第55羽♡ 壊れた幼馴染


「ごめんね緒方君、でもね、わたしはもっとしたいの……」


 宮姫が何度もキスを求めてくる。

 普段は大人しく理性的な彼女らしくない。

 

 俺たちのキスはノルマでしかない。

 朝顔を洗う。夜になったら寝る。学校の宿題は次の日までにやるのと同じ。

 

 深く考えず淡々と終わらせなければならない。


「ダメだ……ここまでにしておこう」

「どうして?」


「俺も宮姫も雰囲気に呑まれてる、今は正気じゃない」

「そうかもしれないけど、わたしとキスをするの嫌?」


「違う……」

「キスをしたって、誰にも迷惑もかからないよ」


「確かに俺たちが黙っていれば誰も知らないし、迷惑もかからないかもしれないけど……宮姫の好きな人は俺じゃないだろ」


「……」


 宮姫には好きな人が別にいる。


 5月10日に非公式生徒会から初めて天使メールが届いたあの日、宮姫と初めてキスをする前、俺はそう聞かされた。

 

「堕天使遊戯のせいで俺たちは散々だけど、だからって変な方向に進んだら、それこそ非公式生徒会の思う壺じゃないか」

 

「……」

 

「こんな関係になってかれこれ一カ月だろ……変なことを考えちゃうのは俺もある、だからこそ落ち着かないといけない。後で後悔することがないように」


 学校の廊下で宮姫とすれ違う時。

 教室で友達と楽しそうに笑う姿と、ノルマをこなす時の宮姫は別人ようだったから、これまでは何とかやってこれた。

 

 だけど、少しでも特別な感情が混ざったら俺たちはきっとやっていけない。

 

 過去のすれ違いで、堕天使遊戯がなければ俺は宮姫と恐らく話すこともなかっただろう。

 宮姫とこれからも毎日話すためには、互いを利用する関係を維持しなければならない。

 

「今日さ……緒方君がお休みって聞いてから、キスのことばかり考えてた。

 最初は今日はしなくていいんだ。だったのに、今日はできないんだになって……やっぱりしたいなって。


 おかしいよね。でもそんな気持ちになる理由も分かってるの。

 

 わたしね、好きな人と全然上手くいってないの。

 すれ違いが多くなる一方。


 もう無理かもしれない。

 

 でもね緒方君といると……嘘のキスをすると辛い気持ちから逃げれるの」


「うまくいかない時に逃げたいと思うのは当然だろ……俺だってそんな時あるし、宮姫に頼ってるところがあるし」


「そう言ってくれるのは嬉しいよ……でも、このままだとわたしたち幼馴染だけでなく、協力者としても失格だよね」


「そうかもしれない……でも」


 宮姫の手を掴みぎゅっと握りしめる。

 

 俺たちは未だベットの上だ……。

 寝っ転がったまま互いを見つめて話をしている。

 

 シトラス系の良い香りがする。

 宮姫の髪からシャンプーの匂いが鼻孔をくすぐる。

 

 変な気持ちになりそうになるのを抑えて続ける。


「失敗したらやり直せばいい。この先も何度も失敗するかもしれない。

 その度にやり直そう。幼馴染も協力者も。


 俺には宮姫が必要だ。堕天使遊戯の件もだけど。

 俺がダメなところは宮姫に知っててもらいたい」


「……わたしもね、緒方君にもっと知ってほしい」


「別にさ、堕天使遊戯関係なくキスしたっていいだろ」


「……それはダメだよ。せっかく緒方君をちょっと見直したのに幻滅、でも……期待しちゃうかも」


「こういうダメなことは、すーちゃんにしか言わないよ」

「じゃあわたしもかーくんにしか言わないようにする」


「これからもよろしく頼むよ」

「うん……」


「じゃあまず、今日分のノルマをしようか」

「いいよ。……でも緒方君はキスがしたいだけでしょ」


「そうだけど何か問題あるか?」

「別に」


 幼馴染兼秘密の共有者は微笑む。

 俺達はスマートフォンを片手に今日何度目かのキスをする。


 流石にパジャマとベッドが写るのはまずいので上着をかぶりベッドは映らない様にした。


「ねぇ一つだけ教えて、土曜日お凛ちゃんとは何もなかったよね?」


「もちろん」


 またチクリと胸が痛む……。

 でも痛がってる素振りは絶対に見せられない。


◇◇◇


 リナが部活から帰ってくると合わせ宮姫は帰宅した。

 冷蔵庫の在りもので晩御飯まで作ってくれた。

 

 今はリナとふたりで晩御飯をつついている。

 一緒に食べないかと宮姫も誘ったけど、家にご飯があるからと断られた。

 

「ねぇ兄ちゃん……すずのお見舞いどうだった?」

「色々世話を焼いてくれたから助かったよ。おかげで大分調子よくなったし」


「ふーん。ところで兄ちゃんとすずっていつもどんな話をしてるの? 趣味が合うってわけでもないでしょ」

「普通に世間話だよ。幼馴染だし特別な話題がなくても何となく会話が成立するみたいな」


「なんか通じ合ってるみたいだね……むむっ怪しい」

「別に怪しくなんかないぞ」


「本当に?」

「本当」


「そう……ならいいや、ご馳走様」


 まだ何か言いたげな視線だけを残し、妹はリビングから消える。

 

 リナがいなくなった後で俺は大きくため息をつく。

  

 簡単に誤魔化せるほど、うちの妹は甘い相手ではない。


 宮姫についた嘘。

 リナについた嘘。

 

 今日も嘘が積み上がっていく。

 それでも明日になれば平気なふりをしなければならない。

 

 どんなに卑怯でずるくても……。

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