第53羽♡ 緒方ノックダウン
――頭も体も熱い。
頭痛と喉の痛さ、咳、体の節々の痛みが一気に押し寄せてくる。
マジ辛い。
どうやら風邪をひいたらしい。
一昨日の土曜日、中尾山で雨に打たれたのが良くなかったらしい。
麓の温泉でしっかり温まったはずなんだけど……。
期末試験まで二週間を切っており、できれば学校を休みたくなかった。
だけど登校できる体調ではない。
思えば異変は昨晩……いや、昨日の午後リナのトレーニングに付き合った辺りから出始めていた。
晩御飯も体調不良のせいか味がしなかったし、夜は悪寒と頭痛で何度も目が覚めた。
今朝はいつものように部活に向かうリナを学校に送り出すまでは元気なふりをした。
体調が悪いのバレたら一緒に学校を休むと言いそうな気がしたから。
リナが学校に行った後、いつも一緒に登校している楓に連絡を入れ、最後に学校に休暇連絡を入れたところで力尽きた。
以降はダウンとアップを繰り返し現在午後12時38分、学校は昼休みの時間。
せめて薬箱にある冷えピターンをおでこに張りたいけど、朝から何も食べてないし動く力もない。
体温は測ってないが、恐らく微熱ではない。
足裏や手のひらなどベッドに触れている箇所がものすごく熱い。
とにかく辛い……。
静かな部屋の中には俺の荒い呼吸だけが響く。
そう言えばこの家にはもう一人いるはず。
座敷わらし並に会うのが困難だけど。
助けてパパん。
ボクそろそろ限界です。
今回はマジでヤバいです!
でも……そうだった。
昨日の朝から急遽ロサンゼルスに出張中だった。
旅立つ三十分前まで知らなかったけど。
……仕方ない。
体調が良くなるまで引き続きじっとしていよう。
夕方になれば妹が帰ってくるだろうし。
家に誰もいないのは久しぶりだ。
リナが下宿するようになってから、一人になることはほとんどなかった。
そう言えば、中学時代はよく来ていた楓があまり家に来なくなった。
俺のアルバイトが忙しいせいもあるけど、遠慮してるのかな。
気にしなくてもいいのに。
だけど楓に頼り過ぎてたから、今が丁度いいのかもしれない。
この前、前園と三人で宿題をやった時に「もっと頼って」って言われたばかりだけど。
リナはお昼ご飯何を食べたんだろ?
何度か学園のカフェテリアも使ってるはずだけど、普段は大体俺が作ったお弁当だ。
カフェテリアはメニューが多い。
値段も手ごろだし。生徒の間でも評判がいい。
もし……
「兄ちゃん今まで弁当ありがとう、カフェテリアの方が美味しいから明日からは用意しなくていいよ」
とか言われたらどうしょう。
兄ちゃんもっと頑張るから、これからもお弁当を食べて!
味で負けたとしても、真心だけは誰にも負けないから!
リナの体作りを優先して糖質や脂質を抑えたおかずを増やしていることがバレてたら、兄ちゃんの弁当やだって言われるかも。
脂っこいものが無性に食べたくなる気持ちは分かる。
だけど食育に基づく体調管理をしっかりしないと怪我に繋がる。
妹を応援する兄として、時に心を鬼にせねばならない。
でも嫌われたら……その日が緒方霞の命日です。
うちの妹……義妹もどきはかわいい。
嫌われたくない。
お弁当と言えば……
今日から前園の分も作る予定だったのに悪いことしたな。
午前中の意識が戻った時にRIMEでメッセージを送ったら『わかった気にするな。しっかり休んで』とは書いてあったけど。
俺と同じように雨に濡れた前園が体調を崩してなくて良かった。
しかし土曜日は色々と大変だったな。
露天風呂に美少女エルフがいた気がする。
あれは幻だな。
現実と妄想の区別がつかなくなったらまずい。
でも……あの時の感覚が残っている。
触れた白い肌と淡い唇。
理性が崩れなかったのは奇跡に近い。
これから前園とどう向き合えば良いだろう?
頼まれ事もあるし……。
頼まれ事……宮姫と前園のふたりの関係修復。
前園の話では中等部卒業式まで、宮姫に変わった様子はなかったらしい。
高等部に入学した直後に「しばらく距離を置く」と一方的に宣言されて以降は今のような壁のある関係。
話しかけてもRIMEで連絡しても応答なし。
クラスが違うため現在はモップ会で週に一回、顔を合わせる程度。
……となると中等部卒業間近で何かあったと考えるのが自然か。
またはそれより以前からすれ違いが生じており、高等部入学を境にして宮姫が前園との友達関係を終わらせた?
いや……宮姫は今でも前園のことを気にかけている。
友達を止めたいわけではない。
では何が原因か?
現状ではふたりに関する情報が足りない。
宮姫本人に疑問をぶつけるのは手っ取り早い。
でもナイーブな問題かもしれないし、さくらが言っていた通り慎重に進めた方が無難。
さくらが温泉まで用意してくれたのにまさか風邪をひくなんて……。
そもそも一昨日の俺と前園の尾行のためにどれだけお金を使ったんだろう。
一大コンツェルンのご令嬢兼会社経営者からしたら小銭かもしれないけど。
中三の夏にさくらと再会した後も知らぬ間に尾行を付けられていた。
スーパーでタイムバーゲンのたまごを買ったことや、本屋さんでグラビアアイドルが表紙の雑誌をチラ見したことまで記載された辞書並みに分厚い素行調査結果を見せられた時はマジでドン引きした。
高校進学後は尾行を付けない約束だったかと思いますが、誰かと出かける時は別なんですね、さくらたん……。
俺に自由をくれマイ・ハニー!
鳥のようにあの青い空を飛びたいんだ――!
はぁ……ダメだ、ますます頭が痛くなってきた。
このままだと死ぬもしれない。
その時……。
――ピンポーン!
ん?
玄関のチャイムが鳴った。誰か来たようだ。
郵便物なら取りに行かないといけないが変わらず体が動かない。
やば……しかも息がますます荒くなったきた……。
郵便配達の方へ……
お忙しい中ごめんなさい、後で再手配の手続きします。今回だけは許してください。
また意識が飛ぶ…………
………………
…………
……
あれ?
ひんやりとしたものが額に当たる。
とても気持ち良くて何だか落ち着く。
このままでいたい。
この以上ない安らぎを感じる。
ひょっとしてついに天から来たのか。
天使の迎えが……。
天使?
なんだ珍しくない。
毎日五人は見てる。それもとびきりかわいい天使達を。
ゆっくり
カーテンを閉じたままの部屋は薄暗い。
俺の顔を覗き込む綺麗な顔が映る。
グレーとベージュの中間のショートミディアムヘア。
大きな瞳とぷくっとした涙袋に特徴がある幼馴染。
「あれ宮姫?」
「あ、目が覚めたかな。大丈夫緒方君?」
「あぁ……どうして家に?」
「お見舞いに来た、その……皆を代表して」
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