第48羽♡ モップ会創設時の話
「ん――着いた~!」
「あぁよくがんばった。結構きつかった」
中尾山頂上に着いた俺たちは空に向けて両手を挙げ大きく延びをする。
思った以上に登山は大変だった。
「でもやっぱり人が多いな~」
「そうだな山の上とは思えん」
都心の真っただ中にでもいるように頂上は人、人、人。
某夢の国もそうだが、人気観光スポットはとにかく人が多い。
昼ご飯を食べた休憩場所から三十分弱で山頂にたどり着いた。
天気は相変わらず良い……と言いたいところだが、少し重たそうな雲が広がってきている。
まさか今朝の楓のダジャレが原因で本当に雨が降ったりしないよな。
いやいや……まさかな。
念のためスマートフォンで天気予報を最新の確認する。
東京都八王子市本日午後の降水確率は三十パーセントと微妙な数字。
個人的な感想で言うと三十パーセントって割と雨が降る気がする。
でも降らない確率も七十パーセントあるわけだから大丈夫だと信じたい。
一応雨がっぱを持ってきている。
使うようなことにならないのが一番良いけど。
「ん~新宿方面も八王子方面も
天気が良い日はもっとはっきり都庁とか押上の天空タワーとか見えるんだけど」
「そうだな、でも苦労してきた甲斐があったと思う。ありがと前園」
「いいって、こっちこそ休みに付き合ってくれてありがとう」
前園が嬉しそうに笑う……なんだか照れくさい。
「そうだ、せっかくだし写真撮ろうぜ!」
「おう」
スマートフォンのカメラでふたりが写るように肩を寄せる。
付き合ってるカップルみたいな構図だが、言うまでもなくただのクラスメイトでしかない。
残念ながら靄のせいでせっかく富士山方面の背景はイマイチ。
だけど仕方ない。
シャッターを押した後、すぐに前園に見せる。
「おっばっちり撮れてるじゃん! 緒方、写真撮るの上手いな!」
……まさか宮姫とほぼ毎日キス写真を撮ってから慣れているとは言えない。
特に宮姫のことを前園には絶対に。
カメラアングルに収まったエルフのような美少女はウインクと
煌めくような笑顔を浮かべ俺に寄り添っている。
隣にはあまりにも釣り合わない陰キャ男子……つまり俺がいる。
「せっかくの記念写真なんだからもっと笑えよ」
「俺がそういうこと得意そうタイプに見えるか?」
「いや全然」
「じゃあ言うな、RIMEで送るぞ」
「サンキュー、スマートフォンの背景に設定しようかな」
「それは勘弁してくれ」
他人に見られたら何を言われるかわからん。
学園の前園信者に見られたら、俺は学校の時計塔に貼り付けの刑に処されてしまう。
「え~ いいじゃん。さて……着いてからそんなに経ってないけど一通り見たし下山するか」
「そうだな」
「足が大丈夫なら、帰りは行きと違うコースで降りよう」
「了解」
この時の選択が、後々大きな問題をもたらすとは思いもしなかった。
◇◇◇
行きは頂上を目指すから当然上り坂で、帰りは必然的に下り坂になる。
上りよりも下りの方が疲れるし、腰や膝に負担がかかる。
「緒方どんな感じ?」
「とりあえず大丈夫~前園は?」
「オレも問題ない! いざとなったら緒方がお姫様抱っこで下山してくれるだろ?」
「いや無理、捨ててくから山で達者で暮らせ」
「嘘だろ!? 白魔導士カスミン!?」
「嘘じゃないよ竜騎士ゾーノ 運命を受け入れろ!」
こんなところでソーシャルゲーム上での名前を出しても厨二感しかでない。
「闇落ちして復讐してやる~」
「やばっ! 暗黒竜騎士ゾーノが爆誕した!?」
でも前園の場合、闇落ちする竜騎士よりダークエルフの方が似合う。
しかもちょっとえっちぃ感じのが……。
ご本人には絶対言えないけど。
「そう言えば楓と妹ちゃんって最近は仲良くやってるよな~」
「そうだな」
「いや~新宿サザンクロスで出くわした時はマジの修羅場だと思ったよ。
妹ちゃんと楓、ふたりとも目が怖かったし……さくらもだけど」
「確かに……」
天使同盟の天使たちが仲が良いのは割と最近の話で、入学当初は必ずしもそうではなかった。
特に楓とリナの折り合いが悪かった。
主な原因は俺の説明不足にある。
高等部入学と合わせてリナが下宿することを事前に楓に説明していなかった。
リナにも楓のことをちゃんとは説明しておらず、中学で再会した幼馴染がいて、今は親友と呼べる間柄だから早めに会わせたい。
みたいなことは言ってたが親友という言葉からリナは男友達だと勘違いしていた。
ふたりを昼休みに会わせたのは入学式の喧騒が去った一週間ほど経った頃だった。
両方から「遅い!」と言われたのが第一声。
楓からは間接的にリナは直接的に不快感を示された。
特に問題になったのは、楓に家の鍵を渡していたことだ。
中学時代、親父と俺の男二人暮らしで家事は半ば崩壊仕掛けていた。
そんな中、家事全般を手伝ってくれる救世主のような楓を親父はいたく気に入っていた。
だから、親父が「楓ちゃんに鍵を渡そう」と言った時、俺も反対しなかった。
そっちの方が便利だと思ったから。
しかしである。
家族でない人間に渡すのは何かと問題がある。
ましてや楓は女の子だ。
異性である俺の家の鍵を渡すことは問題しかない。
友達でしかない楓はもう鍵を返却すべきだというのがリナの主張だった。
楓はリナの主張を拒否した。
その後、しばらくの休戦期間を経て楓の誕生日に俺とふたりで新宿に出掛けた際、
リナとさくらが部活を早退して俺たちを追いかけてきた『新宿事件』が勃発した。
一触即発の事態になりかけたものの、
たまたまその場に居合わせた前園の見事な火消しでその場をしのいだ。
その後もリナ、さくら、宮姫のA組女子三人と俺が関わった
『渋谷事件』をきっかけに、宮姫とも頻繁に話すようになり現在に至る。
穏健でバランス感の優れた宮姫と、コミュニケーション能力が高い前園のふたりがいることで、天使同盟五人は現在の絶妙なバランスとなり平穏が保たれている。
週一程度開催される通称『モップ会』も意見交換をすることで
各々に不満が発生しないようにしている。
「もっと頑張らないと死人が出るぞ、皆緒方のことばかり気にしてるから」
「俺はそんな大した人間じゃないのに」
「大した人間かどうかを決めるのは緒方じゃないな、今のところ気にする価値があるってことだろうし、オレも緒方は他の男子とは違うと思う」
前を歩いていた前園は、突然止まると振り返りニヤリと笑う。
……前園凜も他の天使達も一筋縄ではいかない。
そう改めて実感させられる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます