第56羽♡ 親友は恋人に非ず


 宮姫が見舞いに来てくれた月曜日だけでなく翌日火曜日も学校を休み、近くの総合病院で診察してもらった。

 

 結果はただの風邪。

 飲み薬やうがい薬などが処方されたが、熱が下がっていたため解熱剤は無し。

 

 診察が終わり会計待ちをしていたところで、三年の先輩に話しかけられた。

 向こうは白花学園の制服だったから、すぐにうちの生徒だと分かった。

 

 俺は私服だったから、話しかけられると思わなかった。

 

 五人の天使を侍らす鬼畜として、学園内に俺の悪名は轟いている。

 先輩が俺のことを知っている理由はそんなところだろう。

 とは言え、知らない人に突然話しかけられるとドキッとする。

 

 美人だと余計に……。

  

 帰宅した後はしばらくは何をするわけでもなくダラダラしてたが手持ち無沙汰になり、いつものように家事をこなし、寝る前にソーシャルゲーム内のチャットで少しだけ前園と広田に話をした。

 

 そして水曜日となった今日から楓と登校している。


「本当にもう大丈夫なの?」

「あぁ昨日から熱もないし」


「じゃあ今日からしっかり頑張ってね。テストはもうすぐだし」

「頑張らなくても楓先生がいれば大丈夫だろ」


「ちゃんと勉強しない人は知りません」

「……すみません今日から全力で頑張ります」


「はぁ、でも無理はしないでね。カスミは体力がある方じゃないし」

「わかってるよ」


「ところで土曜日だけど本当に楓の家に行って良いのか?」

「うん大丈夫だよ。何か問題ある?」


「いや……」


 先週約束した楓の家で勉強する日が数日後に迫っている。


 今から半年くらい前、つまり中三の一月くらいまでは、放課後は楓の家か、俺の家で勉強するのが当たり前だった。

 

 楓の家には行き慣れている。だけど高校進学後は、一度も楓の家に行っていない。

 受験が終わり、気合を入れて勉強する理由がなくなったから。

  

 そもそも同級生女子の家は、ハードルが高いと思う。

 俺の場合、家に同級生のリナがいるし、さくらの実家に度々呼び出されている。

 

 普通の高校生男子よりは多少異性と学校以外で会うことに慣れているかもしれない。

 ただリナは妹だし、さくらの家は豪邸過ぎて同級生女子の家って感じがしない。

 

 楓の家はうちと同じファミリータイプの分譲マンション。

 同級生女子の家って感じがする。

  

 意識するなって方が難しい。

 むしろ全く意識せず通ってた中学時代の俺がおかしい。

  

「気になることがあるならはっきり言ってほしいな。わたしたちは……」

「親友」


「うん」


 いつものように含みのない真っすぐな笑顔を俺に向けてくれる。

 サラサラの長い黒髪が風に揺れる。

 

 気になることは他でもない。

 目の前にいる親友がかわいいから。

 

 俺の回りには女の子が多いから感覚が狂うけど、望月楓はかわいい。

 

 ひいき目なしに中学の頃は学校で一番かわいかった。

 楓に友達が出来なかった要因の一つは、その容姿がねたまれたから。

 

 しかも同世代の中ではかなりスタイルも良い。

 

 出るところがしっかり出てる。

 困った事に地球の重力に合わせ、特定部位が動くとよく揺れる。

 

 おっと……親友のことを変な目で見てはいけない。

 

 そう言えば俺たちいつから親友になんだっけ?

 

 宮姫と同様に楓は幼馴染だけど、中学での再会後もしばらくは話さなくて……話すようになってからもすぐに親友になったわけではなく。

 

「でも加恋さんや、他の家族の人たちも家にいるだろ?」

「用があるみたいで全員出かけるって」

 

「ふたりきりか?」

「そうなるかな……」


 恥ずかしいのか目を反らす。


「その……いいのか?」

「もちろん大丈夫だよ! 少し前までと変わらないでしょ」


「確かにそうだけど」

「昔に戻ったと思って頑張ろう!」

 

「そうか、そうだよな、じゃあお願いします」

「こちらこそ」


 と言ったまでは良かった。


「……」

「……」


 その後、会話が一切なくなってしまった。

 『ふたりきり』というパワーワードを互いにのしかかり俺たちに圧を加えている。

 

 中学時代はずっとふたりだった。

 休み時間も放課後も。

 

 疲れてそのままふたりで転寝うたたねしたこともある。

 楓の寝顔は見慣れている。

 

 その逆も然り。

 

 一緒にいる時間が長すぎて、ただ一人慕ってくれた当時の後輩にも『先輩達が付き合ってないのは無理がある』と言われたことがあったっけ。

 

 それくらい距離が近かった。

 近いだけで何もなかったけど。

 

 それはさておき沈黙は続く。

 続けば続くほど俺の中の恥ずかしいメーターは数値が上がっていく。


 今更ながら男女間ってさじ加減が難しい。


 真のリア充なら難なく解消するだろうけど、残念ながら俺はモブ陰キャ。

 先ほどから対応策が全く浮かばない。

  

 ずっと楓の顔を見ているわけにもいかないから、仕方なく視線を落とすと今日も右手は空いている。


 登校時は手を繋がず、放課後一緒に帰る日だけ繋いで帰る俺たちのルール。

 

 沈黙を破るため、思い切って手を繋いでみるのはどうだろう?

 

 いや……気安くやることじゃないな。


 そもそも親友って手を繋ぐものだっけ?

 男女間で考えるから良くないのかもしれない。


 代わりに数少ない俺の友達、水野と広田が手を繋いで登校している姿を想像してみる。


 うん……きついな。ヤロー二人って華がない。女の子同士なら良いけど。

 

 バカなことを考えながら交差点の信号をそのまま渡ろうとする。

 その時、俺たちの横を勢いよく自転車が通り抜けようとした。

 

「楓」

「え?」


 慌てて楓を肩を掴み、寸でのところで自転車をかわす。

 自転車の運転手は振り返ることもなく、そのままどこかに走り去った。


「大丈夫か?」

「う、うん、ありがとうカスミ」


「良かった……楓が無事で」

「大げさだよ。ちょっと触れそうになっただけだし」


「それでも怪我したら大変だろ」

「……ごめん」


「楓が謝ることじゃないよ、さぁ行こう」

「うん」


 俺たちは最寄り駅に向けて再び歩き出す。


「ねぇ手を繋いだままだよ」

「こうしてないと楓は危なかっしいから」


「……そっか。じゃあ離さないで」

「りょうかい」


 ちょっとしたきっかけで、先ほど考えてたことができてしまった。

 

 楓が今どんな顔をしているか気になる……見る勇気はないけど。


 いつも俺のペースに合わせてくれる。

 俺を置いていけばいいのに、いつも待っててくれる。


 この関係は心地良いけど、楓のためにならないかもしれない。

  

 ともあれ、その日から楓と朝も手を繋ぐのが当たり前になった。

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