第80羽♡ 楓七変化(バージョン7:セーラー服)(上)

 

 午後5時前――

 6月下旬と言うこともあり、窓の外から差し込む日の光は日中と変わらず明るい。

 

 先ほどまでバスタオル一枚だった楓は着替え終え隣で勉強している。

 

 今日一日で何度も変身メタモルフォーゼする楓に終始圧倒されたけど、今は落ち着ついた服装に戻ったため俺も自分のペースを取り戻し勉強に取り組めている。

 

 紺の襟に白の三本線、青のスカーフ、夏服用の白のセーラー服と紺色のスカート

 楓は中学時代の制服を着ている。

 

 かつてのまゆずみ楓だったころの姿……。

  

「どうしたのカスミ?」

「そのセーラー服が懐かしいなと思って」


「中学の頃に戻ったみたいだよね」

「そうだな」


「ちょっとサイズがキツいかも……」


 一年前と比べても楓さんは成長されてますからね。

 どこら辺が成長したかは……言うまでもない。


「セーラー服が好きなの?」

「違うよ……楓が着てるから良いんだよ」


「ふーん」


 少し怪しむような視線だけど、さほど嫌がっているように見えない。


「ところでカスミ……」

「ん?」


「中学の頃どうして突然サッカー部を辞めたの?」

「怪我をして治るのに数か月かかって、治った後もしばらくしてからまた怪我をして、もうプレーを続けるのは限界だなって思ったからだよ」


「……そっか」

「でも退部して分、楓と関わる時間が増えたし悪いことばかりじゃなかったな」


「わたしと一緒にいることでクラスの人気者だったカスミは孤立することになった」

「それは楓のせいじゃないよ」


 小学校時代をリナの実家で過ごし、中一で東京に戻った俺に知り合いはおらず、周りに馴染むため積極的にクラスメイトに話しかけ、明るく振舞うように心がけた。

 

 ある程度は上手くいったようでクラス内では男女関係なく話す相手が多かったし、部活のない日は、クラスメイト達と放課後にゲーセンやカラオケに行ったりして親交を深めていった。

 

 途中までは順風満帆な中学生活だったと思う。

 たった一つの気がかりを除けば……。

 

 気がかりは他でもない。

 同じクラスの黛楓。


 保育園時代の幼馴染で、彼女も中学に上がると同時に俺が今住んでる町に引っ越してきた。楓も小学校の途中から親の都合で何度か転校を繰り返したため、中学には知り合いがいなかった。

 

 加えて真面目過ぎる生活態度が災いし周囲から浮いてしまい、いつも教室で一人でいた。

 

 楓がかつての幼馴染なのはすぐに気づいた。

 でも話しかけるきっかけがない。

 

 保育園時代に挨拶もできないまま急に引っ越したことで引け目を感じていた。

 あれから六年も経っているのに今更どう声をかければいいのか……

  

 話すことがないまま半年以上時が流れた。

 

 変わったのは部活の試合で大怪我をしたことがきっかけだった。

 俺は治るまで松葉杖とギブスが必要になり、日常生活に支障が出たほど。

 

 特に荷物の持ち運びが大変だった。

 日直の仕事でクラスメイト達のノートを先生から受け取り、皆に返却するのもおぼつかない。

 

 そんなある日、たまたま居合わせ助けてくれたのが楓だった。

 以降、少しずつ話すようになりふたりの時間が日増しに増えていった。

 

 二年生に進級して頃には、俺と楓は今と変わらないほど親密になっていた。。

 

 世話になっている少しでも楓の力になりたい。

 そう思い始めたのもその頃だ。 


 上手く橋渡しができれば楓もクラスメイト達と仲良くなれるかもしれない。

 俺は次第にそんなことを考えるようなった。 

 

 だけど上手くいくことはなく、むしろ取り返しの良くない方向に進んで行った。

 

 そしてクラスメイト達との物別れが決定的になったのは中二の文化祭前のこと、俺は二度目の大怪我により部活に参加できないため、楓と過ごす時間が更に増えていた。

 

 楓とそりの合わないクラスメイト達の一部が、楓に一人では準備できない量の文化祭の仕事分担を押し付け、俺には楓と関わらないように求めてきた。

 

 俺は申し出を受け入れることなく、クラスメイト達とは縁を切った。

 程なくサッカー部にも退部届を提出した。


「カスミはわたしをほっとけば良かったんだよ。クラスで孤立することもなかったし、サッカーも続けられたのに」


「俺は自分でそうしたいと思ったことを選んだだけだよ。サッカーは怪我が続けられなかったのが原因だし」

 

 楓のそばにいたかったからサッカーを辞めた。

 そんなこと言えるはずもない。

 恐らく楓は本当の理由に気づいている。

 

 かつて多くを失敗した俺と楓は、今更どうしようもないふたりだけの反省会を静かに続ける……

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