第10羽♡ 緒方霞の日常風景

 私立白花学園は東京都世田谷区に中等部、高等部のある共学校。


 創立されてから百年以上の歴史があり過去には政治家、芸能人、芸術家、スポーツ選手など著名な卒業生を輩出している。


 中等部と高等部は同じ敷地内にあり、中等部は第一校舎春草館、高等部第二校舎夏雲館を使用している。


 中等部、高等部にはそれぞれ別の体育館があり、その他に敷地内に時計塔、プール、グランドの他に中庭と部室棟や図書室、保健室の入った紅葉館がある。

 

 二十五年前までは女子校だったが、近年の少子化に伴い共学校にした変更したらしい。


 元女子校のためか今でも男子より女子生徒が方が多く、女子用の更衣室や女子トイレの数が男子より多い。


 近隣にある二つの女子校、私立彩櫻女学院、私立三条院女学院は、女子校だった頃からライバル関係にあり三校交流戦などで何かと関わることが多い。

  

 第二校舎夏雲館一階に一年生の教室があり、二階が二年生、三階が三年生と学年が上がると教室も上層階になる。

 

 俺としては階段を登るのが面倒なので教室はずっと一階のままがいい。

 カフェテリアのある二階は、まあまあ便利そうだけど、三階は窓際でも日差し強そうだしメリットを感じない。

 

 朝のホームルームまでに十分に余裕がある時間に俺と楓は一階にある自分達の教室に到着する。


 予鈴まで時間があるので教室にはクラスメートの半分程度しか登校していない。

 

「おはよう~」


 教室のドア先にいるクラスメイト達に楓は挨拶をする。

 

「おはよう楓」

「おはよう望月さん」


 クラスメイト達の視線と歓声は楓に集中する。

 さすがクラスの人気者、楓はクラス委員長であり、クラス副委員長の前園と並び一年B組の中心的存在。

 

 そんな楓の後ろをすり抜ける様に教室に入った俺はそそくさと窓際そばの自席に向かう。


 俺に視線を向けるヤツはほとんどいない。いつの間にか隠密スキルまたはステルススキルを身に着けたようだ。

 

 ――あぁ哀しいかな。

 ――俺はぼっちな陰キャ。

 

 クラス内で全く目立たない路傍の石。


 いや、教室内だから比較対象は石ではなく、ロッカーの中のジャージや黒板消しかな。


 でもジャージがないと体育が出来ないし、黒板消しは授業で絶対必要だから、あちらの方が俺よりクラスの役に立ってるな。

 

 楓が高校デビューを大成功させたのとは反対に、俺の高校デビューは失敗し現在に至る。

 

 原因は幾つかある。


 一番大きいのは俺が積極的に友達作りを頑張らなかったこと。

 大した努力をしなくてもクラスの目立たないグループぐらいなら入れると思った。


 実際、入学当初は目立たないグループの一人として多少は話ができるヤツがいた。

  

 ところが、クラスの二大美少女である楓からカスミと名前で呼ばれるわ、もう一人の前園が親しげにバシバシ俺の肩を叩くやら、クラスの違うリナが休み時間に度々訪れるやら、廊下でさくらや宮姫と普通に話をしてるわで、普通に振る舞ったつもりでも、周りには学校カースト上位に位置し、五人の美少女とウハウハな関係のリア充に見えたのかもしれない。


 つまり目立たないグループの連中からすれば同士ではなく、俺は異端の存在か異世界の住人。


 こうして高校入学後は『地味目グループでのんびりスローライフ』という俺の目論見は脆くも崩れていった。


 もののあわれ。

 いとかなし……。

 

 知っている言葉を適当に並べて現状を憂いても何かが変わるわけでもない。

 

 話す相手はいないしまだ学校に来たばかりだけど、とりあえず寝ることにする。

 

 そもそも論として、これ以上は意識を保つのが無理。

 

 学校のある日はいつも午前五時前に起きている。

 しかも昨日の夜はソーシャルゲームのイベントがあったから寝るのが更に遅くなった。

 

 本日の睡眠時間はおよそ三時間ほど、若さとか関係なく全然睡眠時間が足りてない。


 あぁ――祇園精舎の鐘の音が聞こえる気がする。


 祇園精舎って何だったっけ?

 

 わからん。

 文系科目は苦手だ。


 教科書を読むだけで眠くなる。

 何より今のうち少しでも寝ておかないとまた授業中に意識が飛ぶ。


 窓に近い自席で朝の日差しを浴びながら、机の上にうつ伏せになる。

 学校の机は全く快適ではないのにすぐに眠くなり、よく眠れるのはどうしてだろう?


 ……俺は知りたい。


 冥王星の先にある太陽系外縁天体とかいう、よくわからない惑星のことより身近なことが気になる。


 『学校の机の上で人はなぜ眠くなるのか』を夏休みの自由研究のテーマにするかな。


 高校の夏休みの宿題に自由研究はないらしいけど。

   

「あれ、カスミ大丈夫? 調子が悪いの?」


 クラスメイト達への挨拶を終えた楓が心配したのか声を掛けてきた。


「いや寝不足なだけ、朝のホームルームまで眠らせてくれ」

「わかった……後でちゃんと起きてね」


「へーい」


 ――気を使ってくれてありがとう親友。

 

 ちなみに『惰眠をむさぼる』とは、なまけて眠ってばかりいるって意味らしいけど俺にぴったり。

 

 努力を重ねる人を否定する気はない。

 

 とは言え高校生は必ずしも青春を力の限り燃焼しなくても良いじゃないかと思う。

 頑張り過ぎても必ず良い結果が付いてくるとは限らない訳だし。

  

 グランドから朝練中のテニス部が「ポーン!」という音と共にボール打つ音や掛け声が聞こえてくる。


 教室の中にも登校している生徒が増えるにつれ、少しずつ学校全体が朝の活気に包まれつれていく。

 

 それらの物音も俺にとっては子守唄のように眠りに誘うだけ。

 

 思考が徐々に曖昧になり、いよいよ意識は崩壊してゆく。

 睡眠不足になる度に思うけど寝ることはやはり大切。

 

 それなのに睡眠時間を削って、ついついゲームをやったり深夜アニメを見てしまう。

 深夜アニメは録画して後で見ればいいし、ゲームだってイベント以外は早い時間にやって寝不足になる前に寝ればいい。


 分かっているけど中々止められない。

 意識は完全にドロドロした深い沼のようなところに沈む……。


 それではおやすみなさい……。

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