第144羽♡ 楓のためにデキルコト


 「望月楓さん、僕と付き合ってくれないか」


 ……あぁやっぱり。


 普段から楓がモテてるのは知っている。

 毎日一緒に登校しているのも、俺が横にいれば告白しづらくなるから。


 ヤローどもからの視線が刺さる。

 中には、俺を無視して強引に楓とふたりきりになろうとするヤツもいる。

 

 そうした場合は、なるべく穏便な方法で追い払ってきた。

  

 さて……

 

 今は近くの木陰に潜み、楓と名前も知らない先輩の一部始終を見守っている状況。

 恋愛事は個人の問題で俺が首を突っ込むのはお門違いだ。

 

 そもそもこうして覗き見していること自体も非常識だと思う。

 

 とは言え、今すぐこの場を去る気にもならない。

  

 肝心のお相手だが背の高いイケメンで、ぱっと見だが欠点らしいところは見当たらない。

 

 女子にはモテそう。

 俺が知っている限りでは、今まで楓に近寄ってきたヤローの中ではかなり高ランクだ。

 

 だが実際、この人と楓が付き合うことになったら、今までと同じように楓とふたりで一緒に学校に行くことも、買い物に出かけることもできなくなる。


 また楓と近くて遠い日常が始まる。

 中学で再会したあの頃のように……。


 面白くない。


 今ならまだ止められる。

 だけどそんなことをして良いはずもない。

 

 「……ごめんなさい」

 

 楓は先輩にそう告げると深々と頭を下げる。

 漆黒の長い髪が夏の日差しに照らされ光をはじく。

 

 「理由を教えてくれる?」

 「はい、先輩がどうとかではなく、わたしにはまだ恋愛は早いと思っています」

 

 「だったら友達からでも良いから考えてくれないかな」

 「すみません。それも無理です」

 

 容赦ない……。

 でも脈がないならバッサリ切るのが正しい事なのかもしれない。

 

 ……良かった。

 ホッとしている自分がいる。

 

 「ところで望月さんといつも一緒にいる緒方君だっけ? カレシではないよね?」

 「はい親友です」

 

 「カレ、他の女子とも派手な噂があるけど大丈夫? 騙されてない?」

 「緒方君はそんな人ではありません」

 

 「でも望月さんは次期生徒会役員を狙ってるんでしょ? 評判の悪い緒方君に関わると選挙戦に響くよ。その点、僕なら現生徒会に仲の良い友達がいるし、口利きもできる……ねぇ、もう一度考え直そうよ」

 

 「ちょっと、やめてください!」


 さっきまで紳士的だった先輩は急に態度を豹変させ強引になり、肩を触れられた楓は明らかに嫌がっている。

 

 多分に漏れず、どうやらこの人も残念な人だったようだ。  

 

 「このボクに目を付けられたことを感謝して欲しいくらいだ」

 

 力づくで何とかなると思っているのか、感じの悪い先輩はますます強引に楓に迫る。

 

 さすがにこれ以上は放置できない。

 許されるラインを越えている。

  

 でもこれで、俺はこの場をぶっ壊す理由が出来た。

 むしろ都合がいい。


 では早速、木陰から飛び出してぶん殴るか?

 いや、それだと楓に迷惑がかかるし、むしろ話がややこしくなる。


 ……では緒方霞らしくセコくて姑息な方法で。


 俺は大きく息を吸うと一気に声を張り上げる。

 

 「誰かぁーー! 中庭で一年女子に三年の先輩が無理やり迫ってます!!」

 

 バイト先以外では封印している女子っぽい地声、カスミンボイスで絶叫する。

 

 「なっ!?」

 

 突然の事に絶句した先輩は楓の肩から手を放し、慌てて周囲を確認する。

 

 初手は上手くいった。

 このまま畳み掛けよう。


 「何だって? そのけしからんヤツはどこだ?」


 今度は野太くした男子高校生ボイスで叫ぶ。喉に負担が掛かるからやりたくないけど、そんなことを言っている場合ではない。


 「こっちです! アサガオのプランター前です!」


 とどめのカスミンボイスでもう一度、偽女子高生を演じる。


 「待てぇ……これは違うんだぁあああ!」


 どうやら一人二役は上手くいったらしい。


 不正がバレて失脚する悪代官のように、先輩は情けない声を出し、足をバタつかせながら逃げていく。

 

 赤や紫などの色鮮やかな花が色づくアサガオのプランテーション前には、楓だけが取り残された。

 

 「楓大丈夫か?」


 悪者が完全に消えるのを確認した後、まだ事態の推移が呑み込めていない様子の楓の前に俺はゆっくりと姿を現した。


 「えっ? カスミ?……今の声はひょっとして?」

 

 「あぁ俺がやった、それよりごめん、理由はどうあれ覗くのは良くないよな」

 「ううん……ありがとうカスミ」


 「お、おう」


 楓に『ありがとう』と言われると何だか照れくさい。


 「ところでさ……どこから聞いてた?」

 

 「分からないけど、ほとんど全部かも」

 「そう……ねぇカスミ、お願いがあるんだけど」

 

 「何?」

 「わたしの手を握ってくれる?」

 

 「えっ? あぁ……」

 

 細くて白い指に触れる。

 少しひんやりするその手は、普段登下校時に繋いでいる時と変わらない。

 

 「……先輩に触れられるのはすごく嫌だったけど、カスミだと落ち着く」

 「そうか」


 何かすごく嬉しい事を言われた気がする。 


「さっきね、と思ったの、でもそれだとまた同じことの繰り返しになる。ダメだよね」

 

 中学の頃、楓はそりの合わなかった女子達に放課後校舎裏に呼び出されたことがある。異変に気づき俺が現場に駆け付けた時には、返り討ちにあった女子三人が地面にへたり込んでいた。

 

 「俺も頭に血が上って、最初はあの先輩を吹っ飛ばそうと思ってたよ」

 「でもカスミはうまくやったね。わたしとは違う」


 「俺は楓よりずるいからな。それより楓は何も悪い事をしてないし、あの先輩の事は気にするなよ。もし困った事があればすぐに俺に言え」

 

 「でも……」

 「俺達は何でも言い合える親友だろ!?」

 

 楓は不運に慣れている。

 また嫌な事でも事実として受け入れ、不器用なやり方で答えを出そうとする。

 

 結果、いつも独りぼっちになってしまう。

 中学の頃、再会した楓はそんな女の子だった。


 だから俺は楓が一人にならないように、好きだったサッカーを辞め楓のそばにいることにした。


 少しでも力になりたいと思って……。


 「わたしたち親友だった」

 

 言葉の意味を確認するように楓が呟く。


 「過去形で言うなよ。これから先もずっとずっと親友だから」

 

 「そうだね……」

 「あぁ」


 目の前の楓はようやく笑顔を浮かべる。

 真夏の太陽のようにキラキラ眩しいからどうにも落ち着かない。

 

 えーと何これ?


 「ところで、早くここから離れた方が良いよ。さっきのカスミの声、誰かに聞こえていたみたい。もうすぐこっちに来る」


 「何だって!? 楓、悪い……そろそろバイトに行くわ」

 「うんカスミ……また明日、ありがとう」


 「おう、じゃあな」

 

 俺は一人楓を残し、中庭から脱兎のごとく逃げ去った。

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