第37羽♡ 乙女の一撃

「おーい! カスミ君~」

「あ、つかささんこんばんは」


 さくらとの話を終え、玄関に向かっていた途中で俺は声を掛けられた。


「うん、こんばんは~今さくらとの話終わったところ?」

「はい」


「わざわざ来てくれてありがとう……ちょっといい?」

「はい大丈夫ですけど、どうかしました?」


「あの子どうだった?」

「さくらですか? いつもの通りでしたけど」


「ふーん。頑張ったのね……」

「どうかしたんですか?」


「どうもこうも……帰ってくるなり大慌てでクローゼットの中の洋服を全部引っ張り出してファッションショー始めたと思ったらしっくりと来るものがなかったみたいで

 

 今すぐ買い物に行くって言いだして、わたしがもう間に合わないわよって言ったら

 大泣きした上で今日の予定を全部キャンセルして、いじけて部屋に閉じこもって

 

 どんなに呼んでも出てこないから、仕方なくドアをバールでこじ開けて、

 腕に覚えのある使用人四人掛かりで取り押さえたの……

 

 その後、無理やり学校の制服を着せたのがカスミ君がさっき会ったさくら」


「……わかりやすい説明ありがとうございます。お手数をおかけしました」


「さくらはね、カスミ君のことになると平常心でいられなくなるから~まぁ母親としても気になるとこだし~」


 そう――このつかささんはさくらのお母さんで、赤城家の黒幕にして大魔王さくらが頭の上がらない大大魔王。


 容姿は親子だけあってさくらとよく似ているが、違いは髪の色、さくらがレッドブラウンなのに対し、つかささんは漆黒に近い黒。


 身長は170cmオーバーのさくらより若干小柄。

 代わりに出るところ引っ込むところの強弱はさくらよりも……すいません以下自主規制。

 

 見た目が若く、親子というより姉妹という方がしっくりくるくらい。


 年齢的にはうちの親父とそう変わらないはずなのに、大学生と言われも何の違和感も感じない……。


 初めて会った十年ほど前から変わったように見えない。

 

「すみません、もっと頑張ります」

「うーんちょっと違うかな、頑張らなくていいから自然に接してあげて」


 さくらと同じ切れ長の瞳でウインクする。

 性格はさくらと全然違う。

  

 巨大コンツェルンである赤城グループの社長夫人なわけだけど、全然そんな風に見えない。


 学校の先輩みたいなノリ。だからと言って馴れ馴れしくはできない。

 

「……わかりました」


「そう固くならないでよ~そうだ、せっかく来たんだしご飯食べて行かない? 

 旦那もいないし~わたしもカスミ君とお話したいな~」


「いえ……今日は遠慮しておきます。家で妹が待ってますので」

「じゃあ一緒にお風呂入る? 人妻はいいぞぉ~色々巧いぞ~そしてエロエロだぞ~」


「何言ってるんですか!? 今日はおとなしく帰ります」

「よし……昔みたいにさくらと三人でお風呂に入って背中流しっこしよう!」


「だからダメです~!」


「じゃあじゃあ~さくらもそろそろお風呂の時間だしふたりでお風呂に入る? 

 夫婦水入らずだと~あの子喜ぶと思うし~」


「夫婦じゃありません。婚約はしてますけど、そんなことしたら激怒したさくらの一撃で湯船に俺の遺体が浮かぶことになります」


「大丈夫よ~カスミ君に触ってもらうためにあの子日々のケアをかかさないし

 ~胸がまだちょっと残念だけど、成長の余地が残ってるから少しだけ我慢して」


「あの~つかささん俺の話聞いてます? あと、さらっと娘さんの秘密をバラして大丈夫ですか?」


「というわけで誰か~さくらを呼んできて!」


 ……ダメだこの人、全然話俺の話を聞いてない。

 

 超絶マイペースのさくらママの鶴の一声から、待つこと一分四十五秒。

 不機嫌モード全開のさくらが先ほどと同じ制服姿のまま強制召喚されてきた。

 

「お母様一体何のご用でしょうか? あらカスミ君まだいたの?」


 ぎろりと睨むさくらたん……普通に怖いです。

 

「さくらちゃんあのね、カスミ君さくらちゃんとお風呂入りたいって、というわけで早速用意しなさい」


「なっ!? お、お母様、冗談も休み休み言ってくださいまし、そんなことできるわけないじゃないですか」

 

「でもでも~カスミ君が~さっき言ってたし~~~~」


 俺の目の前で嘘が捏造されていく~~~~!?

 

「カスミ君、本当にそんなふざけたこと言ったのかしら?」

「俺がいう訳ないじゃないか……つかささんも冗談きついな……ははっ」


「お母様、おたわむれもほどほどしてくださいな」


「え~ママは折角、素直になれないさくらちゃんのために頑張ってるのに~! 

 ぷんすかぷんすかぁ~! じゃあカスミ君、わたしとお風呂に入ろ♡」


 そう言い残すと、さくらをその場に残し、俺の手をガシッと掴みつかささんはズカズカ歩き出した。


「え、ちょちょっとお母様!」

「待ってください~つかささん」


「カスミ君、洗いっこしょうね~その前に、わたしのブラホック外させてあげるね。今日は男子が大好きなフロントホックブラだぞ~」


「お待ちくださいお母様! さすがにカメムシ以下のカスミ君とそれはダメです。

 赤城家の家紋にも傷が付きます!」


 がんばれ~さくらたん……今はキミだけが頼りだ!

 というか俺、カメムシ以下なの……? 

 

 俺カメムシみたいに臭いのぉおおお!?


「さくらちゃん、このままだとママとカスミ君はお風呂に行っちゃうよ~」

「それはさせません!」


「じゃあじゃあ、さくらちゃんがカスミ君とお風呂入るしかないよ~?」

「うっ……」


 呑気にさくらを応援してる場合はない。

 俺もさくらに加勢してつかささんの暴挙を止めなければならない。


 だけどつかささんの勢いに押されて尻込みしてしまう。


 決して『男子の好きな大好きなフロントホックブラ』が気になっているわけでは……ない。

 

 そう――スケベ心からではなく物理学的かつ哲学的に……まだ見ぬフロントホックブラの真相究明を知りたいわけでは……すみません。やっぱりちょっと知りたいです。


「わたしが……

 

 カスミ君と……


 ふたりで……お風呂……」

 

 今日の午前中に『憧れの前園さん?』に囁かれた時よりもさくらの顔が真っ赤になっていく。 


「良いじゃない~いずれ夫婦になるんだし~今のうち予行練習だと思えば~それに昔も一緒に入った事あるし~カスミ君はさくらの左のお尻にほくろがあることも知ってるし~」


「……えぇまぁそうですね」


「いっ!? いやぁああああああ~~~~~~!!!」


 耳にバチィ――ン!という強烈な音だけを残し、俺の意識はこの世界から強制退場することになった。

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