第85羽♡ 前園凛のカレシ?


「さくら、次に会う人についてそろそろ教えてよ」


「そうね……何も知らないままではキツい相手だし。いいわ。

 これから会うのは時任蓮ときとうれん、今人気急上昇中の若手俳優よ」


「え、本当に!?」

「あらご存知だったかしら」


「ご存じも何も……去年日曜日に放送されていた変身ヒーロー作品の主人公を演じて、この秋公開予定の青春モノ映画にも出演する人気俳優だし」


 近年の変身ヒーロー作品は大人も楽しめるようなシナリオがしっかりしているものが多い。特に時任蓮が出ていた変身ヒーロー作品はアクションとミステリーのバランスが程よく、ここ10年間で最も評判のいい作品の一つとなった。主演を務めた時任蓮の熱演も光った。

 

「わたしが経営している会社の一つに男性向け化粧品部門があって、彼をCMに器用することになったの、今はその撮影中だから視察という名目で会いに行くってわけ」


「当たり前のようにブッキングしてるさくらが凄いけど……時任蓮と前園はどんな関係なの?」


「凜さんが以前タレントだったのは知ってるかしら? ふたりは過去に同じ芸能プロダクションに所属してたの。現在も交流が続いているようね」


 前園がタレントを辞めてからも時任蓮と定期的に会っている。

 つまりそれほど深い関係ということ?

 

 時任蓮なら前園凛の横に立ってても何の違和感もない。

 むしろ、前園ですらかすむかもしれないほどのスター。

  

 ――ただ気になることがある

 

「さくらは時任蓮と前園の関係を知ってたから仕事の依頼をしたの?」


「それは時任蓮と凜さんの双方に失礼ね。凜さんの身辺調査した過程で彼と親しいことは知っていた。でも我が社の広告を任せる候補として、プロジェクトチームは1年以上前から彼に注目していた。もし相応しい実力がないと判断していたら別の人を起用してる」


「……ごめん。バカなことを言った」


「ダーリンが勘繰りたくなるのもわかる、凜さんの知り合いをたまたまCM起用するなんて出来過ぎているよう感じるだろうし」


 さくらは赤城家の社長令嬢という立場だけで今の地位を築いたわけではない。

 中学入学と同時に資本金0円で起業し、以降株式上場と増益を続け、時には企業の合併や買収も行い現在の地位まで上り詰めた。

 

 個人的な好奇心や妥協などで、何とかなるほど甘い世界ではないだろう。

 

「ところでダーリンはさっき矢島さん聞いたみたいに『凛さんと付き合ってるんですか』って聞くの?」


「恐らくそうなると思う。デリケートなことだし方々ほうぼうに聞いて回る様なことじゃないことはわかってるけど、遠周りに聞いても答えに辿り着けない」


「時任蓮はアイドルではないから恐らく所属事務所から恋愛禁止にされていないはず、でも彼のファンに若い女性が多いことを考えれば、恋愛が発覚することはプラスにはならないわ、仕事を頼む側としても止めることはできないけど、写真を撮られない様に上手くやって欲しいところね。


 仮に凜さんが本当に時任蓮のカノジョだった場合はどうするの?」


「どうにもできないよ、ただしそのことが前園と宮姫が気まずくなった理由にはなるかもしれない。ふたりを仲直りさせるには、理由がわからないと難しいと思う」


 わたしは前園と時任蓮が現在も付き合っているとは思っていない。

 

 理由は単純だ、わたしと先日山登りに行ったこと、恋人がいるとしたらクラスメイトの男子とふたりきりで出かけないだろう。


 ただし時任蓮が元カレの可能性はあると思っている。

 

 前園と宮姫がギクシャクし出したのが入学式直後だったことを考えると最近破局したのか。

 また山登り行くことに難色を示したものの、宮姫が出かけること自体に反対しなかったことにも気になる。前園にカレシがいることを知っていれば宮姫は反対したのでは。


「ところで次も女の子のふりをして時任蓮に会った方が良いのかな、この服装で会うのも問題があるような」


 わたしたちは先ほどのバスケサークルの練習上がりで、互いにトレーニングウェアに上着を羽織ったままの格好だ。初めて会う人に見せる格好ではない。


「服装についても問題ないわ、仕事の視察には違いないけど非公式だし、それにわたしたちはに会うだけよ」


「え?」


「時任蓮は3月に白花学園高等部を卒業した。4月に入学したわたしたちとは入れ違いね。だから特別格好つける必要はないわ、だけど突然現れた男の子に交際相手かもしれない凜さんのことをあれこれ聞かれたら警戒すると思わない? 女の子のままで会う方が多分マシよ」


「確かに」


「気弱な女の子を装ってわたしの後ろに隠れるくらいの方がいいかもしれないわ、時任蓮とは別件で会ったことがあるから一応顔見知りだし」


「なるほど……必要以上に警戒されたくないし何とか話も引き出さないといけないから、わたしはさくらの後ろに隠れる様な感じで大丈夫?」


「いいわ、ただし貸しいちね。プロの役者相手にわたしたちの下手な芝居が通用するかはわからないけど」


 今回の件を含め、わたしはどれだけさくらに貸しがあるのだろう。

 想像することもできない。

 

 わたしは貯まりに貯まった貸しを払えるのだろうか。

 この後の人生を全て捧げても足りないかもしれない。

 

 しばらくして俺とさくらを乗せた車は芝浦ふ頭にある撮影所に辿り着いた。

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