第112羽♡ はじめての夫婦ライフ(#3 密室)
「何か用かしらダーリン」
「いや、特別用があるわけじゃないけど」
「そう……今は仕事中なのだけど」
「大人しくしてるからここにいても良いか?」
「えぇ」
さくらは
何もしていない俺は明らかにお邪魔でしかない。
それに大人しくしているとは言ったけど、本当に黙っているだけならここにいる意味がない。
「ごめん、ちょっとだけいいか?」
「いいけど……お風呂の件はなしね」
「はい……」
正直助かる。
お風呂のわたしどうだった?とか聞かれても満足な回答ができるとも思えない。
下手に虎の尾を踏めば、一撃でさくらたんにキルされてしまう。
「前園と宮姫の件だけどさくらが手伝ってくれなければ、俺だけじゃ解決するのは無理だった」
「お礼をしてもらうようなことしてないわ、ふたりはわたしにとっても大切な友人よ。当然のことをしただけ」
「だとしてもちゃんと俺はお礼を言いたかった。ありがとうさくら」
「……どういたしまして」
さくらはモニターを見たまま、たまにキーボードを操作する。
こちらに視線を向けない。
「なぁいつもこんな遅くまで仕事してるのか?」
「そうね。放課後は部活があるし、夜に仕事をしていることが多いかしら」
「何でそんなに仕事を頑張ってるんだ? 無理にやれって言われてるわけじゃないだろ?」
名家に生まれたから、この歳で会社経営をしていると言うわけではない。
中学の頃、自分の意志で始めたらしい。
「ダーリンだってバイトをしてるじゃない。それと同じよ」
「俺は暇つぶしと小遣い稼ぎのためにやってるだけだよ。さくらの仕事では比べる対象にはならない」
「そう……わたしは早く大人になりたいの、そのために自分でできることを頑張っている」
できることを頑張ってるってレベルじゃない。
進学校で成績はトップクラス、サッカー選手としては全国トップレベル、学校を離れれば会社経営者、さくらの凄いところを数えたら切りがない。
だけど、あまりのハードワークぶりに見ている方は心配になる。
「ほどほどにしとけよ」
「それはフィアンセとしての命令?」
「フィアンセじゃなくても友達としても気遣いくらいはするよ」
「友達……ダーリンからそんな風に言われるのは初めてね、わたしもダーリンに聞きたいことがあるわ」
「ん、何だ?」
「ダーリンはどうしてそんなに頑張るの? わたしたち五人のお世話はさすがに多過ぎるわ。ひょっとして異世界転生しないまま現世でハーレムを作ろうとしてる?」
「ハーレムはない。四月に白花に入学して昔からの知り合いが偶然集まった結果だろ、そりゃ女の子ばかりだけど」
「偶然集まった結果ね……本当にそうかしら? 元々中等部から学園にいた凜さんやすずはともかく、わたしやリナ、ダーリンや望月さんは意図的に集めたと言われてた方が腑に落ちるわ。あまりにも出来過ぎている」
さくらは何を言っている?
暗に堕天使遊戯や非公式生徒会のことを言っているのか!?
赤城さくらは天使同盟一翼だ。俺と同じように天使メールが届いており、非公式生徒会からルールを課されているはず。
俺は堕天使遊戯について天使たちと話すことを許されていない。唯一の例外は協力者として指定されている宮姫だが、その宮姫にも話せないことがある。宮姫も同様に俺には言えないことがあるだろう。
そもそも俺が堕天使遊戯に関わっていることをさくらが知っているのか、それすらわからない。
ここはさくらの自宅で、本来なら何を話そうと非公式生徒会に伝わることはない。
だが過去の経緯を考えると、俺とさくらしかいない密室だろうと、非公式生徒会には筒抜けになっていると思った方が良い。
不用意なことは言えない。
ルールを破ればどんなペナルティを課されるかわからないから。
さくらはそれらを承知の上で、俺に鎌を掛けてるのだろうか?
それはあまりにもリスクが大きい。
「俺は楓に誘われて白花に入学しただけだし、リナは自宅のそばに女子サッカー部のある高校がなかったから仕方なく越境入学した。さくらはリナと同じ環境でサッカーがしたくて白花に来てくれたんだろ? ただの偶然だろ」
「そうね……冗談よダーリン。黒幕がいる陰謀論は少し楽しめそうと思ったけど、そうでもなかったわ」
「俺の厨二心は十分に惹かれる内容だったよ」
傍から見てるだけなら堕天使遊戯は面白そうだけど、残念ながら俺たちは当事者だ。大切な想いを踏みつけられることは気持ちの良いものではない。
「話を戻すけど、わたしは自己管理だけでは限界があるからパーソナル・トレーナーを付けてスケジュール管理とタスクの達成率を可視化しているわ。
つまりね、わたしにできることをほぼ100%実現できる体制を作っているの、でもダーリンは違う。一人でやるには多すぎる事を一人でやっている」
「そうかな? 確かに忙しいけど結構手抜きしているところもあるし」
「もしダーリンが自分自身のことだけに集中すれば、凜さんや望月さんと五分で渡り合えると思う」
「さすがにそれはないだろ」
ふたりとも全く弱点がないわけでもない。だけど前園の地頭の良さは周りから抜きに出てるし、楓も同様だ。
「あるわよ。ダーリンをずっと追いかけてきたわたしにはわかる」
モニターから目を離し、さくらが俺を見据える。
冗談を言っている目ではない。
「でもね。高校生の間は好きなことをやってほしい。大変でもダーリンが今の在り方を望むならわたしは全力で応援する」
「さくら……」
フィアンセ様は色々怖い事も言うけど、俺のことを尊重してくれるし、困った時はいつでも助けてくれる。俺には出来過ぎた女の子だ。
「仮に将来、ギャンブル、お酒、女遊び全てバッチコーイのクズ亭主になったとしてもわたしは妻として夜なべして着物を縫いながらでも、あなたのお小遣いを工面するわ」
「何で俺が将来クズ亭主になる前提なの? 夜なべして着物を縫わなくてもさくらならネットトレードとか別の方法で沢山お金を稼ぐよね!?」
「沢山のお金? やはり少々なお小遣いでは満足できないのね。ひょっとして外国のカジノで湯水のごとくお金を溶かすつもり!?」
「なんか俺、スケールのデカい穀潰しになってない!?」
「女遊びについては現在進行形……バレバレなのにどうしてバレないと思ってるのかしら……理解に苦しむわ」
「遊んでないから! 俺はいつどんな時でも女子には真剣だから!」
「つまり全員に本気ってこと? 猶更悪質ね。これ以上被害が拡大する前に、やはり去勢した上でゲス魔王として地下牢に生涯監禁、いや封印するしか……」
「なんでやね――ん!」
どこまで本気でどこまで冗談かわからないさくらとの問答は時計が日を跨ぐまで続いた。
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