第9羽♡ キミに会いに行こう(下)

「……なんてね。カスミはリナちゃんのこと大好きだもんね」

「はいはい、好きですよ。どーせシスコンですよ」


「お~あっさり認めちゃうんだ」

「まーな実際うちの妹かわいいし、いい加減シスコンって言われ慣れたよ」


 入学前、リナと俺が親戚であることも学園内で公表するか悩んだ。


 俺はともかく、リナが奇異の目にさらされてしまうかもしれない。

 秘密にした場合、クラスの違う俺とリナと度々一緒にいたら変な噂が立つ可能性がある。


 親戚であることを公表しても一緒に住んでいることもバレれば、やはり噂が立つかもしれない。

 

 公表してもしなくてもリスクを完全に無くすことはできない。

 

 

 よく考えた末、結局秘密にして後でバレた時の方がインパクトが大きそうだと思い、俺たちが親戚であることを公表した。

 

 今のところ危惧したような噂は聞かないし、学校で堂々とリナに弁当を渡す大義名分は得た。でも周囲には俺がリナにかまい過ぎてるように見えるらしい。


 しかもリナが友達に俺たちの関係を聞かれた際、「緒方君はわたしの大切なお兄ちゃんだよ。兄ちゃんのこと? うん、大好きだよ」などと言ってくれたお陰で「シスコン」とか純真無垢なリナに「兄ちゃん」と呼ばせてる変態ヤローなどと陰口を叩かれるようになった。


 こうして緒方霞の株は際限なく下がっていく。

 別にどうでも良いけど……。


「学校どころか全国的なアイドルだもんねリナちゃん」

「そうなんだよな。信じられないけど」


 高山莉菜は年代別代表にも選ばれている日本女子サッカー界の新星。


 昨年夏の全国大会準決勝でドリブル五人抜きの後に左足アウトサイドでカーブをかけたシュートを相手ゴールに叩き込んだ時の動画が某有名動画サイトでバズり、一か月で動画再生数が百万回を超えた。

 

 するとマスメディアの取材だけでなく、容姿に注目した芸能プロダクションからも声もかかるようになった。

 

 リナは一躍、時の人になってしまった。


 当時はまだ地元の中学に通っていたのにも関わらず、学校までの道のりにマスメディアやら動画サイト作成者などに待ち伏せされるようになり、ピーク時は一人で通学できなくなったらしい。

 

 結局、取材は学校を通して最低限だけ受けて、芸能プロダクションは全く興味がなく断った。


 東京に来たらリナが余計に目立つってしまうのではと危惧したが世間の関心は移り変わりが早く、最近はすっかり落ち着いているようだ。


「すごいヤツだと思うけど、普段のリナは家でゴロゴロばかりしてるから有名人とか言われてもピンと来ないだよな~」


「それはカスミの事をリナちゃんが信頼してるからでしょ。ところでリナちゃん登下校一人で大丈夫なの?」


「俺も心配だから一緒に登校するか聞いたことあるけど、朝練があるから俺より登校する時間が早いし、変装してるから大丈夫だって本人が」


 今も有名人であることは変わらないので、リナは移動中ベースボールキャップを被って目立たないようにはしている。


 春先はロングウイックを付けたけど最近は暑くて頭が蒸れるらしくキャップに変えた。


 帽子を被れば多少はリナの印象が変わるけど、完全に顔が隠れる訳でもないから心配している。


「大丈夫なら良いんだけど、でも赤城さんもリナちゃんと同じだよね」

「そうだけど、あいつは車で送り迎えされてるから心配ないだろ」


 そう……赤城さくらも有名人。

 しかもその有名人度合いがリナの数段上。


 それにしても

 俺の周りだけ才能があるヤツばかりでおかしくないか。

 

 異次元と繋がっているとか?

 神様がこっそり天才ばかり集めてるとか?

 

 俺は超が付く凡人なんだけど。


 何もない俺は、ひょっとしてもうすぐ異世界転生するとか? 

 でもチート能力になりそうなもの何も持ってないな。異世界でもモブになりそう。


「楓は大丈夫なのか? 色んな人に告白されて困ってただろ」

「最近はそうでもないかな。それに……」


「ん?」

「カスミがいつも横にいるから、その……わたしたちのこと勘違いしてるかもで」


 話の途中で顔が真っ赤になり余程恥ずかしいのか最後の方は聞こえないような小さな声でゴニョゴニョ。

 すぐに照れてしまうのは楓のかわいいところなんだけど……。 

 

 入学してしばらく経った頃、楓が「カスミと一緒にいることで付き合ってると周りが勘違いしてくれるかも作戦」を提案してきた。

 

 具体的な内容はできるだけ一緒に登下校すること。

 

 俺は断る理由もなかったので協力することにした。

 作戦は上手くいったみたいで、楓が告白される回数は劇的に減ったらしい。


 ただし『緒方君は大切なお兄ちゃん』発言事件と同様に、月明かりの天使ファンに俺が目の敵にされるようになったのは言うまでもない。

 

 でもまぁ少しでも楓の役に立てているなら別にいい。こいつには数え切れないくらい借りがあるし。

 

 周りが勘違いするのは勝手だけど、残念ながら俺では楓に全然釣り合わない、

 親友という間柄以上はあり得ない。


「俺のそばにいることで変な事言われたりしてないか?」

「ううん大丈夫、むしろ大変なのはカスミの方でしょ」


「それはまぁ否定できないな」

「……だよね」


 同級生の美少女五人が冴えない俺のそばにいて親しくしている。

 俺たちの取り巻く事情を知らなければ、俺が分不相応に恵まれてるとしか思えないだろう。

 

 最近ではゲスな俺に楓達の弱みを握られていて泣く泣くそばにいる。

 そんな噂まで流れている。

 

 俺はともかく、楓達に不利益なことが発生した場合は、早めに手を打たなければならない。

 

 俺は学園で浮いた存在になっている。

 でも中学時代も楓を除けば友達がいなかったから今の状況に慣れているし、それほど不便を感じない。


 高校入学の暁には、こんどこそ友達を作りたかったから寂しさはあるけど。

 

 おっと……忘れてた。

 同じクラスの水野と広田は友達だと思っている。ふたりとも変人だけど……。

 

 通勤、通学時間で活気のある駅の自動改札口で定期券をかざし、俺たちは駅のホームを目指す。


 楓と他愛のない話をしているといつも学校にはあっという間につく。

 

 気心がしれてるせいか楓がそばにいてくれると落ち着く。

 同級生たちに白い目で見られようが別にどうでもいい。

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