第108羽♡ 凍れる砂漠の魔女アルティオ


 「着いたぞ……降りろ」

 

 逆らう理由もないので黙って従う。

 腕は引っ張られているが転ばないように気を付けて歩く。

 

 ――7月13日金曜日午後7時

 

 バイトを終え、家路に急いでいた途中で俺は黒づくめの男たちに拉致された。

 白のワゴン車に押し込まれられた後、両手には縄、目にはアイマスクをされたため、当たり伺うことはできない。

  

 緒方霞15歳、何だかよくわからないですが囚われの身です。

 人生山あり谷ありですね。

 

 今日から入った新人の佐竹葵ちゃんは事前に見せてもらった写真の通りの美少女で「カスミン先輩はここどうやるんですか?」とか「カスミン先輩は助けてください」とか言われていた勤務時間はご褒美タイムで幸せだったのですが、どうやらボクは楽園エデンからは追放されたようで現在は地獄へ一直線に堕ちていく過程のようです。

 

 何か悪い事したでしょうか?

 佐竹さんと仲良くしたことが罪でしょうか?

 

 必要以上なことは何もしていないはず……他校の美少女と仲良くすること。

 それ自体が罪と言われればそうなのかもしれないが、仕事だし致し方ないと思うのです。

 

 佐竹さんと次にシフトが重なるのいつかな。

 楽しみだけど俺は現在囚われの身、次のバイトに行けるかは無事に解放されるかにかかっている。

 

 定番なら俺を待ってる運命は『1、マグロ漁船に乗る』『2、秘密結社の工作員になる』『3、外国の鉱山で働く』 『4、異世界に転移する』辺りだよな。

 

 1から3は体力に自信がないので、できれば『4、異世界に転移する』にしてほしい。女神さまにチートスキルギフトを頂いて魔龍を倒し仲間を増やし、やがて自分たちの国を建国する。国の名前は『オガターランド』にしよう。夢と希望とムフフに溢れた国……とても素敵じゃないか!


 でも


 俺が異世界に行ったら誰かリナのお世話をするのだろうか。

 そもそも妹のお世話が出来なくなるくらいなら異世界には行きたくない。


 LOVELOVELOVEらぶらぶらぶ義妹もどきLOVEラブ! FOREVER! 


 最近あまりモフってない気がする。寝起きハグは毎日しているけど。

 兄ちゃんは寂しいのです。とてもとても

 

 ――それにしてもここはどこだろう?


 何もわからない訳ではない。

 目星は大体ついている。なぜなら俺を拉致した黒づくめの男たちに見覚えがあったから。

  

 しばらく室内を歩いた後、ぎぃ~という音を立て重い扉が開く音がした。

 俺はその中に入り、木製の椅子に座らせられた。

 

 腕は縛られたままだが、アイマスクは外してもらえた。

 レンガ作りのその部屋には窓がなく園芸用品が置いてあるだけ、どうやら倉庫らしい。

 

 「そこで大人しく待ってろ今からボスが来る」

 「わかりました。お疲れ様です!」

 

 うん……やっぱり知ってる人たちだ。

 とあるご令嬢お付きの皆さん。

 

 じゃあこの後、ラスボスムーヴを漂わせてあの方の登場ですね。

 ドキドキ……

  

 コツンコツンコツン。

 石畳に上を歩く音が徐々に近づいてくる。

 

 そして

 ぎぃ~という音が鳴り、黒いフードを頭からかぶったそれは部屋に入ってくる。

 

 表情を伺うことはできない。

 でもフードの間から覗くレッドブラウンの髪は隠しきれていない。

 

 「あの」

 「緒方霞、日頃から同級生女子生徒に節操なく盛る万年発情期の駄犬、全くもって度し難い」

 

 「はぁ」

 

 「寄ってこの凍れる砂漠の魔女アルティオの名の下貴様を断罪する。この大海も割く神具高枝切りばさみエクスカリバーで強欲の化身をチョッキンする」

 

 ギランと光るエクスカリバーではなく高枝切りばさみ。

 とてもよく切れそうだ。

 

 「ちょっと待って! アルティオさん今日は何も悪いことしてないから」

 「その言い方だと他の日はしているということかしら」

 

 「してません。神に誓って!」

 「これ以上ないくらい怪しいわね……正直に言った方が身のためよ。今日はバイト先で何かあったわよね?」

 

 「新人が入ってきたからトレーナーをしたくらいです」

 「指導と称して手取り足取り必要以上にお触りしてわよね」

 

 佐竹さんの小っちゃい手はツルツルすべすべでした。敢えて言うまい。

 

 「……そ、そんなことありません」

 「あとアンダーバストが強調される制服姿の彼女に3秒以上視線を向けること実に42回」

 

 「そ、そんなには見てないと思います!」

 「本当に? でもたくさん見たわよね?」

 

 カフェレストラン『ディ・ドリーム』の夏用制服の最大の欠点はエプロン越しでも胸元が強調されてしまうこと。

 

 そして今日から入った佐竹さんは、リナよりも小柄なのにもかかわらず、大きなお椀型の膨みが歩く度に素敵に跳ねる。

 

 俺の目は意志とは関係なく佐竹さんをロックオンし、勝手に追尾してしまう。

 いと哀し……。

 

 「ちょっとだけ見てしまったかもしれません。でも不可抗力です」

 「そう……じゃあ高枝切りばさみエクスカリバーで去勢されても思い残すことはないわね」

 

 「やめて~魔女アルティオさん! じゃなくてさん! 後生だよ」

 「わたしは凍れる砂漠の魔女アルティオ、大和撫子な赤城さくらさんではないわ!」

 

 「ますますもってさくらさんだよ! その格好、魔女アルティオは『転ギョニ』に出てくる7人の魔女の一人だよね」

 

 さくらの着ている漆黒のローブは魔女アルティオのコスチュームを忠実に再現している。

 

 「ふっふふふふ。バレたら仕方ないわ、そうよわたしは赤城さくら。そしてお命頂戴マイダーリン!」

 「いゃああああああ――!」

 

 レンガ作りの部屋には冴えない陰キャの断末魔が響き渡る。



※※※※※※※※


『転ギョニ』……今春の覇権アニメ『転生したら魚肉ソーセージでした。でもでも私は幸せです!あべしっ!』の略です。

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