第178羽♡ 意外なふたり
――7月22日月曜日午後7時。
今日のアイドルレッスンが終わった。
見た目はガチムチ、喋ればオネエのダンストレーナーに絞られ、加恋さんが床で延びている。
ダンススキルこそ高いが、高校卒業後は運動していなかったらしく基礎体力がない。
わたしは技術も体力もなく今日もトレーナーに怒られたけど、自主練の成果が出てきたのか、初めて最後までのメニューをこなすことができた。
一方優等生の葵ちゃんは、余裕の笑みを浮かべ既にスタジオを後にしている。
表現力、歌唱、ダンス、どれをとってもわたしたちの中では一人群を抜いている。
葵ちゃんにとってアイドルは天職なのかもしれない。
それはさておき……
「お疲れ様です」
倒れたままの加恋さんを
「ちょっと待てよ……カスミン、いつも
「ダジャレを言ってるくらいなら大丈夫ですよね。それではごきげんよう」
「ごきげんようじゃねーよ! どうしてそんなにも塩対応なわけ?」
「これまでの悪行で、わたしの加恋さんへの信頼が地の底まで落ちているからです」
「冷たい事言うなよ~同じ釜の飯を食べるアイドル仲間だろうがぁ」
「もちろん仲間です。アイドル活動時だけですが、では人に会う用があるので」
「あっわかったぞ男だな! カスミン男が出来たんだな! ちきしょう~結局カスミンも女の友情より男を取るタイプなのかぁ」
……この人うざっ。
マジうざっ。
でも予定があるし、早く振り払わないと。
「わたしとでは女の友情が成立しないですよね? ……これから会うのは男の人ですけど」
「やっぱりそうじゃん、女の子も男の娘も結局は友情より恋に走るんだよ!」
「だから走ってないです」
「男に走るなら中川さんの息子さんにしとけ。東慶大学に通うスポーツマンでなかなかのイケメンらしいよ、会う度に『カスミンちゃんはどうしたら息子とお見合いしてくれるのかしら? 困ったわ』って相談されるこっちの身にもなってくれよ」
中川さんはディ・ドリームで一緒に働くパートさんで、事ある毎にわたしと息子さんをお見合いをさせようとしてくる。でも中川さんはわたしが女の子じゃないことを知っている。
……どうして?
「ご迷惑をおかけしてますが、中川さんには断ってください」
「無理~この前、中川さんから金沢旅行のお土産で美味しい地酒を貰って、もう呑んじゃったし~勢いで必ずお見合いさせますって宣言しちゃったし~ってよっと!」
体力が回復したのか身体のバネだけでポーンと跳ね起きる。
体操選手みたいに身軽で天を舞う羽のように軽い。
「ちょっと何勝手な事を言ってるんですか!? お見合いなんてしませんからね」
「そう言うなよカスミン、お見合いをしてもらわないと困るのだよ、貰った地酒の等級を調べたらさ、特級なんだよね。わかる? 一番上のやつなの。美味しいのも当然だよね。もちろんお値段も相応にする訳よ、だから今更カスミンを説得できませんでしたとは言えないわけ、オーライ?」
わたしに詰め寄ると加恋さんはマシンガンのように捲し立てた。
「何と言おうと、わたし知りませんから」
「ねぇこの通りだよ。今回だけだからねっ! 加恋ちゃん一生のお願い~金輪際、軽はずみな言動は控えるから~」
頭の上で、両手を拝むようにくっつけると、猫なで声でわたしに甘えてくる。
はぁ……
今年に入ってから何度目の一生のお願いだろう。
週一くらいで聞いている気がする。
「ダメです」
「どうしても?」
「どうしてもです」
「わかった。じゃあこうしよう、カスミンがお見合いに行くと約束してくれれば、今この場であたしの脱ぎたておブラとおパンツを進呈しよう、学校の友達には内緒だよっ、てへぺろん♡」
「要りません」
どうしてわたしの回りには下着をあげたがる女子ばかりいるのだろう。それとも女子同士だと互いの身に付けているものをプレゼントしたりするものなの?
……そんなことないよね。
未使用品ならともかく。
「えぇ!? 普通即答で断る? 今日は割とセクシーなヤツだよ、何なら見る?」
「見ません」
「あたしのDカップじゃダメだと言うの? よしわかった。楓がお風呂に入ってる隙に使用済みファンタスティックなFの乳当てをゲットする、それなら文句ないでしょ?」
「だから要りません。楓にバレたら加恋さんもわたしも撲殺されますよ。絶対に止めてください」
「だよね~。でもどうすればカスミンはお願いを聞いてくれるんだよぅ~だよぅ~だよぅ~」
「山びこみたいに言ってもダメです。そもそも男の人とデートやお見合いとか、その……よくわからないし」
「おやおやおや? ひょっとしてウブなカスミンは照れてるだけで、本当のところは興味津々?」
わたしの言い方が良くなかったのか、攻めどころと判断した加恋さんが一気に畳みかけてくる。
やっぱりうざい。
……興味なんてないし。
ちょっとだけ胸が勝手にトォクン・トォクンするだけだもん。
「違います!」
「あ~顔が真っ赤だよ。わかるわかる。初めてだと恥ずかしいし、どうしたら良いかわからんよね~。そんなカスミンに朗報です。白花学園高等部元生徒会長にして元天使同盟一翼
えっ!?
下着はわたしの場合、男の子用と女の子用どっちなの!?
どうせならかわいいのがいい……でもわたしが付けてもいいの?
……って変な事考えるなわたし!
「カワタレドキ? 現役の頃の加恋さんの天使名って不思議な響きですね。恋愛マエストロって本当ですか? 彼氏はいないとこの前言ってましたよね」
「うぐっ、今はたまたまいないだけだし」
「今だけじゃなくて、ずっ~といないですよね」
「そ、そうだけど高等部在籍中は結構モテたんよ! 今だって一杯呑み屋にいる常連のおっさんやおじいちゃんにはモテモテだし」
「でも恋愛マエストロには程遠いですね。さてと……加恋さん元気そうだし、そろそろ失礼させて頂きます」
「待つんだカスミン! これから会うイケメンはどこのどいつだよ? 合コンならあたしも連れてけよゴラァ」
「合コンって一対一で会う事じゃないですよね。今から会うのは前園のお兄さんみたいな人です。深い意味はありません」
話すのは恋愛がらみの事ではない。
非公式生徒会のことだ。深い意味がないと言えば嘘になる。
「えっ? まさかレンレンと会うの?」
「レンレン? 知っているんですか蓮司さんの事?」
「うん……あたしが生徒会長やってた頃、レンレンは生徒会広報だったから」
時任蓮司が元生徒会広報、そして元生徒会長で天使同盟だった望月加恋とは旧知。
バラバラに見えたパズルが次々と繋がっていく。
ただの偶然か?
それともふたりが知り合いという事実は、何か意味があるのだろうか。
「すみません。加恋さんと蓮司さんとの関係、詳しく教えてくれませんか?」
「良いけどさ……代わりと言っちゃあ何だけど、あたしのお願いも聞いてくれるよねカ・ス・ミ・ン♪」
「……はい」
怖い……やっぱり男の子とデートもお見合いもしたくない。
でも背に腹は代えられない。
こうして
もちろん楓達には内緒で……
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