第117羽♡ はじめての夫婦ライフ(#7 嫁と義妹が揃う時)

 

 女子サッカー部の練習が終わった後、部室から出てきたさくらとリナに声をかけた。

 

 「お疲れ~」

 「ええ、お疲れ様」

 

 日差しがよほど暑かったのだろう。

 さくらは火照った顔こそしているが、どこか優雅さ残している。

 

 「なっ……兄様でなく!?」

 「お疲れ

 

 一方リナは俺が学園にいることが予想外だったのか目を丸くしている。


 学園内では誰かに聞かれても大丈夫なように俺は緒方君で、リナは高山さんと親戚の距離感で残し接するようにしている。

 

 とは言え、リナに苗字呼びされるのはいつまで経っても気持ち悪い。

 

 「なぜ故ここに?」

 「赤城さんの付き添い」

 

 「おいさくら、聞いてねぇぞ」


 リナが柄悪く詰問する。 


 「あらそうだったかしら?」

 

 「昨日のことと言い、もっと情報共有はマメにしろや」 

 「そうね。気を付けるようにするわ」


 妹の怒りに慌てる様子もなくサラッと流す我らがさくらたん。

 暴れ牛をいなす闘牛士マタドールのようだ。

  

 「ちっ! まぁいい……それより会いたかったよ緒方君。かれこれ80年ぶりかな」

 「昨日は会ったから1日も経ってないだろ」

 

 「愚かな天使達を皆殺してやった終末の日ラグナロクが懐かしい」

 「高山さん話を聞いて。愚かな天使って白花ここでは天使はあなたのことだからね」

 

 白花学園高等部天使同盟一翼『気ままな天使』高山莉菜。

 小動物系のキュートなルックスから学園内ではアイドル的なポジションだったりする。

  

 「もう緒方君ったら……普段は小悪魔とか義妹もどきとか散々言ってるくせに、

 やっぱりわたしが緒方君の天使なんだね。

 しかもMy Favorite Angelお気入りの天使なんてダ・イ・タ・ン♡」

 

 「言ってないよ~何一つ言ってないからね! というか俺の話を聞け! 5分と言わず1分だけでも良いから」

 

 「あの……お話に入っていいかしら?」

 

 兄妹のアホ会話が飛び交う中、さくらがひるんだ表情をしている。

 どうやらおバカトークのペースがつかめず、居心地の悪さを感じているようだ。

 

 「もちろん」


 むしろ助けて欲しい。

 よくわからんボケを続ける義妹もどき相手に一人ツッコみを続けるのはつらたんでござる。 


 「わたしもかまわんよ。だが忘れるな愚民。神話の時代より兄上様はわたしのもので、わたしも兄上様のものなのだ」

 

 「ふっ……何も知らない女と言うのは実に愚かで滑稽ね」

 

 「なんだと――!?」

 

 「わたしとカスミ君は悠久の日々を過ごす運命さだめにある。あなたができることは煉獄れんごくの底から、わたしとカスミ君が原宿でタピってる姿を口汚くののしるくらいよ」

 

 「笑止――っ! 今どき原宿でタピってるなどテンプレ過ぎ! もっとひねろやぁゴラァ! まぁ世間知らずのお嬢様ぜうさまには無理か、ぐふふっ」

 

 ……う~ん、これが学園内で人気のある女子高生の会話なの?

 何だか百年の恋も冷めそうなんだけど。

 

 「お黙り! 畦道あぜみちのファンタジスタ!」

 「なっ!? 貴様なぜ、その通り名を知っている!?」

 

 「リナ何それ?」

 

 アホらしい会話が続くので、つい「高山さん」のことを「リナ」と読んでしまった。周りには誰もいないしいいかな。

 

 「去年の全国大会後、村内新聞にわたしのこと載せるって取材が来て、しばらく経ったら載ったんだけど、畦道のファンタジスタ高山莉菜って書かれてた」

 

 「それは何とも渋い……」

 「しかも記事内の写真、ばあちゃんと仏壇を拝んでる時のヤツだよ!? もうサッカーと全然関係ないし!」

 

 「その記事を俺も読んでみたい」

 「とても面白かったから永久保存したわ。ピ〇リッツァー賞に推薦したかったくらい。ふふっ」

 

 「よせぇ――このエセお嬢様がぁ――!! しめるぞゴラァ!」

 「あらやるの? 畦道のファンタジスタさん、カモンベイビー」

 

 「上等だぁああ――!」

  

 おーい妹よ……

 知ってると思うけど、さくらたんはほとんどの人類より強いから一方的にお仕置きされるだけだよ。止めておいた方が良いよ。……って俺が止めないとダメだよね。

 

 「そんなことより昨日の夜は楓が家に来てくれたんだよな?」

 「え……あ、うん」

 

 「何かあったのか? 魔装メイドがどうとかRIMEライムに変なこと書いてたけど」

 

 「緒方君は夕方突然インターフォンが鳴って、カメラの先に氷のように冷たい目をした英国式メイド服を着た美少女が映ってたらどうする?」

  

 「何それ!? めちゃ引くかも」

 「だよね……さりげなく居留守を使おうとしたら、鍵を開けて家の中に入ってきて」

 

 「あ、うん。親父が楓に合い鍵を渡したから普通に持ってるはずだし、入ってくるよね」


 「リビングで恐怖のあまり凍り付いていたら、開口一番『今日からお世話になりますリナお嬢様』とか言うんだよ!? ……しかもぉおおおお!」

 

 「しかもぉおおお!ってまだ何かあるの!?」

 

 「よくよく見たら右手に手錠、南京錠付きの首輪、左目には眼帯まで付けてた」

 

 「ウソ? マジで!? 楓その格好で家まで来たの? 楓の家から大して遠くないけどよく職質されなかったな!?」

 

 「詳細不明ですが買い物バッグを持っていたので、スーパーか商店街で買い物をしてから家に来たみたいです」

 

 「半端ねぇ……でも天使の羽が付いてないならギリギリセーフかな」

 

 何とか普通の世界に留まりたくて天使の羽と言う適当な安全基準を設定してみた。

  

 わかってる。

 わかってるよ。

 天使の羽があるとか無いとか関係なくもう十分アウトだってことは……

  

 それでもあの楓だ。

 そんな姿をしてたなんて嘘であって欲しい。

  

 嘘だと言ってよ楓!?

 

 心の中でアイを叫んでも返事は当然帰ってこない。

  

 誰か助けてください。

 アイを叫ぶケモノになる前に……

   

 「天使の羽は、ECサイト『ジャングル』で注文してたけど間に合わなかったって。あと眼帯してるせいで視界が悪かったみたい、楓ちゃんが廊下でずっこけた時にスカートの中が見えたんだけど、純白のパンチラよりガータベルトで固定された仕込みナイフの方が気になった」

 

 「やばい……よくわからんけど、そんなメイドがいたら、確かにとしか言いようがないな。だけど嘘だぁあああ! そんな楓を俺は断じて認めん――!」

 

 「カスミ君……残念だけどこれが現実よ、受け止めなさい。

 あと、そこに落ちてる起動式ロボットに今すぐに乗り込みなさい。180秒後に未知の敵が攻めて来るわ。マニュアルはさっきスマホに送ったから」

 

 フィアンセ様は右手親指をサムズアップした上で、ウインクして舌ペロしてる。

 凄くかわいいけど言っていることが何一つわからない。

 

 「さくらまで何を言ってるの? 起動式ロボットなんてどこにも落ちてないよね!? あと俺、もう15歳だから乗れないよ? 14歳じゃないと多分シンクロできないよ?」

 

 皆、あまりの暑さでおかしくなってるんだと思う。 

 集団幻覚を見る前に水分補給はまめにしよう。

 

 と言うか、そもそも何の話だったっけ?

 ふたりには先ほどの練習の所感を伝えなければいけなった気がする。

 今のところ何も話してない。

 

 この後、俺はバイトがあるからもう時間がない。

 働く前だけど精神はかなり疲弊していた。


 だが、この後バイト先でも自我崩壊寸前まで俺は追い込まれることになる。 

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