第149羽♡ レンカノ・カスミン

 

 「あら凜のカレシって実在したのね。あなたの妄想かと思っていたわ」

 

 時刻は夜9時前、空港の到着ロビーに出てきた前園凛とよく似た雰囲気のその女性は、開口一番にそう告げる。

  

 「母さん、それ酷くない?」

 

 外国人の多い空港でも、その抜群の美貌で異彩を放つ俺のクラスメイトはジト目で母親を見る。

  

 「冗談よ……でもすずちゃんに無理やり男装をさせて強引にカレシだと言い切るとか、やっぱり蓮司れんじ君と付き合うことにしたとかは、言ってくるかと思っていたわ」

 

 「すずすけはかわいいから、どうな格好でもお姫様にしかならないよ……あと蓮兄れんにいは兄妹みたいなもんだし」

 

 「そうかしら……前に蓮司君に聞いたら、割と乗る気だったわよ。凜が駄々をこねるから有耶無耶うやむやになったけど」


 時任蓮司ときとうれんじは、前園がタレント活動をしていた際に同じ芸能事務所に所属していた人物で、年齢は三つ上、俺も前園のカレシではと疑ったことがある。

  

 「蓮兄は話を合わせてくれただけだよ」


 「……わたしにはそうは見えなかったけどね。ところでカレシ君、名前は?」


 「え、はい緒方霞です。先日より凜さんと交際させて頂いてます」

 

 急に振られたのでやや早口になったが、そこまで変ではなかったと思う。

 

 「わたしは前園の……じゃなかったノーラ・マエゾノ。よろしくね」

 「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

 ん? 

 ……何で名前を言い直したんだ?


 「ったく何がノーラだよ。緒方、母さんの名前は前園の……むごごごっ!?」

 

 「黙りなさい!」

 「むごっ!」

 

 前園の口はノーラさんにより突然防がれた。

 息ができないのか苦しそうな目でバタバタしている。

  

 「お久しぶりです。ノーラさん」


 「あらすずちゃん、ウチのじゃじゃ馬と違ってまた一段とかわいらしくなったわね」


 「むごぉお!」


 口を抑えられたままの前園は抗議は続ける。

 そろそろ離してあげればいいのに。

 

 「ありがとうございます。でもお凛ちゃんと比べたらわたしなんて全然ですよ」


 「そんなことないわ。すずちゃんさえ良ければ、すぐにでも知人のモデル事務所を紹介するけど」

 

 「いえいえ、わたしには無理ですし、今は部活が忙しいので」

 「そう? 気が変わったら連絡を頂戴」

 

 「はい」

 

 宮姫はニコニコしながらノーラさんと無難に言葉を交わす。

 どうやらふたりの仲は悪くないようだ。

 

 「ところで緒方君って言ったかしら、ちょっと顔を見せてくれる?」

 「え? はい」

 

 俺は慌てていつも身に付けている花粉対策眼鏡とマスクを外し、ノーラさんに顔を向ける。


 挨拶をする前に、外しておいた方が良かったかもしれない。

 ノーラさんは前園を開放し、俺に近づくとじーっと見据えてくる。

 

 普段、間近で素顔を見られる事がないのでどうにも落ち着かない。


 恥ずかしいしあまり見ないで欲しい……。

  

 「右頬にファンデーションが残っているわ、ちゃんと落とさないと肌荒れするわよ」


 「え? あ、ありがとうございます」

 「緒方はファンデーションを塗っているのか?」

 

 ノーラさんに解放されて、一息入れた前園が不思議そうな顔をしている。

 

 ――しまった!


 宮姫はともかく前園は俺が女装してバイトをしていることを知らない。

 

 「キミ、とても綺麗な顔立ちをしているわね。凜のカレシがこんな美人なんてビックリよ」

 

 「そうですか? ありがとうございます」

 

 なぜに美人? 

 ……俺は男なんだけど。

  

 「な、言っただろ。オレのカレシは凄くかわいいって」

 

 前園は腕を組んだ上にドヤ顔でうんうんと頷く。 


 ……かわいいのは俺じゃなくて宮姫だろ。

  

 「凜、あなたひょっとして最近流行っているレンカノとかいうサービスで、この子を呼んだの!? ねぇ緒方君、凜からいくら貰ったの?」

 

 「ちょっと待ってください! 俺はレンカレでもレンカノでもありません」

 

 そもそも男はレンカレになれても、レンカノにはなれないだろ。

 

 「そうです。顔はともかく緒方君はフナムシと同じです。レンカノなんて絶対に務まりません。それに緒方君は知らない人ではなくて、わたしやお凛ちゃんの同級生で……わたしの幼馴染だったりします」

 

 おーい宮姫さん……俺はフナムシなの?

 援護してくれるのは嬉しいけど、半分悪口なのはなぜ?

 

 「そう……すずちゃんの幼馴染なの。でも、そんな大切なカレを凜に渡しても良いの?」


 「え? もちろんですよ。わたしがふたりのキューピット兼サポート役なので」

 

 宮姫は一瞬戸惑った様な表情を見せたもののすぐに笑みを浮かべる。

 

 フナムシのキューピットって一体……。

 

 「……なら良いけど、それよりここで立ち話も何だし、そろそろ移動しましょうか」


 「はい」


 夜も遅いし明日も学校がある。そろそろ帰宅しないといけない。

 

 ノーラさんの勧めで俺達はタクシーに乗り込み、夜の首都高を移動する。

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