第19羽♡ わからないカレと教えないカノジョ

 

 帰りのホームルームも終わった放課後、教卓そばで互いのスマートフォンを見せ合い話をする女子数名と後部座席でソーシャルゲームをやっている男子達を除けば、一年B組の教室に残っているのは楓と俺くらいだった。

 

 前園はいつの間にか帰宅したようで既に教室におらず、水野と広田はホームルーム終了と共に部活に向かった。


 楓は廊下側の自席に残り、クラス委員長の仕事している。

 俺はこの後、カフェレストランでのアルバイトのため今日は帰りが別になる。

 

 教室を出る前に楓に声をかけることにした。

 

「楓じゃあまた明日……」

「あ、ごめんカスミ、ちょっとだけいい?」


「大丈夫だけど、ひょっとしてさっきのことか?」

「うん。今机の上を片すから途中まで歩きながら話せないかな」


◇◇◇


 楓と進む方角が一緒なのは学校を出て二つ目の信号までになる。

 

 俺はアルバイト先のカフェレストランに向かい楓は最寄り駅を目指す。

 一緒にいられる時間は数分程度しかない。

 

 話があると言っていたが、校舎を出てからも楓はずっと無言のままだ。

  

 会話のないまま一つの目の信号は過ぎてしまい、次の信号もそう遠くない。

 

 アルバイトの開始時間が迫っているため、どこかに寄り道して楓と話すほどの時間もない。

 

 「やっぱ俺が前園と出かけるの気になるか?」


 このまま何も話さないと後で後悔しそうな気がした。だから少し遅かったかもしれないが俺から話しかけることにした。


 楓は僅かな笑みと困惑で半分半分の表情を浮かべる。


「気にならないって言ったら嘘になるよ。でもふたりのことだから」


「普通に遊んで終わりだと思うぞ」

「わたしもそう思う。でも普通に遊ぶのとデートって何が違うのかな?」


「デートは気のある者同士がするもんだろ? 気のない者同士はデートにならないだろ」


「そうなんだけど、凛ちゃんが皆の前でカスミと出かけることを宣言してるの見てたら、ただの遊びとは思えなくて」


「遊びだからこそ変な誤解を避けるために宣言したんじゃないか?」

「うーん、そうとも考えられるよね」


 互いにこれだと言う結論がでないまま、話が堂々巡りになってしまう。

 

 楓が動揺する理由が分からなくもない。

 なぜなら前園が俺と出かける理由を聞いてないから。

 

 最近よく話すから忘れそうになるけど前園凜は金髪碧眼の並外れた容姿と優れた才覚で中等部時代は絶対的な存在として学年トップに君臨した少女。

 

 高等部入学後も名声は衰えておらず、告白してフラれたやつは数知れず。

 天使同盟一翼『放課後の天使』としての名がなくても学校カーストのトップ・オブ・トップ。

 

 そんな前園凛が、俺みたいな冴えない陰キャと休日ふたりで遊んでいるところを他の生徒が見られたら大スキャンダルになる。

 

 今後の学園スローライフ実現のために俺はそんな事態は避けなければならない。今すぐにでも前園に事情を確認したいところだ。


「ねぇカスミは凛ちゃんをどう思うの?」


「そうだな。すごくてカッコいいやつかな、何でもできるけど、できることを鼻にかけないだろ」


「確かに凜ちゃんはカッコいいね。女子の間だとイケメンの一人としてカウントされてるし」

 

 白花学園高等部にはスパダリイケメン女子前園凛が存在し、イケメン以上にモテる。

 

 ところが女子を奪われた形のイケメン達も前園に惚れてしまう場合がある。

 この世はまさに前園無双。

 

「でも楓も前園に負けてないだろ。この前のテストの成績は前園より上だったし、クラス内の人気だって」

 

「わたしと凛ちゃんじゃ比較にもならないよ。同姓のわたしから見ても綺麗だし、テストの結果も、ほとんど点数差はないし」


 テストの上位三人、一位さくら、二位楓、三位前園の順、でも三人の点数差は合計点で五点以内。それもほぼ満点のため、超ハイレベルな戦いだった。


「楓は前園みたいになりたいのか?」

「見習うところは沢山あるけど、そういうことじゃなくて、でも……」


 秘めた言葉を出そうすると、楓はその度に言葉を飲み込んでしまう。

 

「なぁ俺たち親友だろ? 気になってることを教えてくれ」

「ごめん……どうしても上手く言えない」


「俺じゃなくて、前園や宮姫やリナやさくらにだったら言えるようなことか?」

「ううん、凛ちゃんたちにも言えないよ」


「女子同士なら男の俺に話せないことも話せるのか思ってた」


「女の子同士でも言えることと言えないことはあるよ。皆それぞれ弱いところがあるからね。赤城さんはいつも堂々としてるから、ちょっと違うかもだけど」


「さくらも緊張したり落ち込んだりしてることもあるぞ」

「へ~詳しいだね……赤城さんとカスミって結局どんな関係何だっけ?」


「親同士が知り合いで子供の頃から何度か会ってただけだよ」

「ふーん」


 楓はさくらと俺が婚約していることは知らない。俺が話していることは説明不足に聞こえるのだろう。納得してないと顔にはっきり書いてある。


「さくらのことはとりあえずいいだろ、楓の気になることは俺と前園が出かけることと関係してるんだよな?」

「うん……」


「でも俺に言えないんだな?」

「うん……ごめんカスミには言えない、相談しておいて悪いけど」


「俺に少し時間をくれないか。必ず答えを見つけてくるから」

「わかった。でも頑張らなくてもいいよ」


「頑張るよ親友のために」

「……カスミはずるいよね。でもわたしも同じか」


「何がだよ?」

「ううん何でもないよ」


「全然わかんないだけど」

「わからなくていい。でも探してほしい」


「必ず楓の心に引っかかってるものを見つけるから待っててくれ」


「待ってるよ。ずっとね……さて、今日はこの辺でお別れだね。アルバイト頑張ってね!」


「おう、また明日」


 楓は手を一度振った後、足早に駅方面へと続く右側の交差点に消えていく。


 夕暮れの中、徐々に小さくなる楓の後ろ姿を見送りながら、自分へのもどかしさを感じる。

 

 楓の気持ちを少しも分かっていない。

 俺は楓の『親友』なのに……。

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