第98羽♡ タイムリープとポテトフライ
50インチのTV画面には、一昔の前のSF映画が流れている。
主人公は高校生の女の子、ある日突然タイムリープができるようになってしまい日常が一変する。
最初のタイムリープ以降、次々と事件が発生するがその度にタイムリープを繰り返すことで解決していく。
青春モノとしてもSFとしても名高い作品なので一度は見たいと思っていたけど、今日この場で見たかったわけではない。
俺の横で、ぼんやりとモニターを眺めている私服姿の宮姫も会計横のレンタルコーナーでたまたま目に付いたから選んだだけだろう。
「緒方君、さっさと今日のノルマを終わらせてよ」
「そうだな……でもその前にちょっとだけ話をしないか?」
「悪いけど今日は楽しいお話をできる気分じゃない、それにこの部屋の残り時間もあと30分くらいしかないし」
宮姫は昼間のモップ会のせいか、さっきからご機嫌斜めのままだ。
俺たちは今、宮姫の自宅から徒歩10分ほどのところにある駅前のネットカフェにいる。なぜこんなところにいるかと言うと、放課後に宮姫の家を訪ねたところ親御さんも在宅しており、その場でノルマをこなすわけにもいかず、外もまだ明るい時間帯のため、誰にも目につかない所を求めてここまで来た。
そして3畳ほどのカップルシート部屋で借りたDVDを見ている。
部屋の中は長椅子とパソコン、ネットゲームやテレビを移すモニターを除けば何もない。防音対策もされているようで外部から物音もしない。
ドリンクは飲み放題だが廊下まで取りに行かなければならない。
俺たちは辛うじて肩が当たらない距離で並んで座っている。
「……わかった、じゃあ今から」
モニターを見つめたままの宮姫は俺に目を合わせてくれない。
俺は彼女の視界からモニターを隠すように唇を塞ぐ。
宮姫はされるがままと言った感じだが嫌がる様子はない。
唇がすごく甘い……先ほど彼女が飲んでいたミルクココアの味がする。柔らかな感触にもっと触れていたいけど、そうも言ってられない。
ポケットから取り出したスマートフォンで証拠写真を撮り、唇をそっと離す。
「ここにいる理由がなくなっちゃったね。そろそろ帰る?」
「まだ映画を見終えてないだろ」
「前にテレビ放送されたことがあるから、わたしは結末を知ってる」
「そっか。折角だしこのまま時間まで一緒に見ようよ。俺は始めてだしラストが気になる」
「……緒方君がそういうなら」
その後はどちらからともなく自然に手を繋ぎ、しばらくは無言のまま映画を見続けた。
――物語は終盤に差し掛かる。
タイムリープを重ねたところ矛盾、つまりタイムパラドックスが発生し、主人公も制御できない状況に陥いる。そして限界を超えた世界は崩壊を迎える。
成す術もなく泣き崩れる主人公の元に幼馴染の男の子が突如現れ、主人公と世界を守るための強制リセットを自らの命と引き換えに発動させ、主人公が一度目のタイムリープを行う前の状態に戻し事態は終息する。
強制リセットの影響からか主人公以外に幼馴染を憶えている者はいない。
世界は救われたが、ただ一つだけ救えないものが残る。
そして誰もいない放課後の教室で主人公は失われた幼馴染を想い物語は終わりを迎える。
主人公が最初に行ったタイムリープは大好きな幼馴染の彼と放課後に下校するためだった。
「悲しい終わり方だな」
宮姫は俺の右肩に寄っかかったまま頷く。
「タイムリープする前にもチャンスはあったのに、どうして気持ちを伝えなかったのかな」
「近すぎると言葉にするのが難しくなるのかもしれない」
「……そうだね」
「ポテトフライが余ってるな」
「緒方君のお腹が空いてるかと思って注文したけど、そうでもなかった?」
「お腹は空いてる。でもかかってる塩がちょっと多いな」
「確かにちょっと辛いかも」
ポテトフライの話ではなく、早く本題を切り出さないといけない。
おそらく宮姫も待っている。
「すーちゃん」
「急に昔の呼び方にしないでかーくん」
「すーちゃんが好きのは前園だね。恐らくすーちゃんの言ってた初めてキスした相手も」
「うん……わたしね初めて会った日からずっとお凛ちゃんのことが好きなの」
「そっかぁ」
白花学園高等部天使同盟一翼『放課後の天使』こと前園凛。
中等部時代からの宮姫すずの親友。
北欧系ハーフとしての抜群のルックスと気さくな性格から恐らく学園一モテる陽キャ。
俺のソシャゲ仲間で中尾山ではうっかり混浴してしまったこともある……。
ようやくたどり着いた。
すーちゃんが中等部時代に度々告白されても『うん』と言わなかったのは好きな人がそばにいたから……
すーちゃんが前園とふたりだけの美術部を作ったのも、前園のそばにいたかったから……
すーちゃんの好きは友達としての好きじゃなくて特別な好き……
ポテトフライを一つ取りそのまま口の中に入れる。
やはり塩が多めで辛い。
「前園の事が好きなのにどうして距離を取ろうとするんだ?」
「それはね……」
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