第136羽♡ 義妹もどきの憂鬱


 「ねぇ兄ちゃん」

 「なんだ妹よ」


 「まさかとは思うけど二日も家を空けて、プリン一つでわたしが許すとは思ってないよね」

 「あ、やっぱダメ?」

 

 さくらのお祖父さんの誕生日会に出席するため一昨日から二日家を空けた。


 帰りに機嫌を取るため近くのコンビニで多少高めのプリンを買って帰ったが、どうやら貢物が足りなかったようだ。

 

 「当たり前だろうが! それに膝抱っこして頭ナデナデしても無駄だからね」

 「そりゃ困ったな……でもナデナデ」

 

 膝抱っこをしているのはリナのご機嫌を取るためではない。

 

 全国の妹大好きシスコン同志たちはわかると思うが、ビタミンなどのように定期的に妹成分を取らないとお兄ちゃんは死んでしまう。

 

 決してよこしまな理由からではない。

 全ては妹への深愛ゆえである。


 なお膝の上の妹の膝やらお尻やらが柔らかいのは仕方ない。

 俺は変なことなんてこれっぽっちも考えてない……はず。

  

 「はぅううう……で、でもこれくらいのナデナデで屈するわたしではないのだ」

 「そうか……じゃあ止めるか」

 

 「え?」

 

 「嫌がる妹に無理やりナデナデするのは違うかなって」

 「う……」

 

 俺とて伊達にリナのお兄ちゃんを十年以上やっていない。

 妹の弱いところは手に取るように分かる。

 

 絶対に触ってはダメなところも。

 

 「悪かったなリナ……もう部屋に戻っていいぞ」

 「い、いいの? わたし本当に帰っちゃうよ? 後で後悔しても知らないよ!」

 

 15分以上ナデナデをするとリナは余裕がなくなる。

 逆らう言動とは裏腹に、ふにゃふにゃになって抵抗できない。

 

 そんなザコかわいい妹をついいじめたくなる。

 残念なことに良心よりも悪心の方が圧倒的に強い。

  

 「明日のお弁当はご飯と梅干だけになるかもしれない」

 「それ料理してないじゃん!」

  

 「だから明日は購買のカリブ風カニみそクリームパンにしてくれ」

 「あのパン、もう凛ちゃん専用みたいになってて他に買ってる人見たことないよ!」

 

 そんな前園凛も最近は俺が作ったお弁当を食べてる。

 つまり購買はカリブ風カニみそクリームパンのお得意様を一人失ったことになる。


 ちょっとだけ申し訳ない。

 でも俺が知らないだけで他にもカリブ風カニみそクリームパン好きがいるはず……。


 「むぅ……兄ちゃん優しくない、あとわたしの価値を分かってない」

 

 「え?」

 「義妹の希少性だよ! 兄ちゃんはこれまでの学校生活でクラスメイトや友達に義妹がいたことある?」

 

 「友達がほとんどいません」

 「あ、ごめん配慮に欠ける発言をした」

 

 「いいよ慣れてるし……ははっ」

 「窓の向こうを見ながら涙目にならないで! そ、そうだ! わたしが兄ちゃんの友達になってあげるのだ」

 

 「お前は妹じゃん」

 「あ、そうだった」

 

 時に優しさは残酷なものだ。

 気を使ったつもりが、相手の傷口に塩を擦り込むようなことをしてしまうこともある。

   

 「身近なところに義妹が一人いるぞ、楓は正真正銘リアル義妹だ!」

 「そうだった! しかも楓ちゃんのお姉さんは昨日会ったばかりだった! でも義妹って感じしないよね」

 

 「楓にお姉さんができて一年くらいしか経ってないからな」

 

 「つまり義妹歴一年の新人義妹ということか、義妹の先輩としてわたしが高く険しい義妹道を教えてあげるとしよう」


 「義妹道って何?……リナさんや……あなた義妹じゃなくて義妹もどきでしょ」

 

 「義妹も義妹もどきも関係ない――! 大事なのは義理の兄と同じ屋根の下で暮してるって事よ!」


 「楓に義理の兄はいないけど」

 

 「そしてふたりだけの夜に義理のお兄ちゃんは愛する妹と間違いを犯してしまうもの」


 「あの……リナさんボクの声は届いてる?」

 

 「兄妹の許されない関係は周囲にバレて……追い詰められたふたりは誰もいない静かな海へ」


 「ま、まさか心中とかしないよな!?」

 

 「手作りいかだで無人島に脱出、逃亡先で小さな愛を育む中、堕落した他の人類は、かに星雲より突如襲来した謎の宇宙艦隊により、辺境惑星に強制移住。地球に残された義兄義妹は創世のアダムとイブとなり、幸せに暮らすのでした」

 

 「いきなりの超展開で話を終わらせたな」

 

 「義妹と義兄の愛を邪魔する人類など、辺境惑星で草むしりでもやってればいいのだ」


 「みんなで草むしりしたら、はかどりそうだな」

 

 「でも終わったら、ゴミの分別はちゃんとやろうね!」

 「リナさんや……さっきから誰に向かって喋ってるの?」

 

 「おっとすまねぇ兄ちゃん……何だかわたし四カ月くらい放置されたような気がして、いつもよりはしゃいじゃった」

 

 舌をペロッとだし、はにかんだ笑顔を浮かべる義妹もどき。

 ちきしょう……かわいいじゃねーか。

  

 「四カ月って……さくらの家に行ってたの二日だけだし、昨日学校であったし、家にいなかっただけで実質毎日会ってただろ」


 「そうだけど――兄ちゃんが家にいないから寂しかったんだよ――!」

 

 さっきから膝抱っこしたままのリナは、振り向くと俺の胸に顔をうずめてくる。

 

 「家を空けてすまん。でも代わりに楓がいただろ?」

 「うん、いた……狂気の魔装メイド楓ちゃんが」

 

 「あのさ……本当に楓はメイド姿で手錠やら首輪やら眼帯を付けてたの?」

 「おおよ! しかもわたしのことリナお嬢様って呼ぶんだぜ!」

 

 「何か楽しそうだな……」

 「うん。どこかシュールで楽しかった。あとメイドとして何でも言うことを聞くって言うから一緒にお風呂に入った」

 

 「なんだって――!」

 

 「凄かったぜ楓ちゃんボディ……まぁ服の上からでもパツンパツンなのはわかると思うけど実際脱いだらマジヤベー! 湯船の中で揺れるたわわなおっぱいを見てるだけで鼻血が出そうに」

 

 「……っておい、同性同士だろ?」

 「同じ女でも、やっぱおっぱいって最高だなと思うわけよ。それに昔の偉い人も言いました。おっぱいを制するものが全国を制す! と」

 

 

 「おっぱいおっぱい言うな! 明日俺が楓に顔を合わせ辛くなるだろが」

 「おや~兄ちゃん、楓ちゃんにムフフな目線を向けちゃダメだよ」

 

 「む、向けないから」

 「あ~言い淀んだ。やらしい~まぁ今日のところは、わたしのささやかなもので我慢してくれたまえ!」

 

 「よせ! 押し付けるな――!」

 「お~兄ちゃん照れてる~かわいい」

 

 一瞬で良心が決壊しそうになるムニっとした柔らかな感触を押し付けられた。


 兄ちゃんの豆腐メンタルが決壊してしまう。世間バレしたら、それこそいかだで無人島に逃亡することになりそうだからやめて……。

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