第177羽♡ 夏休みでも関係なく
――7月22日月曜日午後2時
今日の俺は変則スケジュールだったりする。ディ・ドリームでの勤務は午前中だけで、夕方にアイドル活動のレッスンが別にある。午後一時から夕方まではフリータイムだ。
一度家に帰っても良かったが、昨晩調べた掲示板の事を宮姫に話すために学園に来ている。午前中に女子バスケ部のインターハイ予選があった宮姫は、学園へ戻っていた。
「惜しかったな」
「バスケの30点差は惜しいとは言わないよ」
「また相手が
「そうなの! また彩櫻でまた野川さんだよ、彼女が出てくるまでは9点差で何とか粘ってたのに……」
宮姫が以前言っていた彩櫻女学院の野川さん。
俺らと同じ一年生ながら実質的なエースらしい。
以前練習試合でも野川さんに辛酸を
彩櫻と言えば、ディ・ドリームで一緒の葵ちゃんが通っている学校だ。
今度、野川さんを知っているか聞いてみるか。
「やっぱ宮姫がプレーしているところを見たかったな、来るなって言うから、一度も行かなかったけど」
「インターハイ予選三試合で、わたしが試合に出たのは今日の5分だけだよ。見に来るのはわたしがレギュラーになってからにして欲しいな、三年間
部員の多い女バスで、一年生からベンチメンバーに選ばれるだけでも凄い。
だけど宮姫は相変わらず自己評価が低いようだ。
「すーちゃんを見れるなら一秒でも良いんだよ」
「かーくん」
すーちゃんは頬を少し赤くすると僅かに微笑む。
頬に右手を伸ばし撫でるように触る。
柔らかそうな唇がわずかに動く。
頬だけでなくその赤い唇にも触れたい。
「やめて……かーくん」
すーちゃんは、まだノルマをするための心の準備ができていないのか嫌々する。
「でも会った日は必ずしないといけない」
それが非公式生徒会が決めたルールだから。
「わかってるよ……でもこんなことばかりしているわたしたちは」
「もちろん良くない、未だにルールを覆すことができない俺も」
「かーくんは悪くない。これも全部非公式生徒会が……」
「どうあれ、俺がすーちゃんを傷つけていることには変わりない」
「かーくんがわたしを?」
「そうだよ」
「やっぱりやだな……こんなことは」
「ごめんね、ちょっとだけ我慢して」
「あっ……」
すーちゃんの顎を掴み、半ば強引に唇を重ねる。
嫌がっていてもすーちゃんは
もう何度もこんなことを繰り返してきたから。
夏休み期間だから普段とは比べようもないが、それでも部活や学校主催の夏季講習会などで生徒や教員が全くいないわけではない。
元気な運動部の掛け声が聞こえる中、互いの息が切れるまでの数十秒間。
空き教室にいる俺達ふたりの時間だけが止まる。
そして事を終えた後は、互いの荒い呼吸だけが空き教室に響く。
「苦しい。もっと短くして」
「すーちゃんがそれで良いなら」
「わたしのせいにしないで」
「そうだね。俺がそうしたかっただけ」
「……やっぱりかーくんは悪い人なんだね」
「そうだよすーちゃん」
そう思うことで少しでもすーちゃんの心が軽くなるならそれでいい。
でもね……
「あ、カメラで証拠撮るの忘れてた」
「……わざとでしょ」
「まさか……悪いけどもう一度いい?」
「かーくん……ううん、緒方君ほんとサイアク、今すぐ爆発四散して」
「はいはい、ノルマが終わったらね」
「はぁ、しょうがないな」
ボクは本当に悪いヤツなんだよ。
だから理由を付けて、嘘をついて今日二度目のキスをする。
こうして何度も重なることで、すーちゃんの中の緒方霞とかーくんの境は徐々に薄くなって消えていく。
境が全て消えたら、俺を嫌って欲しい。
その頃には堕天使遊戯も終わっているはずだから。
◇ ◆ ◇ ◆
「じゃあ過去二年間の首都理工化大学の合格者を知りたいの?」
「あぁとりあえずは」
ノルマを終えた後、昨日調べた結果を宮姫に共有する。
白花学園高等部公式ホームぺージによると首都理工化大学の合格者は現役、卒業生を合わせて一昨年が41名、去年も34名もいる。
合格者の中には他大学にも合格し、理工化大に進学しなかった生徒もいるだろうから理工化大に在学し、掲示板のコメ主になり得る人物は絞られる。
「ダメ元で、さっき理工化大に進学した生徒の氏名を聞きに進路指導部へ行ったけどやっぱ教えてもらなかった」
「う~ん、そうなるよね」
当たり前だが、昨今のご時世もあり個人情報守秘の壁が立ちはだかる。
あれこれ理由を付けて進路指導担当から何とか聞き出そうとしたが、やはり無理だった。
「教職員だけが使う学園内ネットワークのデータベースに知りたい情報が確実にあるだろうから潜り込めないかも試したことがあるけど、結論から言うと無理そう。昨夜の掲示板サーバーよりセキュリティレベルが数段上なんだよなぁ。万が一不正アクセスがバレたら停学ないし、最悪の場合は退学になるかもだし」
「無理はしない方が良いよ。堕天使遊戯の期限が迫っているから緒方君が焦るのもわかるけど……わたしも手伝うから地道に頑張ろう」
「ありがとう宮姫、助かるよ」
できれば宮姫を危険な事には巻き込みたくない。
だけど宮姫の持つ知見や人脈は俺にとって貴重な戦力だ。手放すわけにもいかない。
「理工化大なら白花卒業生で今も在学している人を一人だけ知っているよ」
「マジで? その人に会わせてくれないか?」
「緒方君も知ってる人だよ。
「蓮司先輩が?」
――
新進気鋭の若手俳優で今春の白花学園卒業生で前園凛にとっては兄の様な存在、宮姫とも旧知。
時任蓮司には、以前さくらとふたりで会いに行った時に連絡先を聞いている。その気になれば、今すぐにでも連絡が可能だ。
とは言え前園の下宿先問題がある今、できることなら会いたくない相手でもある。
会わないわけにはいかないよな。
それもできるだけ早くに……
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