第26羽♡ 夜空に浮かぶ月を欺けば
「それじゃ……」
宮姫を自宅前まで送った俺は別れの挨拶を簡単に済ませそのまま立ち去ろうとする。
「家まで送ってくれなくても良かったのに」
「夜道を一人で走らせるわけには行かないだろ」
「嬉しいけど……その優しさは他の子に向けてあげて」
夜に隠れている宮姫の表情をはっきりと見ることはできない。
でも気のせいか柔らかい表情しているように感じる。
「宮姫の家まで来たのも保育園以来だな。約十年ぶりかな」
「そうだね、楓ちゃんと何度か遊びに来たよね」
「なぁ楓とは普通に話してる?」
「うん、昔話はしないけどね」
楓も俺も保育園の頃は、互いに家がバタバタしていたからあまり幸せな日々ではなかった。
いつも俺と楓を見ていた宮姫こと『すーちゃん』はその事を知っている。
「楓ちゃんはかーくんの事しか見てないから、わたしはオマケだったけど」
「楓とすーちゃんは俺抜きでよく内緒話してたような……」
保育園の隅でふたりが話をしている時に俺が加わろうとすると追い出されることがあった。
「女の子だけの秘密の話だから男の子は入ってこないで」って。
どんな秘密の話をしてたのか今でも気になる。
多分これからも教えてもらえそうないけど。
「今日は遅いから無理だけど、今度エリーとおじさんやおばさんに挨拶させてもらっていいか?」
「エリーのこと覚えててくれたんだ。うん! パパもママもエリーも喜ぶと思う。エリーはね……大分おばあちゃんになっちゃったよ」
エリーは宮姫の愛犬、クリーム色のボーダーコリーであの頃はもう成犬だったから、十年経った今はおばあちゃんになっているかもしれない。
「ところでさ、うちの親に挨拶って言われると流石にドキっとするかも」
言い方が悪かったかもしれない。
今の言葉は確かに付き合ってる彼女の両親に挨拶をしに行くみたいな響きがある。
宮姫の両親は当然顔見知りだけど、高校生の異性の両親となればそれだけでは済まないか……。
高いのは無理だけど、お邪魔する時はお菓子くらいは用意して行こう。
「俺一人で行くのがマズいなら……楓も一緒に来てもらうけど」
「緒方君だけでも問題ないよ、でもさくらちゃんにちゃんとネゴってからね。恐いフィアンセにまた怒られるよ、わたしも恐いし」
「そうだな……」
宮姫は俺とさくらが婚約していることを知ってる。
学園内で俺にフィアンセがいることを知っているのは宮姫だけ。
一緒に暮らしているリナも知らない俺のトップシークレット。
親父はもちろん知ってるけど、いい加減なので覚えているか怪しい。
世の中の男子高校生で俺のようにフィアンセがいるヤツってどれくらいいるのだろう?
もし身近にいるなら、互いの苦労を分かち合いたい。
俺のフィアンセは二言目には『許さない』、『殺す』、『切腹しろ』などの過激なことを言う。彼女またはお嫁さんがいる男性は皆こんなことを言われてるのだろうか。
できれば俺だけじゃないと信じたい。
「それより……」
「なんだ?」
「家まで送ってくれたお礼をするね……」
「ん?」
それは一瞬のことだった。
宮姫は俺に近づくと俺の唇を塞いだ。
先ほどの触れただけのよりも深いキス。
驚いた俺は動くことができない。
開いたまま瞳に空に浮かぶ月と宮姫の綺麗な顔だけが映る。
甘い香りが包み支配していく……。
宮姫の家族がすぐそばにいるのに俺はキスをしている。
苦しい……。
この息苦しさは何だろう?
宮姫すずはとても大切だ。
俺の幼馴染で、秘密の共有者。
そしてキスだけの関係。
かつて傷つけた女の子……。
宮姫は俺を許さない。
俺も宮姫を苦しめる自分が許せない。
「そんな苦しそうな顔しないで……わたしは緒方君を利用してるだけ」
唇を離した宮姫は俺の耳元で囁く。
そうだ……宮姫は俺のこと何とも思っていない。
そう何度も言い聞かせる。
嘘で心を塗りつぶし夜空に浮かぶ月を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます