第152羽♡ 前園凛凱旋パレード

 

 楓と別れた後は、いつものルートを一人で登校した。


 そして白花学園校門まで後30メートルくらいまで来たところで、校門前で一台のタクシーが止まり、中からは前園が下車するのが見えた。


 普段は俺と同じ電車通学のはずだから、今日はノーラさんと乗り合わせてきたのかもしれない。

  

 前園が校門を通り抜けた辺りで何やらざわつき出し、歓声が上がった。


 フランスに渡航していた期間は一週間に満たない。不在時は一部の生徒達には喪失感の様なものが漂い、お通夜状態だった。


 だが前園が復帰した今は熱意に溢れ、まるで英雄が帰還した戦勝パレードのような雰囲気になっている。


 ……ん?

 

 たまたま通りかかったお調子者の柔道部四人が、騎馬戦の要領で担ぎ上げ、校内を練り歩きたいと言っている。

 

 でもそんなことをしたら担がれる前園は周囲にプリーツスカートの中身が見えてしまうかもしれない。しかも担ぎ手は

 

 美味し過ぎる事実に気づいた周囲のヤローどもが『俺がやる』『いやいや、ボクこそ』などと叫び、担ぎ手希望者が続出する始末で、校門前はますます混迷を極めた。

 

 ……しかしである。

 

 周囲の状況を苦笑いして見守っていた前園が「パンツが見えそうだからオレはやらない」の鶴の一言で前園騎馬隊(仮称)は発足前に解散になり、夢破れたヤローどもは大きく項垂うなだれる。

 

 ……さすが前園、何の躊躇もなく男子の前でパンツと言ってるし。

 

 その後も男女関係なく、中等部の生徒も含め次々と前園の回りには人が集まっていく。やはり前園人気は半端ない。

  

 金髪碧眼ハーフ美少女で文武両道でコミュ力も高い。同じ万能タイプとしては赤城さくらに通じるところがあるが、このふたりは根本的に違う。

 

 さくらは得意不得意関係なく、徹底的に鍛錬を重ねる事で他を圧倒する力を見に付けている。言わば秀才型。

 

 大して前園は一見努力をしているようには見えない。テスト期間でもソシャゲに毎日ログインしていたほどだ。だが判断の速さと実行力がずば抜けている所謂天才型。

 

 ひょっとしたら白花学園高等部一年最強は赤城さくらではなく、前園凛かもしれない。

 

 中等部時代は首席だったらしいし。

 

 さて、どういう因果か凡人の俺が諸事情により、そんなスーパーな前園さんの偽カレシをやっている。

 

 期限は今晩までだからもうすぐ終わりだけど……。

 

 とは言え、ニセモノでも学園内の前園押しにバレたら、嫉妬心からありとあらゆる拷問を受けるかもしれない。

 

 普段から前園と話しているだけで、周囲からの殺意の波動を感じるくらいだ。

 

 よし……この場は一切関わる事なく去ろう。

 人の世は所詮デッド・オア・アライブ、自分の身は自分で守るしかない。

 

 校門先で立ち往生し、人の山に囲まれる前園を横目にそそくさとその場を後にする。

 

 こんな時は選ばれし陰キャのみが持つ限定スキル、モブ化ステルス機能はとても有効だ。

 

 誰も俺の事を見ていないし、気にも留めない。……悲しいけれど。

 

 悪いな前園。


 大変そうだから助けてあげたい気持ちはあるけどやっぱ無理。

 

 とは言え今晩の事があるし、ほとぼりが冷めた頃に声をかけるよ。

 

 それでは後ほどグットラック!

 

 「あっ緒方?」

 

 前園の声らしきものが聞こえた気がする。

 でも幻聴だろう。

 

 俺は校舎へと急ぐ。


 「おい。ちょっと待てよ緒方! 悪い、皆どいてくれ!」


 また何か聞こえたけど、これまた幻聴だ。

 もし振り返れば、名もなきスナイパーにヘッドショットされるに違いない。

 

 やむを得えん――

  

 わが身可愛さのため俺は全力で走り出した。

  

 「おい、何で逃げるんだよ!?」

 「お前が追いかけてくるからだ!」

 

 「とりあえず止まれよ!」

 「やなこった!」

 

 「これまでのこと全部ばらすぞ」

 「卑怯だろそれ!」

 

 「ばらさないから止まれ!」

 「……はい」

 

 百メートルほど走り、体育館横に辿り着いたところで足を止めた俺は後ろを振り向く。


 息を切らす銀色の天使は夏の日差しに照らされ、キラキラと輝いている。

 それはあまりにも魅力的で……

 

 「綺麗だ」

 

 不覚でも何でもなく素直にそう思えたので、そのまま口に出た。

 

 俺はどうして前園から逃げようとしていたのだろうか。

 わずか一、二分前の自分の行動が理解できない。

 

 そう言えば『白花学園の男子生徒は必ず一度は前園凛に恋をする』という噂があったな。

 

 ……バカみたいだと思ったけど今ならよく分かる。

 鼓動がうるさいし、目の前の少女から目が離せない。

 

 「緒方、何か言ったか?」

 「いや……」


 ……聞こえてなくて良かった。

 

 「そっか。じゃあ教室に行こうぜ」

 「ちょっと待て、何か用があったから呼び止めたんじゃないのか?」

 

 「お、そうだった! おはよう緒方」

 

 少年の様な快活な笑顔をニカっと浮かべる。

 どうやら前園は朝の挨拶をしたかっただけらしい。


 いつものように……

 

 「おはよう前園……あと……おかえり」

 「それは昨日言えよ、ただいま緒方、さっ行こうぜ!」

 

 白い手に引かれた俺は体育館横から再び走り出す。

 

 今度は前園と一緒に……


 朝の陽ざしに照らされ銀色に光る薄い金髪は、風に揺れる。


 このままどこまでもキミと一緒に走って行けたなら……

 

 そう想いながら……









 「おっ?」

 「どうした前園?」

 

 「ブラホックが外れた……」

 「なっ!?」


 「急に走ったからだよ~緒方すぐに直して」

 「直せるわけないだろうが!」


 「誰も見てないからさ早く!」

 「え? ちょ? ……ほんと良いんだな?」


 「うん」


 前園の背中に手を回し、白のブラウスの中に手を入れる。


 「やっ……」

 「変な声を出すのよ」


 「だって背中に手が当たってゾクっとしたから」


 「お凛ちゃんに緒方君? こんなところで何をしているの?」


 ――その時だった。

 恐らく朝練途中の宮姫が体育館から出てきた。


 「あ、すずすけおはよう」

 「おはようお凛ちゃん……って何で緒方君の手がお凛ちゃんのブラウスの中に入ってるの?」


 「それはブラを……あっ」

 

 既にワナワナとお怒りモードになっている宮姫を見て、恐怖した前園は喋るのを止めてしまった。

 

 「緒方君……人気のないところでお凛ちゃんに何をしようとしたの?」


 「ち、違う宮姫、多分だけど物凄く勘違いしていると思う。走って逃げる前園のブラが外れて」


 人は動揺すると語彙力が著しく低下するらしい。


 火に油を注ぐような言い訳をして『しまった!』と思う前に、強烈な一撃が飛んできた。


 「緒方君の変態!」


 バチーン! 

 乾いた音が体育館横に響く。


 あぁ……これもアオハルなのだろうか。

 だとしたら余りにも痛い。


 宮姫の強烈な一撃で俺はゆっくりと崩れ落ちた。


 あの青空と同じ色のおブラを掴んだまま……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る