第38羽♡ カノジョの本音

 

 なんで俺はつかささんの言うことに素直に同意してしまったのだろう。

 そりゃ~お尻のほくろのことなんて、女の子なら誰でも知られたくないよな。


 さくらの繰り出したビンタの速さに目が追い付かなかった。

 俺は文字通りフッとばされ今背面飛びのような姿勢で宙を舞っている。

 

 子供の頃に見た弾丸を避ける某有名SF映画のように世界がスローモーションで流れているように感じる。


 実際は一秒もない刹那の出来事の中で、俺は妙に落ち着いている。

 

 ひょっとしたら……これが走馬灯ってやつか?

 さくらの高速ビンタの犠牲者として俺も名を連ねるとは……。

 

 入学してしばらくの間は、他の天使同盟メンバーと同様にさくらもめちゃくちゃモテていた。

 

 特に武道系男子には人気が高く、柔道部、相撲部、剣道部、空手部の先輩たちは次々と告白したものの、さくらはことごとく振り続けた。

 

 残念なことにその中には粗相そそうを働いた者もいたらしく、例外なくさくらにお仕置きされた。

 

 日ごろ鍛えていても、別次元の強さを持つさくらが相手では手も足も出ない。

 

 白花学園における赤城さくら不敗伝説の始まりだった。

 そしてさくらの、異名やあだ名は、男子生徒が振られる度に増えていった。


 『鮮血の死だれ桜』、『ミス・BADエンド』はまだいい。

 

 世紀末でもないのに、『世紀末覇王兼悪役令嬢』とか、全然峠は関係ないのに『峠のジャックナイフ』など日々増えていくさくらの異名。

 

 でもまぁ……そんなことももういいかな。

 

 俺はこのまま生涯を終えるのだから。

 それもフィアンセのビンタで。


 この世は全く持って無常なものなり……。

 

 できることならこの春の覇権アニメ『転生したら魚肉ソーセージでした。でもでも私は幸せです!あべしっ!』こと『転ギョニ』二期を見たかった。

 

 制作に時間が掛かるだろうから次のテレビ放送は早くても来年の夏以降だろうけど……。

 

 あぁ、意識は遠のいてゆく。

 ありがとう優しいも残酷なこの世界よ……

 

 ………………

 

 …………

 

 ……。


 ◇◇◇ 


 目が覚めた時、映るのは見知らぬ天井とベッドの上で休む俺を見下ろすさくらの顔だった。


 その瞳からぽろぽろと涙が滴っている。


「ここはどこだ?」

の部屋……大丈夫カスミ君?」


「あぁ、なんとか」

「ごめんなさい……つい」


「まぁ……気にするな」

「でも……」


「別になんとも思ってないよ」

「でもあたしは酷いことを……」


「だから気にしてないから……」

「本当に?」


「本当だ……だから泣かないで


 子供の頃と同じようにさくらを呼ぶ……。

 俺は何とか右手の動かしさくらの涙を拭う。


「うわぁぁぁぁぁぁぁん……ごめんねカスミ君。あたしのこと嫌いにならないで~!」


 拭いきれない涙が溢れていく……。

 高校入学後は泣かさないように気を付けていたつもりだったけど……。

 

 ……また泣かせてしまった。

 喋り方も元のさくらに戻ってる。

  

 今はただの気弱な女の子。

 白花学園最強最悪の天使と恐れられるさくらではない。

 

 人見知りで、いつも自信なさげで、声が小さくて。

 俺の後ろに隠れ、ピッタリくっついて歩くような。

 

 些細なことを気にして、辛いことがあるとすぐに自分の殻にこもってしまう。

 

 そんな自分を隠すため誰よりも努力し、普段は最強の武器と防具を身にまとっている。

 

 サッカー女子年代別日本代表。

 名門赤城家次期当主。


 高校生にして会社経営者。

 名門三条院女学院中等部主席卒業、白花学園高等部トップ合格。


 その他ピアノ、バレエ、生け花、書道、武道、どれをとってもハイレベル。

  

 その他、俺の知らない経歴はもっと沢山あるだろうけど、

 それら全てが本当のさくらを隠すためのカーテンにすぎない。

   

「大丈夫、さくらちゃんのこと嫌いになることなんて絶対ないから……」

「ごめんね……あのね……あたし大好きなの……カスミ君のこと」


「俺もだよ、さくらちゃん」

「……やっぱり嘘つきなんだね」


「……そうだよ、だからさ俺のことは絶対に信じちゃダメだ、あと俺以外への暴力は禁止だから、そのうちマジで死人が出る」


「普段はやらないよ……今日はびっくりしちゃったから手加減できなかった。ごめんなさい」


「まぁさくらちゃんが悪いわけじゃないから」


 つかささんも人が悪い……。

 わざと娘を挑発するようなことを言うしな~。

 

「ところで……ママが言ってたこと憶えてる?」


「つかささんが? 何か言ってたっけ? なんか頭がまだぼーっとしてるところあるんだよな~今思い出すわ」


「大丈夫大丈夫! 無理に思い出さなくていいから……」


 ……多分ほくろのことだよな。

 また嘘を付くことになるけど、わからないことにしよう。


 いくら俺でも、もう一度さくらに殴られたら今度こそ命が危ない。

 

「なぁさくら……」

「ん?」


「いや……なんでもない」

「そう……はっきりしない男は好きじゃないわ」


 俺の右手に自分の頬をのせ笑みを浮かべる。

 ようやく調子が戻ってきたようだ。

 

 良かった、良かった。

 

 昔のままのさくらには親しみがあるけど、最近のお嬢様? 

 いや悪役令嬢モードのさくらも俺は嫌いじゃない。

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