第89羽♡ 宮姫すずと幼馴染のすーちゃん


「楓ちゃんとの勉強会どうだった?」

「良かったよ課題を確認できたし。まぁ楓の家に行くのは久しぶりだったから少しは緊張したけど」


「そう……ねぇ緒方君と楓ちゃんってお凛ちゃんやわたし、リナちゃん、さくらちゃんがいなければとっくに付き合ってたんじゃないかな?」

「それはない。楓は親友で宮姫と同じく幼馴染だから義理で俺にかまってくれてるだけだよ」


「じゃあ緒方君は楓ちゃんを……ううん何でもない」

「どうした宮姫?」


「休み時間がなくなるし早く今日分のをしようよ」

「そうだな」


 ここは第三音楽準備室、吹奏楽部が使っていない楽器の保管場所。俺と宮姫がノルマをこなすために使っている場所の一つ。

 

 鍵がかかっていない部屋のため使いやすいけど、すぐ隣の音楽室は授業でよく使われるため、人の出入りが多く安全な場所とは言えない。

 

「ん……」


 瞳を閉じて待つ、宮姫の唇にそっと唇を重ねる。

 甘い匂いが口から伝わり広がっていく……。

 

 ――宮姫との三日ぶりのキス。

 でも俺は昨日もさくらとキスをしていた。

 自分でも昨今の在り様はどうかと思う。

 

 でもこのキスだけは恋愛感情のないノルマ。

 非公式生徒会の指示によるものだし、右手のスマートフォンで今日分の写真をとれば終わり。

 

 ――だったんだけど俺は知っている。

 

 宮姫も俺ももうキスをすることに何の抵抗がなくなっていることを。

 ノルマはていのいい言い訳になっていることも。

 

 GW明けから毎日のようにキスを続けて心も身体も徐々に浸食されていった。


 だから病気で学校を休んだ日に家で宮姫の言った『わたしはもっとしたいの』は

ショックであり、この上ない喜びだった。

 

 まだキスはやめたくない。

 だけどスマートフォンのシャッターを押して、そっと宮姫の唇を離す。

 

 ゆっくりとまぶたを開ける宮姫は紅潮した頬とトロンとした瞳をしてまま僅かに涙が浮かべている。

 

 その姿をあまりにも煽情的で見ていられない……またその唇を奪いたくなるから。


 宮姫をこれ以上見ない様に背を向けて、非公式生徒会に今撮った画像を送る。


 心の負担が大きいのはわかっているから、本当はもう少し宮姫を気遣ってあげたい。

 

 だけど宮姫の答え次第で今度こそ後戻りできないところに俺は堕ちるかもしれない。

 だから必要以上に触れることはできない。

 

「今日の放課後に、リナの勉強を見るの宮姫だったよな? 悪いけどよろしくな」

「うん……あんまり人に勉強を教えたことがないから上手くできればいいけど」


「宮姫なら大丈夫だよ。俺がバイトを終えて家に着く頃は多分、宮姫が帰った後になると思うけど待っててくれたら家まで送るから」


「大丈夫、自転車だし家まですぐだよ」

「そっか。何か他に困っていることとかないか?」


「ないけど、どうしたの緒方君? いつもそんなこと聞いてこないのに」

「……いや何となく、ないなら良いんだけど」


 俺が宮姫に聞きたいことは沢山ある。

 前園のこと、時任先輩のこと、俺のこと。

  

 でも何一つ聞けやしない。

 

 聞き方を間違えれば、かつてを失ったように俺は宮姫すずを失う。

 ようやく再会できた大切なすーちゃん……いや宮姫と疎遠になる。それだけは何としても避けたい。

 

「……あるよ」


 こつんと背中に何かが当たる。

  

「かーくんが楓ちゃんの家でふたりきりだと思うと苦しくて仕方なかった。皆で決めた約束だからどうしようもないのに……」


「すーちゃん」

 

「今になってかーくんがわたしの前に現れなければ、こんな思いをしないで済んだ。

 こんなにも悩むこともなかった。今考えなきゃいけないことが他にあることはわかってるの。わたしには好きな人が別にいるから、それなのにこの想いも捨てることができない」


「なぁ宮姫、聞いてくれ俺は――」


 ――何も言葉を届けないうちに無情にも休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。

 いつもこれの繰り返し。何とも不甲斐ない。

 

「……休み時間が終わっちゃったね。教室に戻ろう」

「あぁ」

 

「ねぇ緒方君……さっきのは冗談だから。

 あと心配してくれてありがとう。これからもわたしが緒方君の役に立ちそうなことがあれば何でも良いから頼って」


 そう言い残すと宮姫は一足先に音楽準備室を後にした。

  

「はぁ」


 ……どうしょうもない無力感だけが残る。

 あれが冗談なわけないだろ。


 ちょっと前まで『慣れ合いは辛いから割り切った関係でいよう』って言ってたのに今日は『役に立ちそうなことがあれば何でも良いから頼って』、俺と宮姫の関係も少しずつ変わってきてるのかもしれない。


 一人残された音楽準備室から隣の音楽室に集まる上級生達を横目に俺も足早に教室に戻る。

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