第150羽♡ オトコノコの夢

 

 首都高を疾走するタクシーの中に、赤や黄色などの色鮮やかなネオンが差し込む。

 それらはどこか非現実的な感じがして、何故だか寂しい気分にさせる。

 

 これから俺はどこに連れて向かうのだろう。

 この夜を超えたら何が待っているのだろう。

 

 ……なんて

 

 実際は家に向かっているだけなんだけど。

  

 「す~」

 「ん……」


 両隣から小さな寝息が聞こえる。

 

 疲れていたのか前園も宮姫もタクシーに乗るとすぐに寝てしまった。俺は三人掛けの後部座席でふたりの少女に挟まれている。

 

 薄い布越しに感じる左右両方からのお山の圧力は凄まじく、なけなしの良心は脆くも砕けそうだ。

 

 ……しかしである。

 

 前方の助手席には前園のお母さんであるノーラさんがいる。天地がひっくり返っても俺はいかがわしい事ができない。

 

 ふたりと同様に夢の中へ逃避すれば、良心と欲望の板挟みから解放されるはず。


 しかしどういう訳か、こんな時に限って全く眠くならない。

 

 とほほ……どうやらこれが生殺しというやつらしい。

 くっ、殺せ!

   

 「随分とふたりから信頼されているのね」

 「そうですかね」

 

 「凜は警戒心が強いから普段は人前で寝たりしないわ」

 

 「なら嬉しいですけど、宮姫がそばにいることが大きいと思いますよ。僕と凜さんはまだ付き合って日が浅いし」


 「そう……ごめんなさい、この話の続きは明日にしましょう。ふたりが起きてしまうわ」

 

 「……はい」


 唐突に始まったノーラさんとの話は核心部分に迫る事なく終わった。


 前園がフランスに渡れば宮姫と離れ離れになってしまう。過去のすれ違いがようやく解消され、仲良しに戻ったばかりなのに……。


 俺としても前園には学園に残ってもらいたい。でもノーラさんが高校生の女の子に一人暮らしをさせたくないのもわかる。

 

 せめてどこかに良い下宿先があればいいけど。

 

 ウチはダメだよな……部屋に余裕がないし。

 

 いい加減なウチの親父でも、さすがに『いいよ』とは言わないだろう。リナと前園の相部屋にするのもダメだよな。物があふれるだろうし。

 

 では俺と前園が相部屋なら……

 

 『緒方おかえり~今日のバイトどうだった?』

 「いつも通り女装して接客してきたよ」

  

 『緒方~ご飯まだ?』

 「今作るから待っていろ」

 

 『緒方~一緒にお風呂入ろう~』

 「そうだな一緒に入っちゃうか、わっはっはっ」

 

 『緒方~ベッドに早く来てよ。寂しいよ……』

 「そうせかすなよ。今日分のソシャゲガチャを回し終わったら行くから」

  

 『緒方……優しくしてね』

 「それはできない相談だ、今夜は寝かせない」

 

 『きゃっ♡』

 

 ぐはっ――ダメだ前園のぉお――!

 彼シャツ姿でベッドインなんて大胆過ぎる!

 

 ボタンを三つ外したワイシャツの隙間から覗くたわわ過ぎる谷間と、丸見えの太ももに白のおパンツが絶景過ぎる――!

 

 とてもだけど優しくなんてできない!

 朝まで欲望のまま大暴れしちゃう――! 

 

 ぬぉおおおおおお――!

  

 はい……これは色んな意味で却下ですね。

 そもそもウチに住む事にノーラさんからお許しが貰えると思えない。

 

 さらば前園凛とのムフフな共同生活。

 

 いや……諦めるのはまだ早い、最後の一秒まで希望を捨てるな。

 緒方霞はダメでも、女形おがたカスミンならOKでは!?

 

 そうだ! 

 女の子と男の娘だったら何ら問題はない!

 

 全てが丸く収まるはず……。

 

 ……ってあれ? 


 彼シャツ前園の次は、凍れる砂漠の魔女アルティオのコスプレをしたさくらたんの幻が見えてきた……。

  

 『ダーリンはあくまで男の娘だと言い張るのね……よくわかったわ。でも男の子本能が目覚めて凜さんに襲い掛かったら大変よね? だからこのよく切れる材木バサミで去勢しましょ?』

 

 「ウソ!? やめてさくらたん! ちょっきんされるのは嫌ぁああ――許してぇええええ!」


 『ダメよ。そーれちょっきんちょっきん♡』

 「ぎゃひぃいいいいいいい――!!」

 

 はぁはぁ……あぶら汗が滴る。

 何とも禍々まがまがしい幻覚を見た。

 

 恐るべしマイ・ハニーさくらたん。

 

 とは言え仮にもフィアンセがいる俺が、違う女の子と相部屋はダウトでは。

  

 それに百歩譲ってさくらたんにちょっきんされなくても、楓さんのお仕置き強パンチならぬ強ビンタ三千発が待っているのでは? リナや宮姫も許してくれるとは思えない。

 

 ……バカなことを考えるのはこれくらいにして真面目に考えるよう。

 

 何より前園の今後が掛かっている。

 

 白花学園の学生寮か、民間の有料学生寮に入ってもらうのはどうだろう。

 

 費用の問題や年度途中で入寮できるかなど、懸念事項はあるが実現可能な解決策だ。

 

 でも前園が日本に残った場合は、ノーラさんはパリで一人暮らしになる。大切な娘と別れて暮らすのは寂しいだろう。

 

 俺も唯一の肉親である親父と六年ほど離れて暮らしていた頃、ふと親父はどうしているか気になる事があった。ごくまれにだけど……。

 

 「ん……緒方?」

 「お、前園起きたか? 家まではもう少しかかりそうだ」

 

 「そう……むにゃむにゃ」


 カノジョ様(仮)は、一瞬だけ目を覚ましたがまた眠りに落ちてしまった。

 

 車内のエアコンが寒いのか、さらに身体を寄せてくる。反対側の宮姫も同様に身体をぐいぐいとくっつけてくる。

 

 だがしかし、ノーラさんと無言のまま業務を全うするタクシーの運転手さんがいる限り、俺はけだものになれない。

 

 無常な生殺しが続く中、タクシーは煩悩まみれの俺と眠れる天使達を乗せ、大都市を横断する。

 

 我が家は遠い。

 そして東京は意外と広いらしい……。

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