第87羽♡ ご褒美と嘘と……
「ダーリンお疲れ様」
「お疲れハニー」
午前中は家の家事と勉強、午後から宮姫が以前所属していたバスケサークルの練習参加し、そのままCM撮影を見届けて今に至る。時計は午後八時を回っている。今日が終わるまで後四時間ほどあるから長い一日だったというのは早い。
「考えはまとまったかしら?」
「いや全然、むしろ謎が深まった感じだな。特に最後のアレがな」
時任先輩は、時系列で自身と前園や宮姫との関係を話してくれた。
前園が芸能プロダクションを辞め白花学園中等部入学後も時任先輩との交流が続いていたこと。
前園の母親が写真家として売れっ子になり、自宅にも帰れなくなる日は時任家に預けられることが多かったこと。
世話になっていることに恩義は感じた前園が漫画家をしている時任先輩の母親の手伝いをするようになり、そのままアシスタントになったこと。
宮姫が関わったのは、数年前にアシスタントさんが大量離脱したことで、深刻な人手不足になくなり、締め切りを守るため前園が連れてきたとのこと。
以降宮姫は週に数回程度、締め切り直前は多めで中等部を卒業するまで前園と一緒にアシスタントを続けたらしい。
「ダーリンの言う最後のアレって……時任先輩がすずに告白してたことかしら?」
「あぁ時任先輩が過去に前園と付き合ってた可能性や、前園が時任先輩に好意を抱いてる可能性は考えてたけど、時任先輩の意中の人物が宮姫だったことには驚いた」
「そしてすずが今を時めく人気俳優をあっさり振ってたことにもね、でもすずのかわいさなら、時任先輩が好きになっても不思議とは思わないわ。
それより時任先輩が振られたのは凜さんとすずが中等部を卒業した翌日、時期的にもピッタリ合う。振ったことですずは彼に会うのが気まずくなり、アシスタントの仕事から足が遠のいた、同様に時任先輩を実の兄のように慕っていた凜さんにも申し訳なく思うようになった」
「それらを一新するため宮姫は高等部進学後、漫画家アシスタント、バスケサークル、美術部など全て辞めて女子バスケ部に入り、前園は一人残された」
「と言う感じに時任先輩をキーに置いて考えると話の辻褄は合うわね」
「そうだな、だけど……」
「何か出来過ぎている気がする。まるでアリバイ用のシナリオを読み上げたみたいに」
「だからって時任先輩が嘘を付いているようには見えなかったな」
「そうね、ただ知ってることを全部を話したわけでも無さそう」
「やっぱ何か隠している? いや守ってる感じか。でも何のために?」
「普通に考えると凜さんまたはすず……それとも両方のためね」
「だとしたら何としても時任先輩のためにも解決させたい、このままだと得をする人間は誰もいないし」
「そうかしら? 少なくても一人はいるわね」
「誰だよ?」
「他でもないマイ・ダーリン わたしの愛しいフィアンセ様よ」
さくらがやや意地悪な笑顔を浮かべ俺の鼻をツンと触る。
「俺?」
「凜さんとすずが高等部入学後も親密のままなら、ダーリンと今ほど仲が良くなっていなかったと思う」
「確かにそれはそうだけど……俺が前園と宮姫の間に溝を掘ったわけじゃないからそれを言われても」
「もちろんよ。でも今となってはすず、凜さんのどちらもダーリンは重要な
でもダーリンの言う通り分からないことが多すぎて、今のままだと答えにたどり着けそうにないわね」
「だな……」
「だったらいっそのこと回りくどい事はやめて直接聞くのはどうかしら。最初から答えはふたりの中にあるわけだし」
「……それができないから困ってるんだよ。
同じ席に着いて互いの意見をぶつけてくれれば良いけど。前園はともかく宮姫は良い顔をしないだろうし」
「良い方法があるわ。週一のモップ会、あの場ならすずも凜さんも必ず揃う」
「いやモップ会でもダメだろ、何度か前園が宮姫に話しかけようとしたけど、宮姫が話に乗ってくれなかったのをさくらも見てるだろ」
「そうね……だけどこれまではダーリン、わたし、リナ、望月さんの四人は傍観者で
ふたりに問題があるのは分かってても触れない様にしてたからよ。わたしたちが覚悟を決めて臨めばきっと糸口を掴めるわ」
「確かにそうかもだけど……作戦を立てたいな、できれば一週間後のテスト後がいい。今揉めたら取り返しが付かない」
「それもそうね……じゃあテストが終わるまではダーリンが上手くふたりをケアするのね。と言っても浮気したら即ぶち殺すから」
「ははっ大丈夫ですよ、さくらさんご心配なく」
……浮気良くないですよね。
今まで前園と宮姫にしたことがバレたらぶち殺すだけじゃすまないでしょうけど。
「そう言えば、いつの間にか喋り方がカスミンからカスミ君に戻ったのね」
「カスミンモードは疲れるからな。喋り方だけじゃなく所作を気にしないといけないし、バイトの時はせいぜい三、四時間だけど今日は倍以上の時間でカスミンだったから精神疲労MAXだよ」
「でも良いものを見せてもらったわ……ところで今日一日頑張ったフィアンセへのご褒美はまだかしら?」
「ご褒美って!?」
「決まってるじゃない。ココからココへのアレよ」
人差し指を自分の唇に当てた後、俺の唇にも当てる……
それってもしかして……!
「今は車の中で桧山さんが運転してるし」
「ええそうね。何か問題でも?」
「雰囲気とか大切だろ! 俺たち初めてなんだし」
「あらわたしのこと大切に思ってくれてるのね。じゃあ場所はどこなら良いのかしら?」
「もっと静かで落ち着いたところとか」
「例えば凜さんみたいに温泉とか?」
「温泉はさくらが仕向けた結果だろ――あとキスはしてないから!!」
……本当はばっちりしましたけど、それも複数回、ホントすみませんでしたぁあああ!
「じゃあ、代わりにフィアンセだけの特別を頂戴」
「わかったよ」
覚悟を決めた俺は一度深呼吸し、さくらを正面に見据え想いを告げる。
「愛してるよハニー」
「名前で言って欲しいわ」
「さくら愛してる」
「あたしもだよカスミ君、あなたを心から愛してる……でもごめんね、言葉だけだともう足りないの」
「え?」
一秒もなかったかもしれない。
それは一瞬で塞ぎ、そして離れていった。
ほのかに唇が甘く濡れている。
「ほらね簡単なことでしょ。あたしはずっとカスミ君を待ってるの、だから早くあたしを……」
こんなにも素敵な女の子になったのに、別れた夏の日と同じように寂しそうに笑っている。
ねぇそんな顔しないで
さくらちゃんを傷つけるヤツはボクが許さない
でもさくらちゃんを一番傷つけてるのは他でもないこのボクだ
今も昔もそしてこれからも……
さくらの言葉が終わる前に強く抱きしめる。
「カスミ君?……ちょっと痛いかも」
「少しだけじっとしてろ」
「……うん」
武道家のさくらはオレよりも力が強いし、戦ったところで万に一つにも勝ち目はない。その気になれば5分以内にボッキボッキに骨が折られて俺は再起不能になる。
だけど、今のさくらはただ愛しい女の子でしかない。
「ねぇカスミ君」
「ん?」
「もう一度愛してるって言って」
「愛してるよさくら」
「……嘘つき」
……そうだよさくらちゃん
ボクが嘘つきなのを忘れないでね
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