもしれないけど、オレはすずすけの力になりたいんだ」

  

 「……何にもないよ」

 「嘘だ!」

  

 「嘘じゃない」

 「本当のことを話してくれ。すずすけ」

 

 真剣な表情の前園は宮姫の肩を揺らす。

 宮姫は机の上に視線を落としたまま前園と視線を合わせない。

  

 「……どうしてわかってくれないの? さざ波を立てない様に終わらせようとしてるのに」

 「オレは何も知らないまま、すずすけとお別れをしたくない」 


 「そんなに本当のことを知りたいの?

 ……良い事なんて何もないのに。

  

 わかったよ。今度こそちゃんと聞いてね」

  

  ――何だか凄く嫌な予感がする。

  このまま宮姫に喋らせてはいけない。


 「ちょっと待て宮姫」


 俺は慌てて宮姫を制止した。

  

 しかし止まることはなかった。 


 「あなたはもう必要ないって言ってるの前園さん」

  

 視線を前園に合わせた宮姫は穏やかな表情のまま残酷なことを告げる。

 あまりの衝撃に俺は声を出すことすらできない。

   

 静まり返った空き教室には遠くからわずかに在校生の声が聞こえる。

 俺たち三人だけ外界から切り離されたように感じた。

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