第151羽♡ すれ違うココロ

 

 ――7月19日木曜日、一学期も今日を含め残り二日となった。

 俺はいつものように楓と自宅から最寄り駅に向けて登校している。

 

 とにかく蒸し暑い……。

 街路樹からは蝉の声が今日もけたたましく響く。

 

 夏という現実にうんざりする。

 俺のような陰キャ高校生は異性と海やプールに行かないのに……。

   

 そもそも水着を持っていたか?

 小学校以来、買った記憶がないぞ……。


 「カスミ大丈夫? すごく疲れている様に見えるけど」

 「大丈夫だよ。ちゃんと寝ているし……」


 ……最近は時間の都合上、俺個人としての自由時間を全て睡眠に当てていることが多い。


 せめて深夜アニメに当てる時間が欲しい。


 タイムリーにアニメ鑑賞して掲示板や某動画サイトで同好の士とレスバしながら見たい。

  

 「わたしにできることあったら何でも言ってね」

 

 俺の事を気に掛けてくれる楓の心意気はとてもありがたい。

   

 もし家事をお願いすれば、先日リナが見た手錠と首輪と眼帯装備のヤバメイド姿でご奉仕してくれるのだろうか?

 

 興味はある。

 でも見てはいけない気もする。

 

 首輪を付けた楓に潤んだ瞳と恍惚とした表情で『ご主人様何でもお好きなご命令を……』などと告げられたら、俺はきっとド外道なご主人様へと変貌するだろう。

 

 ……それも悪くはない。

 

 だがその前に確認しなければならない事がある。

 

 「なぁ楓、生徒会役員を目指しているのか?」

 

 「……うん。お料理同好会に入っているけど毎日あるわけじゃないし、バイトもしてないから放課後は割と時間があって……何かできないかなって」

 

 「じゃあ加恋さんが生徒会長だった事とは特に関係ないのか?」

 

 「うん。わたしは姉さんほど人前でうまく喋れないしね……でも広報や書記なら、何とかできるかなって」


 「そっか」

 

 楓の意志で生徒会役員になりたいと言うなら俺は止める理由はない。むしろ親友として手伝えることがあるなら、できる限り応援したい。


 「でもねあの頃の姉さんみたいに堂々とできればいいなとは思うよ」

 「確かに高等部時代の加恋さんは確かにカッコ良かったからな。は」

 

 「そうだね……」

 

 俺が必要以上にを強調した事に楓が苦笑いする。

 

 今から二年ほど前、白花学園高等部生徒会長望月加恋は眩いほどに輝いていた。

 

 しかし都内の大学へ進学して二年経った現在は、バイト先スタッフルームで勤務前に二日酔い対策ドリンクを飲み、時には土下座して酒代を妹にせびる様な残念な人になり果ててしまった。

 

 「もしカスミが姉さんと同級生だったら好きになっていたかも?」

 「いや……ないな。加恋さんも俺なんて眼中にないだろうし」

 

 「そうかな?」

 「ん?」


 「最近の姉さん、家でカスミの話ばかりするの」

 「加恋さんは最近シフトを増やしたから、前より一緒に働くことが多くなったからな」

 

 「それにリナちゃんからRIMEで聞いたけど、カスミは年上お姉さん好きだって……姉さんなら条件ピッタリだよね」

 

 「なっ!?」

 

 おのれ、こしゃくな義妹もどきめ! 

 楓にいらんことを吹き込みおってからに……


 ……よし、お仕置きするか。

 まずは兵糧攻めだ。

 

 「赤城さんとすずちゃんがすごく怒っていた」

 

 さくらや宮姫の耳にも届いているの!?

 

 「み、皆でグループRIMEをやっているのか?」

 「うん。でもグループRIMEの名前が変で……モップ会裏垢?」

 

 ……グループの使用用途が一発で分かるネーミングですね。誰が付けた?

 

 「楽しそうだな」

 「うん、すごく楽しい。女の子同士でしか話せないことが普通に話せるし」

 

 そりゃ俺がいたら話しにくい事もあるよな。

 ちょっとだけ疎外感を感じるけど、まぁ仕方ない。

 

 「ところでカスミは本当に年上の人が良いの?」


 「嫌いではないな……何事もリードしてもらえそうだし、でも実際付き合うとなると別かも、よくわからんけど」

 

 「じゃあ、どんな人なら付き合いたい?」

 「そうだな。一緒にいてほっこりする人……楓みたいな」

 

 「……え?」

 

 俺の発言に驚いた楓は歩みを止めた。

 とんでもないことを口走った俺も……。

 

 狙って言ったわけではない。頭の中は空っぽだったし。

  

 でも当たり前の様に告白の様なその言葉はこぼれ出た。

 

 何これ?

 凄くハズいのですが……。

 

 「(そんなはずない……カスミは何も憶えていないはず)」

 

 小さな声で何かをつぶやいた楓は、明らかに動揺した表情になった。

 様子がおかしい。

 

 「どうした楓?」


 「……ねぇカスミ最近変わったことはない? 身体の調子の悪いところは? 頭が痛いとか吐き気がするとか」

 

 「特に何もないけど」

 「本当に?」

 

 「あぁ」

 「……そう、なら良いけど」


 恐い顔で詰め寄って来たかと思えば、急に暗い顔になり下を向いてしまう。

 どうした楓?

  

 「なぁ楓、何を気にしているか教えてくれ、俺達は親友だろ?」

 「……そうだね。わたし達は親友

 

 「え?」


 「何でもないの……本当に……ごめんカスミ、わたし学校でやることがあったから先に行くね」

 

 「だったら俺も一緒に」


 「カスミは疲れているしゆっくり登校して。そう言えば最近バイトに入った彩櫻さいおうの子と仲が良いらしいね。今度じっくり話を聞かせてね」

 

 ん?

 ひょっとして葵ちゃんの事?

 

 連絡先を知らないし、バイトだけの付き合いだ。


 そもそも葵ちゃんは男が苦手でお近づきになれる訳もなく……カスミンの正体は冴えない男だという事も知らないけど。

 

 ……などと数秒間考えていたら、走り去った楓がもう見えない。

 

 俺は一人寂しく登校することになった。

  

 ……何か楓に失礼な事を言っただろうか。


 付き合いも長くなってきたし、甘えと言うか無神経になっているところがあるのかもしれない。


 とは言え俺のどの辺が良くないのかさっぱりわからない。

 

 「あーもうわからん! ……教えて前園さん!」

 

 ふと昨晩タクシー内で気持ち良さそうに眠っていた銀色の妖精が頭に浮かぶ。

 

 抜群のコミュ力だけでなく、明晰な頭脳も併せ持つ前園なら良い答えを持っているかもしれない。


 一年B組女子の中で前園は楓と一番仲が良いし。


 昨日フランスから帰国したばかりだけど、今日は学園に登校するはずだ。

 ノーラさんの事で話もあるし、ついでに相談にしてみるか。

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