第92羽♡ 天使とかくれんぼ


 7月も中ごろになると日中最高気温が30度を超える日が多くなり、ジメジメとした蒸し暑さを感じる。

 幸い今日は30度には届かないものの適度に水分摂取を行わないと脱水症状を起こすかもしれない。


「あれ? 緒方」

「ここにいたのか前園」


校舎屋上にある少し汚れた三人掛けのベンチに前園凛が座っている。


「オレになんか用か?」

「前園がいないから探してこいってさくらが」


じゃなくてとか言ってくれれば、オレはキュンキュンするんだけど」

「キュンキュンしてる前園より男前な前園に他の女子がキュンキュンしてるところの方が想像しやすい」


「あのな~オレだって一応乙女だしキュンキュンすることもあるよ。

 ブルキュアの一日無料ガチャでSSRを出した時とか、購買部でカリブ風カニみそクリームパンとヘラクレスオオカブトムシブラックカレーパンの両方を買えた時とか」


「キュンキュンするものが男子高校生っぽい。ヘラクレスオオカブトムシブラックカレーパンは味が微妙だって噂だけど」


 ヘラクレスオオカブトムシブラックカレーパンはカリブ風カニみそクリームパンと並ぶ購買部の謎メニューであり、もちろんパンの中身にカブトムシが入っているわけではない。カブトムシを油で揚げたらこんな感じになるだろうというのが忠実に再現されており、ややグロテスクな見た目と1つ500円の強気な値段設定もあり、俺は買ったことはない。


 好んで食べる生徒は少なく、カリブ風カニみそクリームパンと一緒に売れ残っていることが多い。


「あの味は慣れると癖になるよ。まぁオレも最近は緒方がお弁当を作ってくれるから食べてないけど。それより昼休みが終わるまであと10分あるし、久々にブルキュアで短め目のクエストでもやらない?」


「いいけど」


 俺はズボンのポケットからスマートフォンを出し前園の横に腰をおろし、ソシャゲを始める。

 

「しばらく緒方も広田もログインしないからオレ一人で頑張ってたんだけど」

「テスト期間は勘弁してくれ、というか前園はテスト関係なく毎日ログインしてたのか?」


「うんソシャゲは毎日の積み重ねが大事だろ」

「そりゃそうかもしれないけど、ゲームやってて期末テスト学年一位になったのか?」


「あ~オレ学年一位だったんだ。割と良い感じだとは思ってたけど」

「結果を見てないのか?」


「張り出されたのを見なくても、後で成績書を見ればわかるし」

「そりゃそうだけど……とりあえずおめでとう」


「ありがと、せっかくだし後で楓にドヤ顔しておく。でも曇りのない澄んだ瞳で『凛ちゃんすご~い』って言われて終わりそう」

「楓ならあり得るな」


「ところで緒方君は楓ちゃんと少しは進展したのかね?」


「前から言ってるけど俺と楓は親友だから、それ以上にも以下にもならない」

「ふたりがカップル未満なのが不思議なんだよ。それとも友達としての期間が長くて熟年カップルの倦怠期みたいになってるのか?」


「そんなんじゃないって、そもそも優秀な楓に俺じゃどう考えても釣り合わないだろ」

「オレはそうは思わないけど」

 

 期せずして前園と恋愛関連の話ができてる。今日はいつもなら聞きづらい事も聞けるかもしれない。


「ちなみに前園ってこれまでカレシがいたことは?」

「前に言わなかったっけ? カレシいない歴イコール年齢だよ」


 ……となるとやはり時任先輩はやはり元カレではないのか。事実を隠す必要もないだろうし。


 時任先輩は宮姫に告白したって言ってたし……さすがに前園、宮姫のふたりの両方に想いを抱くことはないか。

 

「イケメンと前園がシモキタを歩いていたという噂を聞いたけど」

「それは多分バイト先の息子さんのことだな、兄貴って感じだよ。歳が離れてるし」


 過去の目撃例にあった前園と歩いてたイケメンは時任先輩で間違いなさそうだ。

 先輩へ親しみは感じていても特別な想いはなさそうに聞こえる。

 

 となると仮に宮姫が時任先輩の恋愛感情を頂いていたとしても前園は障害にならない。

 宮姫が時任先輩を振ったのは前園と関係なく、単純に恋愛対象ではなかったってことか。

 

 では宮姫の言っていた上手くいってない好きな人は誰だ?

 俺の知らない人物が他にいるってことか?

 

 うーん……わからないことばかりだけど、とりあえず暑い。 

 梅雨明けの日差しは容赦なく刺さる。


「なぁ、どうしてこんなに暑いところにいたんだ?」

「緒方もひとりになって青空でも見ていたい時があるだろ」


「そっか。悪いな邪魔して」

「……と言うのは半分は嘘で、ここで待ってたらすずすけが迎えに来てくれないかと思って」


「宮姫が?」

「うん、中等部の頃は俺がむくれるとすずすけがすぐに来て、そばにいてくれたんだ」


「そっかぁ優しいな宮姫は」

「すずすけに頼ってばかりだったからオレの相手をするの疲れちゃったのかも」


 スマホ画面から目を離し、前園は蒼い空を仰ぐ。

 その姿はどこか物哀しい。


「悪い、しみったれた話で。でもこの前も言ったけどすずと仲直りしたいんだ」

「俺が必ず何とかするよ。約束だし」


「うん……ありがとう緒方、悪いけどお願い」


「ところで屋上出口っていつも鍵が掛かってたよな。今日は空いてたのか?」


「ううん、閉まってたよ。内緒なんだけど、ドアのスペアキーを持ってるからオレはいつでも来れるんだよ。すずすけもだけど」


 前園と宮姫だけが持っているスペアキー。

 どうやらこのふたりには俺が知らない秘密がまだまだ沢山ありそうだ。

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