第145羽♡ あの話


 ――7月17日火曜日バイト兼アイドルへのレッスン終了後のこと。

 わたしは加恋さんを捕まえて、昼間の楓のことを話そうとしていた。

 

 ところが……


 「え~カスミン先輩~またわたしだけ仲間外れですか~? 酷いですよ~」

 「ごめんね葵ちゃん、加恋さんに大事な話があるの」

  

 「加恋さん~わたしも混ぜてくださいよ。ねっ」


 「うぐはっ、めちゃ可愛い。おっといけねぇ……すまねぇ葵ちゃん、カスミンはきっとをすると思うからさ」


 葵ちゃんは自身の持つ可愛さを最大限に利用し、加恋さんに甘える。

 大きな瞳をウルウルさせての上目遣いはあざといを通り越して卑怯でしかない。 

 

 「あ~なるほど、ですか。女同士でもあまり聞かれたくないだろうし、なら仕方ないですね。了解でーす。お先に失礼しまーす」

 

 「あ、うん。お疲れ様葵ちゃん、ごめんね」

 「カスミン先輩今度穴埋めしてくださいね」


 ダンススタジオから足早に去る小悪魔チックな少女を加恋さんと見送る。

 加恋さんも笑顔のまま、葵ちゃんに両手を振る。

 

 ……ねぇって何?


 あれだけ駄々をこねてた葵ちゃんが一瞬で納得したのが気になる。

 

 そう言えば、女の子同士でもあまり聞かれたくないことって言ってたような。

 ……と言うことは、女の子特有の問題か?

 

 だとしたら、わたしにはわかるはずもない……女形カスミンは緒方霞でしかないのだから。

 

 「さて要件は何かなぁ? 予め言っておくが偽乳パットを買うから一緒に来て欲しいという相談なら断る。同じ悩みを持つカスミン妹と行くべし」

 

 「何をほざいてるんですか? 一度しか会ってないのに妹のどこを見てるんですか?」

 

 「そりゃもちろん、お顔、おっぱい、おケツの順で確認するべさ」

 「おっさんかよ!」

  

 「てかさ……妹ちゃんバチクソかわいじゃん? ちきしょう! 美少女には弱点がねぇのか、このヤロウ――! ってやさぐれかけた後、45度視線を落としたら胸部にツバメが巣を作れないほど険しい断崖が……完璧な人間はいないとしみじみと思いました」

 

 「とてつもなく失礼な言い草ですね。というか年頃の妹とパットを買いになんて行けませんから!」

 

 「買うだけならネットもあるやん。だがあたしは試着しての購入を勧める。プロのテクはマジ半端ねぇから」

 

 「あの……下着の話から離れて良いですか?」

 

 「もち構わん。だが女性特有のしなやかなラインもアイドルとしての武器になる。お客様がお金を払ってくれる以上我々はプロであり、できる努力を徹底すべきなのである」

 

 「ところどころに正論っぽい事を混ぜるのはずるいです。あと毎度語尾を変えるのはなぜですか?」

 

 「知れたこと、加恋ちゃんはお茶目ガールってことさ。どや、かわいかろ?」

 「余計なことをしなくても加恋さんはそのままでかわいいと思います」

 

 「もうやだやだカスミンったら、このこのぅ~」

 「何でマジてれしてるんですか?」


 「だってぇ、しばらくかわいいなんて言われてないし~かわいいって言われて嫌だと思う女子はいないし~」

 

 「乙女かよ――!」

 「めっちゃ乙女だし! 恋に恋してるしぃ!……って、あっ」

 

 加恋さんは突然、への字眉毛の困り顔になった。

 表情がコロコロよく変わる人だな。


 「どうかしました?」

 「遠回しにカレシいないのを自白しちった、てへっ」

 

 小さな舌をペロっと出す。

 その姿は葵ちゃんに匹敵するほどあざといが、やっぱりかわいいと思う。


 この方も高等部在籍中は天使同盟一翼だったらしいし。

 

 「言われなきゃ気づかなかったです」

 「ふっ……これだから童の貞は全くもってSO YOUNGだぜ」

 

 ……ただ下品なだけの人かもしれない。

 

 「わたしが童の貞なら、加恋さんも似たようなもんでしょうが」

 「そうよ……いずれ出会う運命の人に、この身もこの心も捧げるために清らかに生きてきたの」

 

 ……ここ最近はすっかり酒まみれのくせに。

 

 「良いと思います。これからもご自身を大切にしてください」


 「ありがとうカスミン。 ってはっ!? ひょっとしてこのあたしを現在進行形で口説いてたり? それどころか、この食べ頃ボディを密室なのを良い事に狙ってたり?」

 

 「天地神明に誓いそれはないです」

 「そこまで全力で否定しなくてもいいじゃない。加恋、涙が出ちゃうの。くすん」

 

 追記、望月加恋は情緒不安定、妹の楓に悪影響が出ないか心配。

 メモメモ……と

 

 「あの……そろそろ相談に入っていいですか?」

 「しゃねーな。よっしゃあ~あたしも女だ! バッチコーイ!」 

 

 ……多分、この人はその場のノリだけで生きている。

  

 「楓が次期生徒会役員を目指しているらしいですが、何か聞いてます?」

 「え? そなの?」

 

 本当に知らないという顔で加恋さんは驚いている。

 

 「はい。加恋さんは元生徒会長ですよね。教えて欲しいのですが、白花の生徒会って変わったところはありますか?」

 

 「仕事内容は他校の生徒会と大差ないよ。違いは選挙時に、中等部からの編入組と、外部から高等部に受験で入ってきた高等部受験組の二派閥ができること。元女子校で未だに男子より女子の方が生徒が多いから、歴代の生徒会役員は女子が多かったこと。あとは年度によって二派閥以外で女子の中で更に二派に分かれることがある。三条院派と彩櫻さいおう派ね」

 

 「三条院派と彩櫻派って何ですか?」

 

 「近隣二つの女子校、三条院女学院と彩櫻女学院がウチと関係が深いのは知っての通り。でもこの二校は校風に大きな違いがあるの。三条院は伝統を重んじる。保守的で校則が厳しい。対して彩櫻は新しいものをどんどん取り入れる感じ。白花の校風は三条院と彩櫻の中間くらいかな。それで生徒一人一人の価値観が三条院と彩櫻どちらに近いかで勢力が割れるってわけ」

 

 「なるほど……」

 

 思いの外ややこしい。


 高校の生徒会は、そこそこ優秀な生徒が内申点のために片手間程度で気楽にやっていると思っていた。

  

 「この辺を踏まえて選挙を戦うことになる。でも楓が出馬しても厳しいと思う」

 

 「どうしてですか? 楓は学校の成績も良いし今もクラス会長をやってます。生活態度も全く問題がない優等生ですよ」

 

 「そうじゃなくて、現生徒会メンバーから楓に推薦が貰えるかが微妙なんだよね……前に言ったでしょ? 現生徒会と元生徒会長のあたしは仲が悪いって、だから妹ってだけで、楓がそのあおりを受ける可能性があるの」

 

 加恋さんは以前そんなことを言っていた気がする。

 

 今日、中庭で楓に無礼を働いたあの先輩も、現状を加味して楓に付き合う条件として生徒会への口利きをチラつかせたのか。

 

 だとしたら思ったより知能犯だったのかもしれない。

 しばらくは大丈夫だろうけど、念のため注意した方が良さそうだ。

 

 それにしても白花学園高等部生徒会。

 色々良くないものが渦巻いてそうだ。

 

 出来れば関わりたくない。

 でも楓のためになるなら動かないわけにもいかない。

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