第36羽♡ ふたりの馴れ初め


 俺とさくらは、両親同士の付き合いで子供の頃から親交があった。

 このことはリナを含め天使同盟メンバー全員に話をしている。 


 ただし、婚約してること知るのは学園内では宮姫だけ。

他に知っているのは、うちの親父とさくらの家族、赤城家の一部使用人のみ、俺もさくらも口外しないようしている。

 

「なぁさくら、結婚相手が本当に俺で良いのか? 親同士が勝手に決めてことだし」


「……そうね、将来の結婚相手があなたと言われた時はもちろん驚いたわ……でもね、わたしはカスミ君以外の相手を考えたこともない。結婚相手があなたであることに何の不満もない」


 俺をまっすぐに見据え、迷いなくはさくらはそう告げる。

 曇りのない瞳は嘘をついているようには見えない。


 ……さくらには迷いがない。

  

「わたしではカスミ君のお嫁さんとして役不足かしら?」

「そんなことあるわけないだろ……でもなぁ~あの歳でいきなり婚姻届けというのはちょっと……」


 さくらのお父さんとウチのバカ親父は同じ大学のサッカー部で先輩後輩の間柄だった。


 とても仲が良く互いが大学を卒業した後も交流が続けていたそうだ。

 

 俺がリナの実家に預けられた翌年、小学校二年生の夏のこと、一年ぶり日本へ帰国することになった親父と会うことになった場所がここ、つまりさくらの実家だった。

 親父が日本にいる間、俺もこの家に泊まることになった。

 さくらと初めて会ったのもその時だった。

 

 以降、小学校六年生まで夏休みに毎年一年に一回一週間ほど親父と一緒に赤城家に滞在することが恒例になった。

 

 ここにいる間は、さくらとずっと一緒いた。

 

 出会って三度目の夏、小学校四年生のことだ。

 ヒグラシの鳴き声が室内まで届く部屋の片隅で俺はさくらに渡された一枚の紙に自分の名前を記入した。

 

 その紙は婚姻届けだった。


 もちろん小学生の書いた婚姻届けなんて何の拘束力もない。

 

 結婚出来る歳になってから区役所にこの時に書いた婚姻届けを持って行ったところで、きっと書き直しになるだろう。

 

 ――だが問題はそこではない。

 

 元々は仲のいい親同士が決めたこと。

 たまたま自分の子供が同い年で、遊ばせてみたら思いのほか仲が良い。

 

 だったら親、子供どちらも気心の知れた相手なら安心だし結婚もありじゃないか。

 恐らくそんな感じの冗談から始まった話だと思う。

 

 その場で俺とさくらの片方、または双方が断れば笑い話で終わり、すぐにこの話は立ち消えになったはずなのだが、そうはならなかった。

 

 一枚の紙が俺たちにとって切れない絆になると言われた時、少しでもさくらの助けになるならと思い、何の躊躇いもなく婚姻届けに署名した。

 

 当時から良家に生まれたさくらは多くの責務を抱えていた。

 

 必死に努力はしていたけど、不安げで、いつも涙を堪えているように感じることがあった。

 

 俺は一年の内、たった一週間ほどさくらのそばにるだけで俺と会わない間、どう過ごしているか知らない。

 

 それでもさくらの役に立ちたかった。


 婚姻届けに署名を終えた後、横にいたさくらが涙を浮かべ喜んでいたから俺も嬉しかった。


 実を言うと紙面上の『婚姻届け』という漢字を当時の俺には読めず、書いてある内容も全く理解していなかった。

 

「あなたとの婚姻届けだけど、大切なものだから貸金庫に預けたあるわ……いつでも見れるように写真に撮ってね、ほら」


 さくらはスマートフォンに保存された婚姻届けの画像を俺に見せる。


 『夫になる人 緒方霞』『妻になる人 赤城さくら』、緒方霞は汚い字で、赤城さくらは大人が書いたと言っても誰も疑わないような綺麗な字でそう記されている。

 

 言葉の重さをかみしめると、全身から嫌な汗が噴き出す。

 あの時さくらの役に立ちたいと思ったの事実だし、それは今も変わっていない。


 さくらのことは嫌いではない……むしろ魅力的な女性になり過ぎてて気後れしてしまうくらいだ。

 

 だがしかし、この婚約は小学校四年生の頃のものである。

 一生を左右するものを決めるには早すぎやしないか?


 当時の俺と言えば恋愛や結婚などを考えたことなく、学校でも少し女子と仲良くしたくらいで冷やかされていた年頃だ。

 

 今も大人になったわけではないけど、ごく普通の小学生でしかなかった。

   

 さくらはどうだったのだろう?

 もうあの頃には将来の事や彼氏とか未来の伴侶とか意識していたのか?


「婚約届けに何か問題があるかしら?」


「正直に言うとあの時、俺は婚約届けの意味をちゃんと理解してなくて、あと誰からの説明がなかった気がするんだけど」


「あら……何も聞かないから理解してるものだと思ってたわ、それにわたしのためなら何でもするってあなたは言ってたし」

 

 写真とは別にスマートフォンアプリを起動させる。

 

『さくらちゃんのためならボクが何でもする! どんな時でも支える。だからもう泣かないで』


 ボイスレコーダーアプリから若かりし俺の声が再生される。

 さくらに向かって叫んだ時の記憶も残念なことに残っている。


「あのですね。さくらさん……何であの時の音声データが当たり前のように出てくるの?」


「もちろん録音してたからよ」

 

「だから何で録音されてるの?」


「あなたが将来、記憶違いした時の証拠になるかと思って……実際こうして役に立ったわ」

 

 満面の笑みを浮かべるさくら。

 敗北感に打ちのめされる俺……。

 

 やられました……。

 全て仕組まれたものでした。

 

 今から六年前、アホの俺と違い、さくらは今と変わらずしっかり者だったってことですね。


 でも、あの頃のさくらは多くの悩みを抱えて打ちのめされていたのにはずなのに……。


 まさか、あれも全部嘘だったのか? 

 というか演技?

 

 ……な訳はないか。

 こいつは見た目ほど器用じゃないし。


 それにしてもこれだけ証拠が残っていると言い逃れできない。

 「何でもする」と言ったのも事実だし、あの時の想いも残っている。

 

 それでもさくらの人生をもらっていいのだろうか?

 赤城さくらは才色兼備の四文字で収まらないマルチな才能の持ち主。

 

 俺がいなければ、もっと広い世界に羽ばたいていけるのでは?

 それに気になることがある。


 さくらも白花学園天使同盟一翼『桜花の天使』……つまり堕天使遊戯に巻き込まれており、今言ってたことも含め全てシナリオの可能性がある。


 その場合、本音は別にあると言う事になる。


 ――確認する方法はない。


 天使たちはそれぞれ大切な秘密を握られている。


 ルールで、天使であるさくらに堕天使遊戯に関わることを確認することは許されていない。


 では今俺にできることはなにか……。

 できるがあるとしたら……子供の頃の誓いを果たすことだけだ。


 そう……だからどうあっても俺はさくらを支える。

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