第137羽♡ キミのいる日常


 「むにゃむにゃ……すぴー」


 さっきまで、元気いっぱいだったのに急に大人しくなったと思ったら、いつの間にスヤスヤと寝ている。

 

 リナは普段からよく寝る。

 普段から幼稚園児並みの睡眠時間を取る。

  

 明日から高校インターハイ都大会予選が始まるから仕上げで、今日は普段より疲れているのかもしれない。

 

 白花学園女子サッカー部の初戦は明後日だ。

 試合開始時間が授業中なので、残念だが応援には行けない。

 

 とは言え兄として学校を抜けだし、こっそり応援に行くべきか?

 さくらも出場するし……。

 

 とは言え、スタンドで応援してたら影の薄い俺でも、さすがに学園にバレるかもしれない。

 

 となるとやっぱり無理か……。

 初戦は妹を信じて大人しく待つしかなさそうだ。


 対戦校のここ数年の成績を見た限りでは、恐らくは大丈夫だろうし。

 

 それにもうすぐ夏休みだ。

 順調に勝ち進んでくれれば、二回戦以降は応援に行けるかもしれない。

 

 でもその前に……。

 

 「よっこらせと!」

 

 リナを起こさないように気を付けながら妹を抱えてベッドへ運ぶ。

 

 その横顔は年相応の女の子らしく整っている。

 普段の無邪気さは欠片も感じない。

 

 俺の妹は……高山莉菜はとても魅力的な女の子だ。

 こんなにも無防備なのは正直困る。


 だから艶のある口元や呼吸する度に上下する胸元を見ないように気を付けながら、ゆっくりと運ぶ。


 余計なことは考えてはいけない。

  

 ◇ ◆ ◇ ◆

 

 リナをベッドに運んだ後、久しぶりに前園と広田と三人でソシャゲ『ブルピュア』をプレーする。

 

 ここのところ忙しくて、毎日ログインガチャすら忘れる始末で、もちろんゲーム内ギルドにも顔を出しておらず、ほとんど幽霊部員状態になっていた。

 

 以前からサボり気味の広田も俺と同じだろう……と思っていたが、いつの間にか俺よりレベルが高くなっている。どうやら陰で努力してたらしい。ちょこざいな……。

 

 一方前園は俺達の中ではぶっちぎりで強い。

 所属する初心者ギルドでも最強レベルだ。

 

 今日は三人で出来るクエストをやっているが、前園は一人でモンスター達の大半を狩っていく。俺と広田は残りカスの相手をするだけ。

 

 何げなくソシャゲをやっている前園だがパリへの引っ越しを断るため今は渡仏している。

 

 普段と変わらずゲームをやっているということは、親御さんへの説得は上手く言ったのだろうか。

 

 家庭のことだから第三者の俺はどうにも聞きづらい。

 

 ……でも気になる。

 

 それに俺だけじゃなく、前園と仲の良い宮姫や楓も心配しているはず。

 

 ……やっぱりちょっとだけ聞いてみるかな。

 

 よし……

 ゲーム内の個別チャット機能で前園に話しかける。

 

 カスミン『そっちはどんな感じ?』

 ゾーノ『食べ物は旨いけど、まだ時差ぼけがキツい』

 

 カスミン『そうじゃなくて、親御さんとの話は上手くいった?』

 ゾーノ『そのことだけど、ここじゃなくてRIMEライムトークで直接話せない?』

 

 カスミン『OK!』

 

 ゾーノ『よろしく』

 

 ……ん? 

 チャットでは話し辛い内容なのか?

 

 ◇ ◆ ◇ ◆

 

 クエストを終えた俺たち三人はそのまま『ブルピュア』をログアウトした。

 10分ほど待った後、RIMEトークの着信音が鳴る。

 

 「もしもし」

 『よ、お疲れ、夜遅くに悪いな』


 「いいよ、それよりどうかしたのか?」

 『うん、どうかしたというか……その』

 

 歯切れが悪い。

 普段は少年のように快活な前園らしくない。

 

 「ん? 何かトラブルでも?」

 

 『トラブルと言えばトラブルかも……パリ行きを止める話を早速母さんとしたんだけど……』

 

 「うん」 

 

 『今まで住んでた家の解約手続きが終わってるからできないって……それにこれ以上一人暮らしさせたくないって』

 

 「じゃあ説得できなかったってことか!?」

 

 『まだ完全にアウトじゃないけど今のところは上手く言ってない、このままだと厳しいかも。だから奥の手を使ってみることにした』

 

 「何だそれ?」

 

 『……恋人ができたから離れたくないって言ってみた』

 

 「なっ!? 前園いつの間に恋人が!?」

 

 『もちろんいないよ! 最初は友達と別れたくないって言ったんだけど、友達ならパリの学校でも作れるだろって……だから仕方なく恋人を理由にすることに』

 

 「それで納得してもらえたのか?」

 

 『ううん、ますます空気が悪くなった上に間違いがあったら大変だから、やっぱり一人で東京に置いておけないって……』

 

 「マジか……」

 

 『オレはそれでも食い下がったよ。これまでバイト代があるから生活費はしばらくは心配ないし、学園の奨学金制度を利用すれば学費も何とかなるかもだし、母さんに反対されても恋人と離れたくない! って』

 

 「でも肝心の恋人がエアーだろ? 突き詰められるとヤバくないか?」

 

 『うん、そこなんだよなぁ……で母さんが言ったのが、パリで入学予定の学校見学が終わった後、しばらく休暇を取り一緒に帰国するから、まずは恋人に会わせろって』

 

 「完全に詰みだろそれ、今更大慌てで恋人作るわけにもいかないし」

 『そうなんだよな。……で相談なんだけど、緒方にオレの偽恋人をやって欲しい』

 

 「え――!? そんなん無理だって!」

 『無理ってことはないだろ、だって今日までさくらの恋人役やってたんだろ?』

 

 「まぁそうだけど……」

 

 『……それとも本当にさくらの恋人になっちゃってできないとか?』

 「それはない」

 

 『本当に?』

 「あぁ」

 

 実は俺とさくらはずっと前から婚約してるんだよ……なんて絶対に言えない。

 

 『じゃあいいだろ? 頼むよ緒方! 他に頼める人がいないんだよ。さすがにすずすけも無理だし』

 

 「宮姫は女の子だからな……」

 『と言う訳でよろしく、終わったらちゃんとお礼はするから』

 

 「わかった」


 前園の申し出を断る理由はない。

 と言うか断れない。

 

 前園がいなくなったら俺も困るし、下手をしたら学園全体が今年度中はずっとお通夜になるかもしれない。


 イケメンと美少女を兼ねる前園凜は恐らく白花学園ナンバー1のスーパーアイドルだ。

 

 特に中等部からの内部進学組は支持率は絶大。


 

 だけど今までも前園と関わることで周囲から羨望と嫉妬の眼差しを浴びてきた。

 

 これが偽とは言え恋人役となると……怨嗟は今以上に凝縮され、いずれ俺を呪い殺すかもしれない。

 

 でもそれ以前に、さくらのお祖父さんの話では俺には既に強力な地縛霊が憑いてるんだっけ?

 

 ではあんまり変わらないかもしれない。

 

 地縛霊か学園の在校生かの違いだけで、今のままだと呪い殺される現実は変わらない。なんだ大したこと……

 



 ある! 


 ぎゃあああ――――――――!!!

 いや――――――――!!!

 

 どうすれば良いのこれぇえええ!?


 今度こそ死ぬ――!

 ひょっとして某林檎好きの直死ノートに俺の名前が記載済みなのでは!?


 ……いやいやいや、取るに足らない陰キャなどノートに書く価値もないだろ。


 さて……困った。


 でもがんばるしかないよな。

 

 知らんぷりは絶対にあり得ない。

 

 いつも教室で寝てると邪魔しに来る陽キャのクラスメイトのため。


 何より俺にとって大切な日常を

 前園のいる当たり前を守るために……。

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