第91羽♡ 勝者の行方


「……今回は2位みたいね」

「さすがだなさくら」


「ありがとう


 ふたりきりの時以外ではさくらは俺のことをダーリンとは呼ばない。

 当然と言えば当然だけど。


「わたしも赤城さんと同じ2位だ」

「楓も相変わらず凄いな」


「そんなことないよ。でもありがとうカスミ、次回も頑張らないと」


 終わったばかりなのに楓はもう次のテストのことを考えてるらしい。

 頑張れ楓!

 

 ……はるかに順位が下の俺がえらそうにそんなことを考えるのはおかしい気がする。




 期末テストが終わった。

 

 週明けの月曜日から木曜日まで計四日間は熾烈を極めた。


 ただ金曜日、翌週月曜日は試験の採点休みで、テストを終えた生徒は四連休となり夏休み前に小さな夏休みがあるようなものなので嬉しかった。


 四日間のうちに溜まっていたゲームやアニメ視聴をできるだけ消化できれば良かったが、残念ながらそうはならなかった。

 

 テストを終えたリナは文字通り燃え尽きてしまい、翌日から知恵熱を出し二日間も寝込んでしまったため、その間はひたすら看病をした。


 リナが復調した日曜日と月曜日はバイトがあったため、あっという間に四日間が過ぎ去ってしまった。


 迎えて7月10日火曜日の昼休み、答案が全て手元に戻る前に期末テストの結果は昇降口横の掲示板に張り出された。


「それにしてもさくらと楓の上にいる1位はとんでもないな」


 名門三条院女学院中等部主席卒業、白花学園高等部トップ合格、一学期中間テスト1位の王者赤城さくらと俺の勉強の師匠にして前回も学年2位だった望月楓を上回ったのは、ある時はイケメンで、ある時はハイエルフの様な不思議なクラスメイト前園凛。


 わずか数点差とは言え、戴冠は彼女に輝いた。

  

「ぐはぁ……わたしはやっぱりない」


 掲示板に張り出されるのは上位100位までで、残念ながらリナの名前はなかった。戻ってきた答案の点数を聞いた限りでは前回順位よりは上位を狙えそうだけど。


「赤点じゃなければ順位なんてどうでもいいやとか言ってなかったか?」

「そうだけど、わたしに流れる体育会系DNAがどんな戦いでも全て勝てと騒ぐのだよ。緒方君」


「じゃあ次はもっと頑張れ。宮姫は10位か、おめでとう」

「ありがとう緒方君」

 

 俺に目を合わせるわけでもなくプィっと横を向いてしまう。

 宮姫すずは今日も素っ気ない。

 

 ふたりきりの時はそうでもないけど。

 

「それにしても凄い人気ね凜さん」

「そうだな……」

  

 まずは掲示板に自分の順位を確認し一喜一憂するが、次に前園が一位なことに歓声をあげる生徒が多い。中等部時代学園内最強アイドルだったらしい通称の支持率は高等部に上がっても揺るがないようだ。


「……ところで緒方君、本日の主役とも言うべき凛ちゃんは?」

「あぁ、どこかに行ったみたいで教室の席にいなかったな」


「そうなのか。もうテスト結果を知ってて、どこか一人で喜びを爆発させてるのかな?」

「前園は順位とかはあまり気にして無さそうに見えるけど」


「確かに凛ちゃんってそんな感じだね……ところでカスミも今回のテストすごく頑張ったね!」

「ありがとう、まぁ今回も楓が教えてくれたお陰だな、ありがとう」


 緒方霞は前回中間テストの77位から59位にジャンプアップした。

 

 トップ50の層の厚さを考えると十分すぎる結果だ。

 まぁ楓に教えてもらえる恵まれた環境を考えれば、もっと上を目指さないといけない気がするけど。

 

「そんなことないよ、でもカスミに約に立てたならわたしは嬉しいよ」


 髪と同じ澄んだ黒い瞳が写り込む……。

 親友だから変なこと考えちゃダメだけど楓は今日も抜群にかわいい。


「なんか突然目をキラキラさせて見つめ合ってるのだ……緒方君と楓ちゃん」


 リナが憮然とした表情をしてる。

 校内のなので呼び方が『兄ちゃん』ではなく、ちゃんと緒方君と呼んでくれる。


「ほんと……隙あらばイチャイチャしようとするわね、このふたり」


 続けて呆れたような物言いをするさくら。


「少し周りの目を気にした方が良いよ緒方君」


 そして宮姫は口調こそ優しいものの、毎度おなじみの絶対零度の眼差しを俺に向けてくる。

 

「別にイチャイチャなんてしてないから!」

「そうだぞ俺たち親友だし」


「そう……まぁいいわ。ところでカスミ君にちょっとお願いがあるのだけどいいかしら?」

「何だ? さくら」


「今から凜さんを探してきて」

「良いけど前園に用があるならスマホでメッセージを送った方が早くないか?」


「今メッセージを送っても恐らく凜さんから返事がない気がするわ。ねぇすず?」

「さくらちゃん……何でわたしに聞くの?」


「あなたなら凛さんがここにいない理由もわかってるかと思って」

「わからないよ……前園さんの事なんて何も……ごめん、わたし用があるからそろそろ行くね」


「あら、じゃあ凜さんのことお願いね。カスミ君」

「あぁ」


「ちょっと!? すずもさくらも待って、じゃあねまたね兄ち……じゃない緒方君」


 すず、さくらと同じくらいのリナもふたりの後を追いかける。

 A組の3人は去り、掲示板前には俺と楓だけが残された。


「カスミ、わたしも教室に戻るね」

「あぁ楓も一緒に前園を探しに行かないか?」


「ううん遠慮しておく。でも凛ちゃんとふたりきりになっても変なことしないでね」

「するわけないだろ、じゃあ楓また後でな」


「うん……」


◇◇◇


 楓と別れた後、校舎一階から前園のいそうなところを探していく。

 空き教室、カフェテリア、1-Bの教室、他のクラスの教室。

 

 ――どこにも前園はいない。

  

 それとももう下校したとか?

 

 いや……午後にもう一コマ授業が残ってるし。

 

 だったら教室で待ってたらいずれ前園は戻ってくるはず。

 

 でも何故か今すぐ前園を見つけなければいけない気がする。

 

 俺は小走りに校舎内を探す。

 だけど前園はいない。

 

 最後の捜索場所は第二校舎の中央螺旋階段屋上出口。

 以前、ふたりで話をしたことのあるこの場所にも前園はいない。


 思わずため息が出た後、ガラスの窓越しに日が差し込む屋上出口のドアを一瞥する。

 

 ――その時、ドアの向こうで白い翼のようなものが揺らめいたように見えた。


 何かに導かれるように錆びたドアノブを回すと、閉まっているはずのドアがガチャリと開き、一歩向こうには梅雨空ではなく夏空が広がっていた。

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