第52羽♡ 混浴事件の舞台裏

 

 衣類の洗濯、乾燥が終わり着替えた後、

 温泉旅館の仲居さんに十分にお礼を言ってから俺たちは中尾山を後にした。

 

 帰りの電車の中での前園はいつも通りだった。

 午後六時過ぎに新宿まで戻るとそのまま解散となった。


 前園はこの後、アルバイト先の漫画家さんのところに顔を出すらしい。

 

 俺はこのまま帰宅だけどその前に……。 

 新宿駅南口から信号機が青になるの確認しバスダ新宿方面に向かう。

  

 いつもと変わらず人が多いが、辺りとできるだけ距離を取るとスマートフォンで電話アイコンを押す。

 

 スリーコールほどするとさくらが出た。

 

『あらダーリンごきげんよう。もうデートは終わったのかしら?』

「あぁ、でもデートじゃないから」


『男女で出かけたらデートと変わらないわ。楽しかったかしら?』

「中尾山に行ったんだけど楽しかったよ。ちょっとしたハプニングがあったけどな、って俺が言わなくても大体把握してるだろ?」


『何のことかしら、今日はダーリンの妹と部活だったのよ。分かる訳ないじゃない』


「部活お疲れ、そこは間違ってないだろうけど、俺と前園に尾行なしとは思えなくて


 赤城家の人達だと俺が顔を憶えてる可能性があるから、外部の人間を雇い三、四人を尾行班、山頂と麓には連絡役として赤城家の人を配置し

 

 あとは……そうだな山の一本道だと顔がバレやすいから登りと下りで、尾行する人間も変えてるかもな」


『何か証拠でもあるのかしら? 尾行はともかく、カスミ君達の行き先を事前に知らなければ目的地に人を配置することはできないわ』


「確かにそう……行き先を知ってたのは前園だけ

 でも集合場所や日帰りできる距離、服装、荷物から行く先はある程度絞れるだろ


 俺の事前予想だと、行き先候補本命は中尾山で他に、吉祥寺の井の腹公園か

 立川の大正公園、新宿付近なら新宿玉苑や代々木大公園辺りだった


 どうして俺が尾行されてたと思うかだけど

 フィアンセは常に準備を怠らないしっかり者だから」


『わたしのこと褒めてくれるのは嬉しいけど買い被り過ぎね、根拠も予測から出てないし少し弱い』


「そうだな。下山時に突然の雨に降られて、ずぶ濡れになった後

 ふもとを歩いてたら偶然通りかかった温泉旅館の仲居さんに助けられたんだけど


 最初から俺たちが来るのを知ってたみたいだった。

 他にもずぶ濡れの登山客は沢山いたのに」

 

『濡れた女の子、凜さんを見たら心配しても不思議じゃないわ』


「確かにそれはある……ただ偶然助けたより、狙って助けたって方が自然に感じるんだよな


 前園はあのルックスだから、どうしても目立つだろ


 高校生くらいの金髪の女の子を含む二人組を捕まえろって指示を出し

 さらに下山してくる道と大体の時間帯が分かっていれば簡単に捕まえられる

 

 あとお世話になった温泉旅館だけど

 さっきネットで調べたら普段は日帰り入浴サービスをやってないな

 

 それなのに入浴代金だけで、濡れた洗濯物の洗濯や休憩部屋まで貸してくれた。

 仲居さんはとても良い人だったけど、さすがに気前が良すぎる」

 

『ダーリンは疑い過ぎよ……でもまぁいいわ

 雨に濡れたのは残念だったわね

 

 温泉旅館は急遽手配したから指示が雑だったかもしれない』


「いや助かったよ。さくらは俺達のことを心配してくれたんだろ

 

 ずぶ濡れだと電車に乗りずらかったし

 

 どんなに準備しても想定外は起こり得る。みたいに」


『そうね』


「でも前園と俺を同じ貸切湯に入れるのはやり過ぎだろ」

 

『ちょっと待ってダーリン、そんな指示は出してないわ』


「え、マジで?」


『ダーリンが言った通り、わたしの指示は高校生くらいの外国人の女の子を含む二人組を確保しろってだけよ。本当に凜さんと温泉に入ったの!?』

 

「……その問いには『YES』としか言えない。でもワザとじゃないからな! 素顔をさらしてたから仲居さんが女の子と勘違いしたっぽい」


『ワザとか、そうじゃないとかの問題じゃなくて……あぁ何てこと! 重大インシデントだわ!


 凜さんに合わせる顔がない……

 

 ゾオリムシ以下のカスミ君とリアル天使の凜さんが同じお風呂に

 

 あり得ない、絶対に!

 

 なんて罪深いの、有史以来最悪の惨劇よ!

 

 こうなった以上、責任を取りカスミ君もろともわたしも腹を切るしか……』

 

「ちょっと待て、さくら? 落ち着け! 


 やましいことはなかったし、前園もお風呂に入れたことには感謝してたから」


『何がいけなかったのかしら?

 この前カスミ君とお風呂に入るのを拒否したから?


 お母様に言われたからって『はい、お風呂に入りましょう』なんてないし』


「もしもし……さくらさん聞こえてます? お願いだからこっちの世界に戻ってきて!」


『あの時、お風呂に入っていれば今日の憂いもなかったかもしれないわね』


 まだ電話中なのにさくらは敗因分析モードになっているらしく俺の声は届かない。


「さくら俺の話を聞け~!」


『さっきからうるさいわねダーリン、何かしら?』


「心配するようなことは何もなかったから気にするな!

 あと、ついでで悪いけど前園と宮姫の仲が上手くいかなくなった訳を知ってるか?」


『何で急にその話が出てくるの? わたしが凜さんやすずと知り合ったの白花に入学してからよ。ダーリンよりもふたりのことを知らないわ』


「学園内で俺と利害のありそうな人間はとっくに調査済みだろ」


『どうしてそう思うの?』

「さっきも言っただろ、赤城さくらは準備を怠らない」


『わたしのことを本当によく理解してるのね

 でも教えてあげれることはないわ


 仮に知ってたとしてもプライバシーに関わることは言えない』


「そっか……なら仕方ないな」

『随分あっさり食い下がるのね』


「言われてみると、さくらに聞くのは反則だし筋違いだと思った。ごめん」

『ふたりの問題に踏み込むなら、それ相応の責任と覚悟が必要よ。忘れないで』


「憶えておく……今日は色々ありがとうさくら、愛してる」


『ふふっ……嘘つき』


 スマートフォンの通話をオフにする。


 宮姫と前園の問題は俺が思っている以上に根が深かそうだ。

 

 来週月曜から早速動くとしよう。

 

 あれ? リナ、宮姫、楓からRIMEが来てるな……。

 そう言えば新宿まで戻ってるってまだ連絡してなかった。

 

 メッセージ件数は

  

 リナ 1件

 宮姫 1件

 楓 49件


 楓さんちょっと多いですね……。

 心配してくれたのかな。


 さくらからRIMEメッセージが来てないのは恐らく俺が連絡してくるのを予測してたから。

 電話を掛けてすぐに出たのがその証拠。


 俺が尾行されていることを見破るのも想定内かな。さっきも取り乱しているように聞こえたけど、本当にヤバい時は一人称あたしの通称『さくらたんモード』になるし。

 

 食えないお人ですね。

 フィアンセ様は……今すぐ異世界転生しても聖人でも悪役令嬢でも魔王でも卒なくこなしそうです。 


 それはさておき、まずは楓から連絡するか。


 前園とも何もなかったことにする約束だし、先ほどのさくらと同様にある程度ぼかして話さないと。


 とは言えさくらは全部じゃないにしろ、ある程度知ってるわけで……。


 色々良くないな、コレ。

 皆に言えない秘密が増えていくのは気持ちの良い事ではない。


 自分や誰かのためだとしても。

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