第116羽♡ はじめての夫婦ライフ(#6 嫁のいぬ間に……)


 最寄り駅から暑さで参りそうになりながらも何とか学園に辿り着いた。

 

 駅から数分程度しか歩いてないのに随分体力を削られた気がする。

 できることならどこかで涼みたい。

 

 俺の通う白花学園には休日でも確実に冷房が効いている場所がふたつある。

 

 一つは職員室。

 そしてもう一つは図書室。

 

 図書室は本を借りに来る生徒や自習に来る生徒向けに土曜日も開放されてる。

 しかも窓側の席ならグラウンドを一望できる。

 

 さくらの練習を見る場所としても丁度いい。

 窓側の席を取り、近くの本棚から一冊借りてから座る。

 

 ここにいる建前は読書。


 涼しい図書室で遠くを眺めているだけだと、受験生の先輩方に白い目で見られそうなので。

 

 グラウンドでは女子サッカー部がまだボールや用具を出しだりと、練習のための準備をしている。

 

 もうしばらくかかりそうだ。

 手持ち無沙汰な俺は先ほど借りた本をめくる。

 

 作品名は『罪と罰』。

 

 選んだというより、手を伸ばし掴んだ本がたまたまこれだったという感じだが、やけに意味深なタイトルの作品を選んでしまった。


 中学の教科書に太字で載っていた有名作品だからタイトルだけは知っている。

  

 普段ラノベを読んでも、イラストのない文学作品を読むことはほぼない。

 折角だし、こうした作品を読んでみるのも悪くないと思う。

 

 慣れてないからすぐに眠くなるかもしれないけど……。


 ペラペラと数ページほど読むと、いつの間にか女子サッカー部の練習が始まってたので、慌てて本を閉じる。

 

 まずは軽めの運動から。

 さくらとリナは、ペアをこなすメニューは当たり前のように一緒にやってる。

 

 ボールを使った練習は、年代別日本代表のふたりは周りよりも明らかに技術が高い。 

  

 ふたりの動きを注視しながら、気付いた事を後で見返せるようにスマホのメモアプリに走り書きする。

 

 中学の頃も怪我で試合に出れない時は、大学ノートにメモを取り、こうして自分なりの分析をしていた事がある。


 あの頃は自分が出ていない試合を見てるくらいなら、早く完治させて試合に出たいという気持ちが強かったけど、退部して二年経った今は何も感じない。


 もう選手としてグラウンドに戻るのは無理そうだ。

 怪我が治っても、やる気がなければどうしようもない。


 そんなことを頭の半分でぼんやりと考えつつ、もう半分でさくらたちの練習を眺めて三十分ほど経った頃だった。

 

 「緒方君」

 「あれ宮姫?」

 

 トレーニングウェアを着た宮姫が図書室にやってきた。

 どうやら女子バスケ部もこれから練習らしい。

 

 「ごめん、ちょっとだけいい?」

 「……あぁ」

 

 図書室内で長話をするわけにはいかない。


 宮姫に連れられ、第二校舎中央の木製螺旋階段を登る。

 目指すは屋上出口、ただし屋上へ出るドアには鍵が掛かっている。

 

 でも……

 

 「宮姫もここの鍵を持ってるんだよな」

 「……知ってるんだ。お凛ちゃんに聞いたの?」

 

 「あぁ、ちょっと前に前園と屋上に出たことがあってその時に、ふたりが鍵を持っている理由までは聞いてないけど」

 

 「この鍵はね。中等部の時、わたしとお凛ちゃんである事件を解決したお礼にそれぞれもらったの」


 以前、北川さんに聞いた話では中等部時代に美術部だった前園と宮姫はよく学園の問題や事件を解決してたらしい。


 「ねぇ折角だし屋上に出ようよ」

 「そうだな」

 

 暑いから一歩も外には出たくないはずなのに、あっさり了承してしまった。


 かわいい同級生に誘われたからだろうか?

 だとしたら動機が不純すぎる。


 

 ◇ ◇ ◇



 ガリガリと錆び着いた音を出すドアの先は夏の青空に繋がっていた。


 校舎の低層階やグラウンドから、吹奏楽部のホルンの音や運動部の掛け声などが混ざり合って聞こえる。

 

 俺たちは以前前園が座っていた古ぼけた三人掛けのベンチの前まで来る。

 

 だけど日光で熱せられたベンチはとてもだけど座れそうにない。

 

 「ごめんね。図書室の窓際に緒方君が座ってるのが見えちゃったから」

 「そっか、じゃあ仕方ないな」

 

 宮姫が俺を見つけても、俺が宮姫の存在に気づいていなければ、厳密には出会った事にはならない。

 

 だけど非公式生徒会の言うの基準が明確には提示されていない。

 

 今日みたいに宮姫が俺を見つけただけでも、非公式生徒会に出会ったと判定する可能性がある。


 そして出会ったら俺たちにはが発生する。

 ノルマをこなさなえれば俺たちは堕天使遊戯のルール違反になる。

 

 だから判定がわからない今日みたいな場合は、無難にノルマをこなすことになる。

 

 「いいか?」

 「……うん」

 

 宮姫がいつものように目を閉じているのを確認し、俺はゆっくりとその柔らかな唇にキスをする。


 緒方霞は宮姫すずと出会った日は必ずノルマキスをしなければならない。

 

 今日はフィアンセの付き添いで学園に来たのに、俺はフィアンセ以外の女の子とキスをしている。

 

 きっとこんなに酷いヤツは他にはいない。

 

 スマホで非公式生徒会に送る写真を撮り終えると、宮姫からそっと離れる。

 

 「緒方君が昨日からさくらちゃんの家に泊ってるのをRIMEライムで聞いてたから知ってたの。ふたりが一緒に行動していることを考慮すれば良かった」

 

 「俺からも宮姫に何の話をしてなかったから仕方ないよ」

 

 「……さくらちゃんにすごく悪い気がする。わたしたちまた酷いことしたね」

 

 「あぁ、だから早くこの駄天使遊戯バカげたゲームを終わられないといけない」

 

 「そうだね……でも」

 

 宮姫はおでこを俺の胸にこつんとぶつける。

 

 「かーくん、わたしずるいからちょっと嬉しいの」

 「すーちゃん……」

 

 幼馴染だった俺たちは子供の頃のように互いの名を呼ぶ。

  

 「そろそろ戻ろう……緒方君もやることがあるだろうし。わたしも部活が始まる」

 「あぁ、部活頑張れよ」


 「うん」


 

 来た時と同じように宮姫に屋上の鍵を閉めてもらい、俺は一人図書室に戻る。

 先ほどまで読んでいた本のタイトルがどうも気になる。


 『罪と罰』


 例え、どんな理由があろうとを重ねる俺はいつか相応のを受ける日が来るだろう。

 

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