第62羽♡ 黛楓と違和感


 家族以外で緒方霞の16年間の人生で長く時間を過ごした人物がふたりいる。


 ひとりは高山莉菜、親戚にして妹のような存在。

 もうひとりは望月楓、旧姓まゆずみ、幼馴染で現在は俺の親友。


 長く艶やかな黒髪は今日も日に照らされ風に揺れている。

 そして白く柔らかな左手は俺の右手と繋がれている。


 現在は、通学途中。

 一応学園最寄り駅からは先は手を放している。


 楓に変な噂がたったら大変だから……。

 そうじゃなくても、普段から俺の傍にいることであれこれ言われてるかもしれないから心配。


『緒方君が中尾山から帰った後から、楓ちゃんもすずも凛ちゃんもさくらもみ~んなみんなおかしい。早くケアしないとどっか~んしちゃうぜ 』


 昨日、リナに言われたことが気になってる。

 パッと見だが、楓に変わった様子はない。

 

 朝露の引っかかりそうな長いまつ毛も、髪と同じく黒く澄んだ瞳も、小さく柔らかそうなその唇も俺の知る楓のまま……。

 

「ん……どうしたのカスミ? わたしの顔になんかついてるかな?」


 少し顔を赤くした楓は下を向いてしまう。

 ついでに恥ずかしがり屋なところも変わらない。


「なぁ楓、何か困ってることはないか?」

「家のお米がもうすぐ無くなりそう」


「明後日の勉強会に行くついで買っていくよ。10キロでいいか?」

「うん……でも悪いよ。重たいし」


「それくらいやらせろよ。後は?」

「朝の占いで牡羊座は十一位だった。探し物が出てこない日だって」


「うわっ微妙な順位と内容だな……他は?」

「姉さんが最近酔っぱらって帰ってくる日が多いんだけど、ベタベタしてくるのがちょっと大変」


「絡み酒ってやつか? 加恋さんとバイトのシフトが重なったらほどほどにしてくださいって言っておく、他は?」


「う~ん。特にないかな……でも強いて言えば」


「お、何だ?」

「わたしの親友が女の子にモテモテなのが心配」


「はぁ……前園を除けば楓も含めて子供のころから付き合いで、かまって

くれてるだけだろ」

 

「じゃあ凜ちゃんがかわいいの心配……」


「前園はエルフとかと同じ類で人智を超えた超常的な存在だから諦めろ」

「ふふっ、なにそれ……だけど凛ちゃんなら魔法とか使っても不思議じゃないかも」


「魔法くらい使うだろ多分……購買部のカリブ風カニみそクリームパンばかり食べてるけどな」

「食べたことないけど……ちょっとわたしも少し気になってるカリブ風カニみそクリームパン」


「やめとけ、楓の好みの味じゃないと思う」

「そうなの? ところでカスミとこの前出かけた後から凛ちゃんがすごく女の子っぽくなった」


「俺は今週は学校休んでて昨日少し見ただけだけど、いつも通りだったような」


「はぁ……カスミのバカ」


「ん?」

「なんでもない。後はリナちゃんとすずちゃんと赤城さんもかわいいから心配……」


「全員じゃん」

「そうだよ……だって皆かわいいもん」


「楓もかわいいだろ」

「え?」


 ビクッとした楓が歩くのを止める。


「ありがとう……冗談でも嬉しいかな」


「冗談では言わない。初めて会った日も中学で再会した後もずっと楓のことはかわいいと思ってる」


「初めて会った日……っていつか憶えてる?」

「当然だろ、俺の通ってた保育園に楓が途中入園してきて」


「そっか……そうだったね。はは」

「ん……昔過ぎて忘れちゃったか?」


「うん。小さい頃の記憶だから曖昧なところがあって、でもすずちゃんとカスミと三人で公園で遊んだのは憶えてるよ。それよりさ明後日だけど何か食べたいものはある?」


「勉強会の日か……楓の作る料理は何でもおいしいからな、俺の知らない料理を作ってもらってレシピももらえると嬉しい」


「それはダメ~。もう一通り教えたし、弟子が師匠を超えると困るし」

「ちぇ、師匠のケチ」


「ふふっカスミの胃袋を掴みたいしね」

「もう何年も前から掴まれたままだし、この先もずっとそうだろうし」


「じゃあ……わたしはいつか責任をとらないといけないね」

「ん?」


「なんでもない。早く学校に行こう」

「お、おう」


 何だろう……。

 上手く言えないけど何かもやもやした感じがする……。

 

 近づこうとすると遠くなる。

 俺と楓の距離は常に一定の距離が保たれている。

 

 中学の頃からずっとそんな感じ。

  

 幼馴染で、合い鍵を持っていて、うちには楓のエプロンが置いてあって、

 登下校するときは手を繋いで、互いの名前を呼ぶ関係だけど。

 ただの友達……あ、親友か。

 

 そう言えば中学の頃、俺は一時期、楓のことが好きなのでは?と思い告白しようとしたことがあったな。

 

 唯一仲の良かった後輩にも「先輩から言わないと駄目ですよ」って背中を押されて。

 

 でも……どうしてかわからないけど告白以前に終わった。

 

 アレは何がダメだったんだっけ?

 

 学校も放課後もふたりの時間はたくさんあったはずなのに。

 

 ……思い出せない。

 人間は都合の悪い事はすぐに忘れてしまうものらしい。

 

 俺は今も楓のことが好きなのか?

 

 ……少なくても嫌いではないな。

 

 まゆずみ楓……今は望月楓、クラスメイトで俺の親友、幼馴染、長く艶やかな黒髪が特徴的な誰もが認める美少女。

 

 俺は世話になりっぱなしで……そんな楓のことを俺は……。

 

「カスミ? ぼーっとしてるよ」

「おっ、すまん」


「電車上下線とも10分遅れだって」

「そのくらいなら余裕で間に合うだろ」


「そうだね」


 楓がにっこり微笑む。

 えーと何だっけ? 

 

 ――そうだ。

 

 今日は学校でやらなければならないことが沢山あった気がする。

 手始めは第七資料室の件だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る