第135羽♡ はじめての夫婦ライフ(#25 ふたりの約束)

 

 「じゃあそろそろ帰るよ」

 「……よければもう一日泊って行っても良いわよ。疲れてるでしょ」

 

 「さすがにこれ以上は家を空けられないよ、明日は学校だし」

 「それもそうね……ありがとうカスミ君、色々助かったわ」

 

 「少しでもさくらの役に立てたのなら良かったよ」

 

 時計は午後7時を指している……そろそろ帰らないと明日がきつい。

 

 二日間寝室として借りた部屋を出て、さくらと赤城家本館玄関に向かう。

 家まで車で送ってくれるらしい。

    

 「ふたりで色んなことができて楽しかったわ」

 「俺も楽しかったよ。バイト帰りに拉致されたのは驚いたけど」

 

 「お風呂はやっぱり恥ずかしかった」

 「ツカサさんにあおられても断れよ……俺だって恥ずかしいし」

 

 「でも……見たでしょ」

 「ずっと見れる位置にいたんだから仕方ないだろ」

 

 「で……どう思った?」

 「どうってそりゃ……」

 

 「望月さんや凜さんと比べないで答えて」

 

 楓と前園の名前を出されると反って想像してしまう。

 今はバスタオル一枚の楓も、温泉ですっぽんぽんだった前園のことも考えてはならない。


 あのふたりとさくらを一瞬でも比べたことがバレたら、俺の人生は強制的に終焉を迎える。 

 

 「えーとなんだ、さくらも大人になったんだなって……」

 「……えっち、すけべ」

 

 さくらがジト目で俺を見る。


 「すみません」

 

 「別にいいわよダーリンなら」

 「……お、おう」

 

 さくらの顔が赤いのがわかるし、俺も気恥ずかしさから顔が熱い。

 本当のところは全然良くないらしい。


 不可抗力だったとはいえ、ごめんさくら……。


 お風呂での麗しい姿は忘れるように努力する。

 絶対に忘れないだろうけど。

 

 気まずい雰囲気を引きずったまま、ふたりとも無言で玄関を目指す。 


 あぁ……こういう時どうするのが正解なんだろうね。


 高ぶった感情が冷めるまで大人しくするで合ってる? 

 でもそれは問題を先送りにしてるだけに思える。 


 いつも互いの間を複雑な感情が錯綜さくそうする赤城さくらとは結局のところ俺にとってどんな存在なんだろう。

 

 子供の頃、毎夏に会う大人しい女の子で……今は妹の親友で同級生で時々俺のことをからかってきて……たまにおっかなくて、しかも婚約しているからフィアンセだったりする。

 

 そんな俺達の10年後はどうなっているのか。

 

 毎朝、会社に向かう俺を「なるべく早く帰ってきて」と玄関で見送るさくらが淋しそうにするとか……。

 

 うーんないな。

 

 むしろ俺が専業主夫で、さくらがバリバリに働いている方が家計に余裕ができそうだ。いや共働きの方がマイホーム資金がすぐに貯まる?


 なんて……

 先の分からない未来を考えてもらちが明かない。

 

 婚約した頃はまだ俺は子供で、少しでもさくらの役に立つなら何でも良かった。

 

 今は違う。

 目の前の女の子のことを現実的に考えないといけない。

 

 「ダーリン何を考えてるの?」

 「……別に」

 

 「ひょっとして今すぐ結婚したくなったとか?」

 「それはない。もう少し高校生活を満喫したいし」

 

 「ダーリンの高校生活は教室で一人息を殺してるか、女の子に追われてるかどっちかよね」

 

 「そんな感じに見えるかもしれないけど……俺だってもう少し高校生らしい事をしたいわけよ」


 「高校生らしい事って?」

 「友達と徹夜でゲーム大会とか」


「ゲーム大会なら高校生じゃなくてもできるわ、アオハルアニメから考えると夏になったら海に行くとかじゃないの?」


「それは選ばれし陽キャ達だけが許されたことで陰キャの俺には関係ない。それにこの夏はアイドル活動があるから日焼けは極力厳禁だって」


 「大変なのねアイドルは……」

 「よくわからないけどそうらしい」


 確かにアイドル活動も含めてただのバイトなのに色々と厳しい。


 「ねぇダーリン一つ聞いて言いかしら?」

 「ん? どうした」

 

 「望月さんってダーリンの幼馴染なのよね?」 

 「あぁ俺と楓と宮姫は同じ保育園出身で昔三人でよく遊んでたよ。どうした急に?」

  

 「……ううん何でもない。それより夏休みにまた会いに来てね」

 

 赤城さくらはどこか切なげな笑顔を浮かべる。

 明日登校すれば、学園で当たり前の様に会えるだろう。

 

 でも同じ会うでもこれは意味が違う。

 さくらはずっと待ってるんだ。

 

 俺が来年の夏も会いに行くと伝えて別れたあの日から……。

 

 俺がちっとも約束を守らないから。

  

 「ボクはかならず会いに来るね。

 「うん、待ってる。カスミ君」

 

 だから、あの頃の俺達に戻りもう一度約束する。

 夏休みになったら今度こそ俺はさくらに会いに行かなければならない。

 

 今度はちゃんと守るからねさくらちゃん。 

 

 「今年の夏は凍れる砂漠の魔女アルティオのコスで、コミケに乗り込むわよ!」

 「ん?」

 

 「一昨日見せたやつ、コミケ用に特注で作ったのよ!」

 

 言われてみるとアルティオの衣装はかなり作りが細かかったように思う。

 

 「さくらによく似合ってたなアルティオのコスプレ」

 

 「ありがとう。自分でもピッタリだと思ったわ! あ~早くコミケの日が来ないかしら。待ち遠しい!」


 さくらは嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 

 転ギョニに登場する『凍れる砂漠の魔女アルティオ』はその名の通り、大陸西の果てにある凍れる砂漠に住むよわい500歳を超える大魔女で、登場時は主人公の敵だが、ある事件を境に頼りになる存在となる。作中キャラでは必ずトップ5に入る人気キャラクターだ。

 

 恐ろしい魔女でありながら、どこか純真でたまにポンコツになるところは、目の前にいる誰かさんと似ているかもしれない。


 でもまぁそこがかわいいところなんだけど……。

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