第84羽♡ 田中さんと山田さん(下)


「失礼ですが、すずのカレシって矢島さんだったりしませんか?」

「どうしてそう思うの?」


「矢島さんなら趣味も合うだろうし、実際に仲が良いですよね」


「すずちゃんと上手くやってると思うよ。でもボクには別が彼女がいる。

サークルメンバーに小柄でピンク髪の女の子がいたの憶えてる?」


「左利きでドリブルの上手かった?」

「そうそう姉崎っていうんだけどね」


「すみません……無神経なことを聞いてしまいました」


「別に良いよ。実はボクと姉崎が付き合うきっかけを作ってくれたのがすずちゃんなんだ」

「え、そうなんですか!?」


「姉崎がサークルに入った頃、ボクは何だかチャラく見えたらしく警戒されてしまってね、でもすずちゃんが間にいれば姉崎がついてくるから三人でよく行動してたんだよ」


 だから中等部時代の宮姫と矢島さんがよく一緒に歩いているのを目撃されたのか。そして宮姫は恋人ではなく、恋のキューピット役だった。

 

「他にすずと仲の良い男の人を知りませんか?」


「すずちゃんはかわいいから気にしている男は何人かいたけど特別親しいヤツはいなかったよ……でも一度だけ銀髪の美少年を連れてきたことがあったな。すごく仲が良さそうだったし、あの子が彼氏じゃないかな」


「銀髪……ひょっとしてこの子ですか?」


 スマートフォンを操作し、美少女マニア北川さんから手に入れた焼き鳥とカリブ風カニみそクリームパンをこよなく愛する美少女エルフの中学時代、通称「ロリんちゃん」の写真を見せる。銀髪なんてそうそういない。


「そうそうこの子ってあれ? 女子の制服を着てるね。男みたいな喋り方だったけど、どうやらボクは勘違いしてたみたいだね」


 昔も今同様、前園の一人称は「オレ」だっただろうし、イケメンよりもイケメンに振舞うから誤解されたのだろう。現在の前園凛はナイスバディだから外観は女の子にしか見えない。矢島さんがもう一度会ったらびっくりするだろう。


 しかしあの「ロリんちゃん」を肉眼で見たのか。

 羨ましい限り……ずるい


 わたしも見たかった絶世の美幼女「ロリんちゃん」。

  

「凛ちゃんが練習に来たことがあるんですね」

「すずちゃんが無理やり連れてきた感じだったけどね、小柄だけど運動神経抜群だったから、是非ウチに入ってほしかったんだけどね」


「凛ちゃんの他にすずが誰かを連れてきたことは?」

「ボクが知ってる限りだといないかな」


「そうですか」

「姉崎にも聞いてみようか? 何か知っているかもしれないし」


「いえ……大丈夫です」


 姉崎さんは同姓ということもあり、矢島さん以上に宮姫と身近な存在の可能性がある。深追いし過ぎるとわたしたちがここに来たことがバレるかもしれない。


「ところで、すずちゃんと同じ学校なら白花だよね? 田中さんに山田さん、すずちゃんや銀色の髪の子もだけど、白花にはかわいい子が多いね。ひょっとしたら噂に聞く天使同盟?」


「わたしたちは違いますけど、凛さんやすずは天使同盟ですよ」


 田中良子ことさくらがそう答える。

 

 矢島さんの言う通り、実際のさくらは天使同盟一翼『櫻花の天使』だけど、今は隠密行動中だから、本当のことを言わないだろう。

 

は天使同盟に選ばれるべきだと思うんですよね。こんなにもかわいいから」


 右の手のひらをわたしの肩に乗せると、さくらはにっこりほほ笑む。


「やめてよ、かわいくないから」


 さくらはいつものお嬢様言葉ではなく、普通の女子高生みたいに喋っている。

 本日のフィアンセ様は芸が細かい。

 わたしはカスミンモードだからアルバイトの時と変わらないけど。

 

「ふたりは仲良しなんだね」

「はい、子供のころからのように育ったんで」

 

「それは素敵だね。今日はありがとう。サークルのことはよく考えてみてね」


「「はい」」 


 恋人……突然の言葉に思わずドキッとした。

 恋人とフィアンセって何が違うのだろう?

 

◇◇◇


 区営体育館でのバスケを終えたわたしとさくらは、赤城家の車で次の目的地へ移動する。どこに向かっているかは、未だに教えてもらえていない。

 

 後部座席で隣り合わせに座っているけど、いつもより距離が近い気がする。

 

「さくら、もう少し離れて座ってよ」

「別に照れなくてもいいじゃない、女の子同士だし」


「女装はしてけど、女の子じゃないから」

「そんなかわいい顔で言われても説得力がないわフロイラインお嬢さん


「からかわないで」

「思ってることを言ってるだけよカスミン」


「はぁ……さっきのことどう思う?」

「すずのカレシの件かしら? 協力するとは言ったけど、この前も言った通り、すずや凜さんのプライベートに関わることは意見しないわ」


「わかった。じゃあ今から言うことはわたしの独り言だと思って聞き流して……矢島さんが宮姫のカレシじゃないかというのはわたしの読み違い。サークル内に宮姫と友達以上に親しい関係の異性はいない。

 

 サークル外にカレシがいるかだけど、範囲が絞れないと探すのは難しい。

 例えば図書館で偶然知り合った他校の生徒とか、近所のお兄さんとかだと、宮姫本人から聞かない限りわからない、さすがに本人には聞けないし、ちょっと暗礁に乗り上げているかも」

 

 さくらは笑みを浮かべたまま、わたしの手を握りおとなしく聞いている。


「この後は前園に関係ある人物と会うんだよね?」

「そうよ」


「どうやってその人と知り合えたの?」

「仕事のつてとだけ言っておこうかしら」


「なにそれ、こわっ」

「ふふっ」


 私立三条院女学院中等部主席卒業。

 私立白花学園高等部トップ合格。

 サッカー女子年代別日本代表。

 巨大コンツェルン赤城グループの社長令嬢、そしてグループ会社の経営者。

 

 パッと浮かぶものだけでも赤城さくらは、わたしが一生をかけても辿り着けない高みにいる。知人には財界人や政治家なども含まれているらしい。人脈が半端ない。

 

「ねぇカスミン、ゴールにたどり着くまでの過程が複数あるのなら、結果も1つとは限らないわ」


「ごめん……わかるようでイマイチわからないかも」


「すずと凜さんどちらか一人を助けるのならそれほど難しくない、でもふたりを同時に助けるのならすごく難しくなる。まともな方法では無理かもしれない」


「わたしはふたりに仲直りして欲しいだけなんだけど」


「仲直りはもちろんひとつのゴールよ、でも大きな流れの一過程でしかない。むしろゴールしたことで今まで堰き止めていた水が溢れれば、濁流になって一気に飲み込まれるわ」


「つまり飲まれるのを覚悟しろと?」

「えぇ」


「ひょっとして、わたしのこと心配してくれてるの?」

「わたしはいつもあなたを想っているわ、大切な人だから」


「ありがとう、わたしもさくらのことが大切だから」


 空いていたもうひとつの手でさくらの手を覆う。

 暖かなそのぬくもりが全身に伝わっていくように感じる。


 さくらは真っすぐにわたしに想いをぶつけてくる。

 昔からわたしに逆らうことはない。

 

 それどころか今日みたいに色々助けてくれる。

 

 わたしはさくらに酬いることができるだろうか。


 今のままではできそうにない……。

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