第81羽♡ 楓七変化(バージョン7:セーラー服)(下)


「俺は自分でそうしたいと思ったことを選んだだけだよ。サッカーは怪我が続けられなかったのが原因だし」


「わたしはカスミに一人になってほしくなかった」

 

「俺は一人じゃなかったよ。楓がそばにいてくれたから、それに後悔したくなかった。保育園の頃ある日突然、離れ離れになった時みたいに」


 小さい頃のことは言わないつもりだった。

 お互いに辛い記憶が多かったから

 でも今のままでは楓には届かない。

 

 すれ違いがあるとするなら、中学で再会する前からかもしれない。 


「カスミは昔のことをずっと思っててくれたの?」

「……あの別れ方は寂しかったからな」


「そう……でもその気持ちはすずちゃんへの想いだよ」

「もちろん宮姫に対しての想いもあるけど、楓への想いでもある」


「違うよ……カスミはいつも肝心なことが見えてない。

 ねぇ中学の時、わたしとぶつかってた女子三人組のことを憶えてる?」

「仁科たちのことだろ?」


「うん……仁科さんたちはただカスミのことが好きだっただけ、あの頃のカスミはサッカー部のレギュラーで、髪型もキチンとしててカッコ良かったから、いつもそばにいるわたしが気に食わなかったと思う。呼び出されて、これ以上カスミに関わらない様に言われたの、でもわたしは無視した。そうしたら男子達も巻き込んでカスミと関わらない様に迫ってきた。こじれたのは全部わたしのせいなんだよ」


「そんなことがあったなんて……俺は全然気づいてなかった。なのに無理にクラスメイト達と仲良くさせようとするなんて……ごめん楓」


 俺がクラスの連中と上手くいかなくなったのは自業自得だ。

 しかも楓を巻き込み事態を悪化させていた。


「ううん。わたしこそごめんねカスミ」


 楓は深々と頭を頭を下げる。

 

 違う……楓は悪くない。

 俺は楓に謝ってほしかった訳じゃない。

 

 それにもう終わった事だ。

 楓には笑っててほしい。

 この先ずっと……


「俺は相変わらず友達作り下手でダメだけどさ、楓はうまくやってるし……お互い昔のことを気にするのはもうやめないか」


「……でも」


「今は楓がいるし、リナもいるし、前園もいるし、宮姫もいるし、さくらも恐いけどいてくれるし」


「女の子ばっかり……」

「あ、広田と水野を忘れてた」


「酷いなぁ~」


 セーラー服姿のまま柔らかく微笑む……あの頃と同じように。

 ただそれだけで心が胸が高鳴る。

 

 ――前にもこんなことがあったな。

 今からちょうど一年の前の中三の頃。

 

 今日と同じように、放課後に楓の家で勉強した日だ。


 生意気な後輩に「カスミ先輩と楓先輩、面倒だからからさっさと付き合ってください」と背中を押された後、俺は楓を意識していることに気づき想いを告げようした。

 

 ……上手くいかなかったけど。

 

 俺は失敗したあの日の続きをしなければならない。

 今度こそ想いを告げないといけない。


 あの頃とは大分状況が変わった。

 ふたりきりだった俺達の回りには大切な人がいる。

 

 だから間違った選択はできない。

 誰かを傷つけることになるかもしれないから。

 

 それに堕天使遊戯の件もある。

 俺たちは言動に制限をかけられている。

   

 それでも俺は告げなければならない。

 

 緒方霞は望月楓のことが好きだったから。

 楓のことを追いかけてきたから。

 

 目の前の楓は不安げな表情をしている。

 

 今度こそ大丈夫。

 楓はきっと逃げない……。

 

「楓、俺は伝えないといけないことがあるんだ」

「どうしたのカスミ? やだなぁ急に手を掴まないでよ」


「ごめん……でも大事な話なんだ、だから少しだけ」


「……ダメだよ」


 楓の言葉を無視して続ける……


「俺は楓のことが……」


「楓のことが……」


「俺は……」









 ……あれ?

 これ以上、言葉が出てこない。

 

 途端に汗が吹き出し、ブラインドが掛かったように視界が暗くなり息が荒くなり体も動かない。


「カスミ大丈夫?」

「あ、あぁ、それより聞いてくれ、俺は……」


 ただ一言だけなのに……どうしても言葉がでない。

 

 頭の中はコンピューターのようにエラーメッセージが多発して処理ができない状態だ。しかもどんどん悪化していく……。

 

「カスミ? 疲れて眠くなっちゃったかな?」

「いや……何でもない、もう少し……のはずなんだけど」


 このまま意識が落ちると、この想いがきっと消えてしまいそう。

 

 想いが消える?


 ――そうだ。

 中学のあの日も告白しようとしていつの間にもやがかかり、楓に告白できなかった。

 

 そして、そのことも気にも留めず今日まで過ごしてきた。

 

 どうして気にならなかった?

 楓はいつもそばにいるのに?

 

 強烈な違和感と不快感を感じながらも、頭は回らない。

 これ以上は意識が維持できない。

 

 消える……あの時のように……

 

「忘れていいんだよ……カスミ」

 

 ……?

 

「わたしたちは親友だから離れることはなくそばにいる」


 ……シンユウ?


「今回はうまく調整したはずだよ。しばらくは大丈夫」


 ……チョウセイ?


「心配しなくても彼らの思うようにはさせないから」


 …………カレラ?


「天使たちの傷は癒えてない」


 ………………テンシ?


 目の前にいる誰かが何か言っている。

 でもよくわからない。

 

 ふいに何か柔らかいものが唇に触れる。

 懐かしくて今にも泣きそうになる。

 

 でもやはりわからない。

 

 そしてそのまま暗転する。


 俺は……………………



 ……………



 ……

 


 …


 





 

 

「……ん?」

「あ、カスミ目が覚めた?」


 目の前にセーラー服を着て眼鏡かけた少女が俺を眺めている。

 お腹にタオルケットのかかった体をゆっくり起こす。


まゆずみ?」

「まだ寝ぼけてるのかな。ここはわたしの家だよ……あとわたしはもう黛じゃないから」


「あぁ……楓が中学時代の制服を着てるから勘違いしたよ。今日は勉強会だったよな、俺はどのくらい寝てたんだ?」

 

「四、五十分くらいかな」


 テレビの横の置時計を見ると今は午後6時前。

 窓の向こうはすっかり暗くなっている。

 

「悪い、せっかくの勉強会なのに寝ちゃうなんて」

「カスミは普段から頑張り過ぎて疲れてるんだよ。でもカスミの寝顔はかわいかった」


「見るなよ! というか俺、寝言を言ってなかったよな?」


「それは大丈夫。でも写真を撮っとけば良かったかも」

「お願いだから勘弁してください」


「はは……そろそろお開きの時間だね。晩御飯も食べて行く?」

「いやリナが家で待ってるだろうし」


「そっか残念。じゃあまた今度ね」

「おう」


「次のテストはもう大丈夫そう?」

「……多分」


 せっかくの勉強会だったのに楓のコスプレ姿に見とれたあげく不覚にも寝てしまった。集中できてない時間がかなりあったけど、残り一週間みっちり勉強して挽回するしかない。

 

「わからないところがあったらいつでも聞いてね」

「ありがとう」

 

 それにしても楓の格好は際どいの多かった。

 後でトラウマまたは黒歴史にならなければいいけど……。

 

 それはさておき……。

 さっきから何か引っかかってる気がする。

 ……どうせ大したことではないだろうけど。

 

 それより腹ペコで待ってるリナに美味しいご飯を作ってやらないと。

 遅くなったし……お土産も買って帰った方が方が良いな。

 手ぶらだと狂戦士バーサーカーリナが襲い掛かってきても対応できない。

 

 「じゃあな楓、今日は色々ありがとう」

 「ううんカスミ……またね」

 

 長い勉強会を終えた俺は親友の家を後にした。

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