第86羽♡ 疑惑の真相


 CM撮影所の入り口で、待ち合わせしていた時任蓮ときとうれんのマネジャーさんに連れられ、さくらとわたしはエレベーターで建物二階にある控室フロアに上がった。

 

 辿り着いた控室のドアにはテレビドラマで見るような芸名の書かれた紙が張られてはいない。今日は他の芸能人の撮影がないのかもしれない。


 ドアをノックすると中から「はい」と言う声がわずかに聞こえ、マネジャーさんと一緒にわたしたちも一緒に部屋の中に入る。


 12畳分ほどのさほど大きくない部屋の一番奥にテレビで見たイケメンはにこやかな笑顔を浮かべていた。


 さくらが笑みを浮かべ、時任蓮と握手をする。


「こんにちは時任さん、この度は当社のCMに出演してくださりありがとうございます」

「こんにちは赤城さん、こちらこそ起用して頂きありがとうございます。今日は視察ですか?」

 

「そんな堅苦しいものではありませんわ。わたし自身CM撮影を見てみたかったのと、後ろの友達も見てみたいと言っていたので連れてきてしまいました」


 さくらの撮影を見たいというのは半分は本音かもしれないが、もう半分は建前。

 わたしたちは言うまでもなく前園凛と親しい関係にあると思われる時任蓮に話を聞くためにここに来た。

 

 警戒されないよう気を付けながら、上手く話を合わせて聞き出さないといけない。

  

「あと三十分ほどしたら撮影再開しますので赤城様もお友達さんも是非ご覧になってください。蓮君、わたしは事務所に連絡をすることがあるので一旦席を外しますね」

「はい。お願いします」


 そう言い残すと控室からマネジャーさんが退室し、わたし、さくら、時任蓮の三人だけが残された。

 

「時任先輩、この子もあなたの後輩ですよ」


 さくらに紹介されたわたしは相手が芸能人と言うこともあり、緊張したまま挨拶をする。 


「はじめまして白花学園高等部一年のです。受験勉強の合間にドラマはずっと見てました」

 

 先ほどのバスケサークルで名乗った偽名をそのまま使う。時任蓮の出方が分からない以上こちらの素性を明かすわけにはいかない。

    

「初めまして山田さん、赤城さんに聞いてるかもしれませんがボクは白花の卒業生です。ドラマを見てくれたんですね。ありがとうございます」

 

「はい、先輩の演じていた普段はクールなのに仲間のピンチになると一気に熱くなる主人公の不知火庵しらぬいいおりがカッコよかったです。最終話の『この星の願いと俺の願いや魂も全て燃やす!』は最高に胸アツでした」

 

 押しキャラの話だったので少し早口だったかもしれない。

 ただ本当に面白かったので噓偽りのない素直な感想だったりする。

 本人に直接言うのは恥ずかしいけど……。

 

「赤城さん、さんはかわいらしい方ですね」

「そうなんですよ、はかわいいから学園でもモテるんですよ。特に女の子に」


「わたし全然モテてないし」

「あら、あなたの回りにはいつも五人も女の子がいるじゃない」


「あれはモテてるんじゃなくて、皆が騒いでるだけで」

がかわいいから気になってそばにいたくなるのよ。あの子たちもわたしも」


「さくら……」

 

 髪色と同じレッドブラウンの瞳がわたしを見つめると両手を握ってくる。

 どこか憂いを帯びたその瞳の色を見ると子供の頃を思い出す。

 

 わたしが「またね」と別れの言葉を告げる度に、綺麗なその瞳は途端に曇りだし、大粒の雨が降り出しそうになってたっけ。


 わたしもさくらと離れるのは辛かった。


「おふたりは仲が良いですね……ボクも席を外した方がいいかな」

「すみません。信子もわたしも少しはしゃいでしまったわ。ところで先輩、もっとフランクに話しませんか。それこそ学園内の先輩後輩と言った感じで」


「では……そうさせてもらうかな、それにしても白花の子達はいつも楽しそうだよね。ボクもちょっと前までいたはずなんだけど懐かしく感じるよ」


「時任先輩はお仕事以外は大学に通ってるですよね。キャンパスはもっと華やかなのでは」

「理系大学だから割と静かだよ、山田さんはもう学園に慣れたかな?」


「はい」

「それは良かった。在学生には知り合いがいるし、良ければ困った時に力になってくれそうな後輩を紹介するよ」


 以前トーク番組にゲスト出演しているのを見たことがあるが、今と同様に物腰が柔らかく気さくで好印象だけが残った。

 芸能人にいう立場に胡坐あぐらをかくこともなく時任蓮はとても人柄が良さそうだ。


 それより、さくらが上手く話を繋いでくれたおかげで時任蓮に質問しやすい流れになっている。


 ――今がチャンスだ


 わたしはさくらの手をそっと離し、時任蓮に問いかける。


「ありがとうございます。では先輩、相談に乗ってほしいことがあるんですけどよろしいですか?」


「いいよ。ボクで良ければ」

「ありがとうございます。実はわたしのことじゃなく前園凛ちゃんのことです」


 時任蓮の表情は先ほどまでと変わらない。

 だが前園の名前を出した時に一瞬だけ鋭い光が宿る。


「……驚いた。凜と知り合いなんだね」

「凛ちゃんは白花のアイドルですから」


「相談事は何かな?」

「実は凛ちゃんはこれまで仲の良かった友達の一人と上手くいってなくて悩んでます。凛ちゃん本人も原因がわからないそうです」


「なるほど……質問に答える前に何個か逆に聞きたいことあるな、ボクと凜の関係はどこまで知っているの?」

「詳しくは知りません。先輩と凛ちゃんが以前同じ芸能事務所に所属してたってことだけです」


「山田さんが今日ボクに会うことを凜は知っている?」

「知らないです。できれば黙っててほしいです。知ったら凛ちゃんも良い気分はしないと思うので」


「どうしてボクに聞こうと思ったの?」

「学園内であれこれ調べましたが、原因はわかりませんでした。ただ中等部時代の凛ちゃんに同級生以外に仲の良い異性がいたことがわかりました。時任先輩のことですよね。時任先輩なら何か糸口になりそうなことを知ってないかと思って」


 北川さんから聞いた前園が慕ってた人物は恐らく時任蓮で間違いない。


「そうだね……ボクの可能性はあるね。ひょっとして上手くいってない子は、……宮姫すずちゃんのことかな」

「すずのことを知ってるんですね」


「あぁ以前は凜が姫ちゃんを連れてウチによく来てたからね」


 前園が今も時任蓮と関係が続いている。

 以前は自宅で宮姫とも度々たびたび逢っていた。

 三人の関係がパズルのように繋がっていく。

 

「教えてください。先輩、凛ちゃん、すずの関係を」

「いいよ。ボクの実家はね凜のバイト先なんだよ」

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