第90羽♡ 仁義なきブラック職場の風景


 月曜の放課後――

 

 いつものようにアルバイト先にカフェレストラン『ディ・ドリーム』に向かった。

 暑くなってきたこともあり、今日からバイト先のユニフォームが新しいものに変わる。

 

 まぁそれ自体は良いことだと思うけど……


「おかしいと思います」

「何がかね?」


「スカート丈が短すぎます。あと胸元のリボンとエプロンのフリルはかわいいと思いますが実用的じゃないです。靴も黒のローファー必須はどういうことですか? キッチンで滑ります」


「かわいいを追求した結果だよ。滑って転んでスカートの中が見えた場合はお客様サービスになる」


 ……川の流れのように自然に発せられる問題発言。 

 見た目は紳士、中身はド変態を地で行くカフェレストラン『ディ・ドリーム』の店長殿は本日も変わらず平常運転だった。


「ぱっと見ですが他のパートさんはこの夏用特注ユニフォーム着てないですよね。着るのは俺だけですか?」


「他のバイトさんは任意にしたけど、かわいいユニフォームなのに希望者がいなくてね。でも加恋君も着ることになってるよ。昨日面接した夏限定短期アルバイトの人で着てもらうことになった子がいる」

 

 望月加恋は望月楓の義姉、妹の楓と違いギャルぽい雰囲気だけど楓とは別タイプの美人だ。白花学園高等部OBであり現在は大学生、かつての天使同盟一翼。そしてトラブルメーカーであり、俺も楓も中学時代から何度もやられている。

 

 先日も楓とふたりきりの勉強会で何故か楓が際どいコスプレ姿で出てきた。これも加恋さんが仕組んだ結果らしい。


 ……まぁ楓のコスプレ姿はとても良かったけど。

  

「ふたりも特注ユニフォームを着る人がいるなら、俺は着なくてもいいですよね」

「お客様はカスミンがこの夏用ユニフォームを着るのを待っているよ。

 それにわたしは気づいてしまったのだよ。

 カレン、カスミンともう一人で夏季限定カフェレストランアイドルユニットを結成すれば相乗効果で売り上げ50%増しは間違いということに」


「アイドルユニットじゃなくて……普通のカフェレストランとしての堅実経営の方が良いかと」

「まぁとりあえずこの写真を見たまえ、キミも考えを改める気になるから」


 店長は手元の履歴書を俺に渡す。


「えーと佐竹葵さたけあおい、私立彩櫻さいおう女学院一年……俺と同い年ですね。ってこの子!?」


 ――めちゃくちゃかわいい

 童顔と言う点ではリナに近いけど、髪の毛が長くて清楚なお嬢様タイプ……。

 如何にも女子校にいそう子ってイメージ。

 

「どうだね素敵な子だろう」

「……そうですね。でもすごく大人しそうです。 

 たまに変なこと聞いてくるお客様がいますけど大丈夫ですか?」


「面接で話した限りでは受け答えはしっかりしてるし接客は問題ないよ。

 ただ同年代の男性は少し苦手らしい。緒方君には彼女のトレーナーになってもらうつもりだが、男の娘であることは伏せて同年代の女の子として接してほしい」

 

「そんなの無理ですよ! 俺が男だってこと、全員じゃないけどパートさんや社員さんも知ってる人いるじゃないですか! 直ぐにバレます」


「大丈夫だ、既に箝口かんこう令を出し、念のため全員に拇印付きの誓約書を書かせて意識づけをした。したがって情報漏洩インシデントの発生リスクは低い」


 ……店長の手際が良すぎて怖いです。

    

「ところでよく加恋さんはこの夏用ユニフォームを着ることを了承しましたね?」

「あぁ何でも最近大学の飲み会と家での酒代が増えてるらしくてね。

 お金が必要だからシフトを増やすのと夏用ユニフォームも着るから時給を上げて欲しいと言われている」


「加恋さん必死過ぎる……」

「先日飲み過ぎて嘔吐した後、妹さんにお金を貸して欲しいと土下座したらしいが冷たい目であしらわれたとか」


 情けない加恋さんの姿が目に浮かぶ。

 酔っ払いの相手をする楓も大変だな……。


「それでも俺はやりませんよ」


「困ったな。既に夏用ユニフォーム開発費が発生してるし、本部にもトリプルユニット構想は了承を得ていて今更プロジェクト中止はできないよ。それに最近『ディ・ドリーム世田谷店』の売り上げは緒方君が休みがちなのもあって下がっているし、この前お願いしたカスミンのThroughterスルーターフォロワー数もまだまだだし。このまま起爆剤がない状況が続くと緒方君の時給を下げることになる」


「ちょっと待ってください。確かにフォロワー数は全然増えてないですけど開設したばかりだし」


 そもそもカスミンってThroughterスルーターで何を呟けば良いの?

 誰か俺に教えて欲しい。


「トリプルユニット構想は緒方君がやらない場合のリカバリープランBはある。プランBでは加恋君の妹さんが緒方君の代わりになってもらう」


「ちょっと待ってください、何でそうなるんですか!?」

「プランBは加恋君発案でわたしも代替え案として了承したからだ」


「それは加恋さんの妹さんは了承済みなんですか?」

「いや、でも緒方君に断られた場合は加恋君がすぐ調整する手はずになっている。

 妹さんには必ず『うん』と言わせる自信があるらしい。だがプランBは妹さんの時給の他に加恋君に中間手数料マージンが発生するのがネックかな。わたしとしても費用的観点やから緒方君にやってもらいたい」


 ――加恋さんクズ過ぎるよ!

 しかも楓が人質に取られてるのも同然で俺が逃げれない様に外堀が埋まってる。

 

 店長の個人的な趣味って何?

 聞くのも考えるのも恐ろしい。


 何より店長と加恋さんコンビが悪質過ぎる。

 

「わかりました……嫌ですけどやります」

「やってくれるか。良かった良かった」


「その代わり加恋さんの妹、楓は絶対に関わらせないでください」

「わかった約束しよう。一人の男と一人の男の娘の約束として」


「俺は男の娘じゃないです!」


「わたしはドルオタは30年やっていてね。自分の手でアイドルプロデュ―スをするのが夢だったんだよ」

「そうですか……以前も男の娘だけのユニットで武道館コンサートとか言ってましたね」


「そちらのプロジェクトも生きているので夏季限定トリプルユニット終了後は頼むよ」

「お断りします」


「カスミンはツンデレさんだな」

「違うし!」


 はぁ……溜息しか出ないし、働く前から凄く疲れた。

 一日も早くここのアルバイトを辞めたい……。

 

「あ、言い忘れてました。夏用特注ユニフォームを着た加恋さんの時給が上げるなら俺の時給も当然上がりますよね?」


「そうだね。だからしっかり頑張ってくれたまえ」


 よし……これで夏用コスメが買える。

 最近何かと入用だし助かる。

 

 こうして俺、加恋さん、まだ見ぬ佐竹さんの夏季限定アイドルユニットは大人たちの汚れた欲望により産声を上げた。


 カスミンの時給は10円上がった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 ご連絡: 

 カスミンのアイドルユニット活動編は本編進行と直接関係がないため

 投稿時期未定ですが、いずれ別作品として投稿いたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る