第54羽♡ キミと嘘に溺れて

 

「38度4分……明日も学校は休んで病院に行ってね」

「明日になれば熱も下がるだろ」


「ダメだよ。テスト前なんだし無理しちゃ

 それにクラス内で風邪が流行ったら緒方君のせいって言われるよ」


「まぁそうかもな」


 目が覚めたら部屋の中に宮姫がいて、俺の顔を覗き込んでいるのだからびっくりした。

 しかも午後の部活を休んで家に来ている。

 

 家の鍵はリナに借りたとのこと。


「まずは汗を拭いて着替えようか、服を脱いで」

「ちょっと待て、さすがにそれはマズいだろ!」

 

「せ、背中だけだから! 脱ぐところは見ないし」


 顔を真っ赤にした宮姫が早口で言う。

  

「わかったよ」


「タオルはどこにある?」

「洗面所に何枚か畳んで置いてあるから適当に」


 しばらくするとお湯を溜めた洗面器とタオルを持った宮姫が戻ってきた。


「じゃあ脱ぐぞ」

「う、うん」


 俺は学校用のYシャツとインナーシャツを脱ぐと背中を向けている宮姫に声を掛ける。


「もういいぞ」

「わかった。じゃあ始めるよ」


「お、おう」


 お湯ですすぎ、暖かくなったタオルが背中に当たる。

 寝汗が少しずつ拭き取られていく。

 

 ……ドキドキする。

 だって指の感触が直で伝わるから。


「緒方君の背中、白くて細いね。肌のキメも細かいしホント女の子の肌みたい」

「特別何もしてないんだけどな。ところで宮姫」


「ん?」

「ここまでしてくれなくても大丈夫だぞ」


「気にしないで幼馴染の義理だから」

「そっか、じゃあ悪いけど頼む」


「うん……みんな心配してたよ、

 楓ちゃんなんかすぐにでも飛んで行きそうな勢いだったし。

 

 お見舞いは五人でじゃんけんして決めたから、わたしが来たのは、たまたま勝っただけ」


「勝ったっていうか罰ゲームじゃないかそれ?」


「それは違うかな……さてと背中はこれでよし、

 体の前と足は自分でやってくれるかな……ズボンも脱がないといけないだろうし、

 

 わたしはご飯を作ってくるね。キッチン借りていい?」


「もちろん、ご飯は冷凍庫に凍らせたのがあるから使ってくれ」


◇◇◇


 残りの部分を濡れタオルで拭いた後、パジャマに着替えてしばらく待つと美味しそうな匂いと一緒に宮姫が戻ってきた。

 

「お待たせ……まだ熱いからゆっくり食べてね」

「わかった。じゃあいただきます」


「うん、味は期待しないで」


 宮姫が作ってくれたのは卵やみりん、だし、小葱こねぎなどで味を調えた卵粥たまごがゆ

 朝から何も食べなかったお腹には優しくてどんどん入る。

 

「すごくおいしい……ありがとう」

「どういたしまして、でも料理は楓ちゃんや緒方君ほどじゃないから」


 ベッドの横に座る宮姫は、照れたようなに下を向く。


「宮姫もいつもお弁当だけど、自分で作ってるのか?」

「うん。仕事が休みの日はママが作ってくれることもあるけど」


「昔遊び行ったけど、エリーも含め宮姫の家はすごく仲が良かったな」

「一人っ子だからね。親に甘やかされてると思う。エリーにも」


 エリーは宮姫家の愛犬だ。

 保育園の頃、エリーと外で走り回って遊んだことがあるけど、現在は歳のせいか家で大人しくしていることが多いらしい。


「宮姫も楓も俺も、一人っ子ってところだけは同じだったな」


「そうだね。でも緒方君にはリナちゃんって妹ができたし、楓ちゃんも今はお姉さんがいるからちょっと羨ましいかも」


 宮姫は少し寂しそうな笑顔を浮かべて呟く。


 小学校に上がるタイミングで俺がいなくなり、楓も途中で転校してしまったから、宮姫だけが残されてしまった。もし俺や楓が宮姫とずっと一緒だったなら、今頃どうなっていたのだろう。


◇◇◇


 お粥を食べ終えた後、常備薬を飲み、その後は病人らしくまたベッドで休むことにした。

 

 宮姫はすぐそばで静かに座っている。

 たまにおでこに手を当てて熱を測ったり、飲み物をついだくれたりとお世話をしてくれる。

 

 調子が悪いのは相変わらずだけど、この穏やかな時間はすごく心地よい。

 

 本当はのんびりしてる場合ではなく、宮姫と話さなければいけないことが沢山ある。

 

 非公式生徒会のこと。

 前園のこと。


 でも今は何も話してはいけない気がする。

  

 幼馴染のすーちゃんがいるから。


 高等部入学後、すぐに宮姫がすーちゃんだとわかった。でも俺は中々話しかけることできなかった。

 宮姫も俺に話しかけてくることはなかった。

 

 宮姫、さくら、リナが渋谷で巻き込まれた出来事がきっかけで普通に話をするようになった。

 

 高校生になり素敵な女の子になったすーちゃんと……。

 

 琥珀色の瞳に俺が映る。

 宮姫も俺を見ている。

 

 その顔を見るとどうしても考えてしまう。

 非公式生徒会が俺と宮姫に課したルールを。

 

 好意の有無に関係なく、俺と宮姫は会った日は必ずキスをしないといけない。


 今日はまでしていない。

 

「ねぇ緒方君?」

「ん……」


「ノルマが残ってるよ」


 宮姫も同じことを考えたようだ。

 

「今日はいいだろ……非公式生徒会も家の中まではわからないだろうし」

「でも、わたしがここにいることは知ってると思う」


「宮姫に風邪がうつるよ」

「大丈夫」


 どういうわけか宮姫が引き下がらない。

 

「じゃあちょっとだけ」

「……うん」

 

 宮姫のせいにしたかった訳じゃないけど、甘えたかもしれない。


 机の上に置いたスマートフォンを手に取り、非公式生徒会に送る画像を撮る準備をする。

 そして宮姫の頬にそっと手を当てる。


「あ……」


 ほんのりと赤いその頬はいつもより熱を帯びていて、瞳も幾分か潤んでるように見える。

 もしかしたら宮姫に風邪がうつってしまったのかもしれない。


「やっぱりやめないか」

「いや」

 

「でも……」

「緒方君のバカ」


 突然辺りが見えなくなり、唇は塞がれていた。

 そして無理やり押し開くように口の中に舌が入ってくる。

 

 これまでは互いの唇に触れるだけだったのに。

 

 理性を全て溶かすように、唾液も流し込み互いの舌を絡める。

 深いところをえぐられ、これまで経験したことのない気持ち良さで頭がクラクラする。

 

 俺に覆いかぶさる宮姫を両手で掴んだため、スマートフォンはゆっくりとベッドの上に落ちた。


 秘密を握られている俺たちはこれまで仕方なく嘘のキスをしてきた。


 このままでは嘘のキスが成り立たない。

 

 嘘が嘘になる……。


 早くやめないといけないのに。


 熱を失ったのか、宮姫がようやく離れてくれた。

 細くてきれいなその指が俺の唇に触れる、哀しい顔をしているのに、その瞳を熱を残したまま。

 

「ごめんね緒方君、でもね、わたしはもっとしたいの……」


 琥珀の瞳には雫が光るのに、熱を冷めず更なる罪を重ねようと俺をいざなう。

 

 心のかせがガチャリと音を立て壊れた気がする。


 だから俺は……。

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