第51羽♡ カノジョが放課後に願うこと


「代わりにオレ……わたしのこと、いつでも好きなようにして良いよ。緒方霞君」


 前園がとんでもないことを提案してきた。

 俺が前園と付き合う?


 いやいやいや――ないだろあまりに恐れ多い。


 大変なことをやらかしてしまったけど、これは不幸な偶然が重なった結果で、決してわざとではなく、もちろん前園も本意だったわけでもなく。


 とは言え今日のことで前園が傷ついているなら俺が悪くないとは言えない。

 

 だからと言って……。


「ダメだ、ちょっと人には説明しずらい状況だけど、それだけで前園と付き合うのは違うと思う」


「……わたしのこと嫌い?」


「それはない、いつもそばにいてくれて嬉しいと思う」


「じゃあもっと緒方のそばにいたいと思うのはダメなことなの?」


「それは……」


 うわべだけの言葉を並べても前園を傷つけるだけだ。

 でも伝えるべき言葉が中々見つからない。


「緒方は無理って言いずらいよな……わかった」


 溜息をつくと肩を落とした前園は俺に背を向ける。


 肩が小刻みに震えている……。


 それなのに掛けるべき言葉は浮かばない。


 









 


 

「ぷっ。


 あっはっはっは……緒方マジでダメだって……はっはっはっダ、ダメだぁ腹いて~~」


 前園は突然腹を抱えて笑い出した。


 あまりに激しく動くものだから、浴衣から胸元が見えそうになったり、足の間が見えそうになったり、とにかく大変なことになっている。

 

 俺たちの着てきた服と下着は引き続き洗濯機の中、一時的とは言え、浴衣の下は何にもつけてない。

 

 何もしてなくても危なっかしい格好なのだから大人しくしててほしい。


「前園!?」


「たかだか裸を見たり触ったくらいで責任取れなんていう訳ないじゃん。冗談だよ」


「なっ、たかだかの裸じゃないだろ!」


「じゃあ山で助けてくれたお礼ってことで」

「お礼の方がどう考えても高すぎる」


「そうかなぁ?

 

 緒方は知らないだろうけど、オレはちょっと前までちんちくりんでクラスどころか学年一背が低かったんだぜ。

 

 胸だってぺったんこだったし、正直なところオレのことエッチに見えるって言われてもピンとこないだよな~」


「それホントに?」


「マジのマジ、タレントの頃、子供服モデルやってた言っただろ。身体が小さかったから」


 俺が初めて会った前園は、既にスタイル抜群の美女だった。


 にわかに信じがたい。


「だとしても俺は前園のことを大切にしたいし、前園自身も自分を大切にして欲しいと思う」


「いつも優しいよな絶対相手を責めないし……皆が緒方じゃないとダメな理由ってその辺なのかな」


「別に普通だよ」

 

「ちょっと話を戻すけど、緒方は結局誰が好きなの? オレはまぁ違うとして楓? 妹ちゃん? 赤城さん? それともすずすけ?」


 先ほど雨が降る寸前に前園がそんなことを聞いてきた。

 豪雨でそれどころじゃなくなったから今の今まですっかり忘れていたけど。


「俺は皆のこと大切に思ってる。もちろん前園も含めて」


「皆が好きってこと? 大切にされるのは、すげ~嬉しいよ。

 でもいつまでも同じ、皆同じはダメだと思う。

 

 誰かが、いや皆が我慢できなくなるよ。


 それにさ、あの子たちの気持ちに気づいてないわけじゃないだろ」


 ……わかってるよ。


 いくら俺が鈍感でも。


 授業が終わる度に、後ろの席に座る俺を確認する親友の視線に。

 朝、玄関に送る時、何か言おうとして飲み込む妹の姿に。

 

 憎まれ口を叩きながらいつも背中を押してくれるフィアンセに。

 自分のことは後回しで、いつも助けてくれる幼馴染に。

 

 優しい女の子達がそばにいてくれる。

 恐らく普通の友達より少し近くで。

 

 そんな時間をくれる皆の役に立ちたいと思う。

 何か見返りをあげないとこの時間は終わってしまうのではと不安になる。

 

 自信がないから、何もない俺が好意を向けれるはずがないと。


 堕天使遊戯があるから皆がそばにいてくれるだけなのではと……。


 そう思ってしまう。 


「とても困ったますって顔をしてるな……別に緒方のこと責めてるわけじゃないよ。


 よく考えて答えは出せばいいと思う。オレで良ければいつでも相談に乗るし」


「ありがとう。そうだな……そのうち相談するかもしれない」

とか言ってあるヤツはまず相談してこないけどな」


 そう言うと寂しそうに笑みを浮かべる。


「あと蒸し返すようで悪いけど、さっきのキス……マジでごめん。

 

 お湯の熱さの頭がぼーっとしたのか、変な気分になっちゃって。

 

 頭が冷えた今は、恥ずかしいことしたと思ってるし、それ以上に申し訳ない。緒方にも皆にも」


「俺からもキスしちゃったし、空気に呑まれたっていうか……いや違うな前園が魅力的だから、どうなってもいいやって思った。

 

 仲居さんが声を掛けてくれなかったら何をしてたかわからない。こっちこそごめん」


「それは違うかな……キスをしてくれたのはオレに恥を欠かせないようにするためだろ、どっちも悪かったって言い訳が立つように」


「違う! 俺は本当に……」


「緒方がそれでいいなら雰囲気に流されたって事でいいよ。少しはオレに惹かれたってことになるし……。

  

 とりあえず露天風呂のことは無かったことにしようぜ。


 オレたちは風邪をひかないように温まっただけ、いいな?」


「あぁ」

 

 確かにそれが無難に思える。

 でも一番良い答えなのかはわからない。


「ところで今日ここまで来たのは相談したいことがあったからなんだけど、今更だけどいいかな?」


「あぁもちろん」


「……オレとすずすけが上手く言ってないのは知ってるだろ? どうにかして仲直りしたい。


 話そうする度に避けられるし、オレだけだと、どうにもならないんだよ」


 前園の言うは宮姫すずのこと。


 天使同盟一翼『癒しの天使』、俺の幼馴染で秘密の共有者、恋人でもないのに会った日は必ずキスをしなければならない関係。

 

 前園凛の中等部時代の親友。

 豪雨の中で半狂乱の前園がその名前を呼び助けを求めた相手。


 中等部時代、前園と宮姫は周囲に『姫園のふたり』と呼ばれるほど特別に仲の良かったふたり……。


 俺が前園と知り合い、宮姫と再会する前に何らかの理由でふたりはすれ違ったらしい。

 

「わかった。協力するよ」

「ありがとう緒方」


 前園の申し出を断る理由はない。


 ふたりの仲が上手くいってないのは気になってたし、また仲良くなれるなら俺も嬉しい。 


 宮姫だって本当は前園と仲良くしたいと思ってるはず。

 いつも気にしているし。


 ふと、数日前に言われたことが頭の中に響いた。


『勝手なお願いかもしれないけど、お凛ちゃんと出かけるなら絶対に彼女を傷つけないで』

 

 前園と抱き合いキスをした、先ほどのことで胸が痛む。

 

 俺は幼馴染との約束を破ってしまったかもしれない。


 今日のことは宮姫に……幼馴染のすーちゃんには言えない。

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