第163羽♡ 天使を拘束した日、悲劇は訪れる

 

 「なぁ前園」

 「なに緒方?」

 

 「オレに任せとけって言ってたけどさ」

 「任されたから、ちゃんと目の前に楓がいるだろ」

 

 「いるよ、いるけどさ……トイレから出てきた楓をいきなり捕まえるのは、さすがに酷くない?」


 「だって仕方ないだろ? すぐに逃げるし」

 

 「しかも後ろ手でロープで縛って空き教室に連れ込む、コレはほぼ犯罪だから」


 「ついにやってしまったな緒方……楓の可愛さに目が眩んで、こんな事をするなんて……ちゃんと罪は償えよ。たまには差し入れするから」

 

 「差し入れありがとうございます……じゃなくて主犯はお前だからな! 捕まるなら一緒だから」


 「それは困る、刑事のおっちゃんには緒方君に脅されて仕方なくやりましたと涙ながらに語るからオレは大丈夫……演技は得意だし」

 

 元プロ役者だから?


 外観は皆大好きな神秘の妖精さんだから、悪い事し無さそうだし、世論も俺の主張より前園の言う事を信じるだろうし……ってあれ?

 

 俺の有罪だけが確定?

 しばらく臭い飯を食べて来いってヤツ?

 

 何て事だ!

 ついに俺は超えてはいけないラインを越えてしまった。

 

 家で待つ愛する妹よ……兄がいなくても強く生きろ。

 

 プリン買ってあげると言われても知らない人なら断れ。

 それからそれから……。

 

 「それより緒方、せっかく楓を捕まえたんだから早く話せよ」


 あ……そうだった。

 塀の中に入る前に、まだやることがある。

 

 某国民的RPGに出てくる経験値が多いが、すぐに逃げる素早さ255のモンスターよりも早く逃げる楓と話をしなければならない。

  

 目の前には、困り顔を通り越して、怯えるような表情をした楓がいる。

 

 無理もない。

 平和なはずの学園内でいきなり拉致されて軟禁状態……そりゃ誰だって怖い。

 

 「楓、その……あれだ……悪かった、とりあえずロープをほどくから」

 

 無言のまま、小刻みに震える楓の腕からロープをしゅるしゅると外す。

 これでよし……と。

 

 「どうして俺の事を避けるんだ?」

 「別に避けてないよ、色々やる事があるから」

 

 ニコッと笑う楓、でもその顔はどこかぎこちなくて引きつっている。


 「職員室にプリントを貰いに行ったり、生徒会の人に声を掛けられたりで、忙しそうだったけど、花瓶の水を午前中だけで四回も変えたり、明日から夏休みなのに必要以上にチョークを貰って来るのは、どう考えてもおかしいだろ?」


 前園が不審な点を的確に指摘する。


 確かに朝から楓は忙しそうにしていた。

 だけど暇な時間が、全くないわけではなさそうだった。

 無理やり忙しくて、やり過ごそうとしているように見えた。


 「そ、それは……」

 

 困った顔をして、下を向いてしまう。

 

 「さぁさぁさぁ言ってみろ楓!」

 

 勢いよく前園が楓に詰め寄る。

 ……どうしてそんなに強気なの?

 

 ふたりの顔近すぎない?

 くっついてしまいそうな距離だけど……。


 まさか……このままチュウか!?

 前園凛、望月楓の神シーン到来なのか!?

  

 「カスミと凛ちゃんの仲を邪魔しちゃいけないかなって……」

 「「はぁ?」」

 

 前園と俺は楓の予想外の答えにふたりで間の抜けた声が出る。

 何を言ってるの楓さん?

  

 「ふたりはホントに好きになっちゃったかもって、昨日の夜、RIMEでリナちゃんと赤城さんが言ってて……すずちゃんは絶対に許さない、カスミを世界一深い海溝の底にお札を張った重さ100キロの石を両手両足に付けて、封印するって」

 

 封印って……俺はどこぞの大妖怪か?

 宮姫さんや、これでもボクは普通の人間だからそんなむごい事はしないで……。

 

 「楓、オレが今、パリ行きの事で親と揉めてるの知ってるよな? 緒方には日本に残れるように手伝ってもらっているだけだよ。そもそも緒方は楓の旦那だろ? 別に取ったりはしないよ」

 

 「違う……わたし達は親友で」

 

 「親友でも同じだよ。急に楓が距離を取るようになったら緒方も慌てるから、忙しいなら緒方に手伝ってもらえ、でも腕の細さはオレ等と変わらないから、重いものは持てないし、役に立たないかもしれないけど」

  

 「確かに俺は力があんまりない、楓の方が力持ちだな」

 「……酷いなカスミは、そんなことないから」

 

 ようやく楓が不自然ではない笑顔を浮かべる。


 「ごめんねカスミ……避けているつもりはなかったんだけど」

 「いいよ。それより俺は何か楓の気に障るような事をしたかな?」

 

 「ううん。ないけど、どうして?」

 

 本当に何もなさそうな顔で楓は告げる。

 

 俺が気にし過ぎていただけで、この件は一段落なのか?

 

 いや違う……何か引っかかる。

 まるで本来のシナリオから、突然別シナリオに切り替えたような違和感がある。

 

 昨日の楓は明らかにおかしかった。

 何か鬼気迫るものがあった。

 

 でも、これ以上は聞き出せそうにない。

 根拠がないのに下手に深堀して、また楓に避けられたらたまらない。

 

 この辺で手打ちにするのが妥当だろう。


 「ごめん楓、何でもない、もう一時間授業があるし、そろそろ教室に戻ろう」

 

 万事解決には程遠いが、これで終わり。


 「あ、ちょっと待ってカスミ。この前お願いしたけど、今日ディ・ドリームに行って良い? カスミもだけど、姉さんの働いている様子を見たいから」

 

 「え!?」

 

 突然のその発言に戦慄が走る。


 バイト先に楓が来る。

 近いうちにディ・ドリーム来るという話だったが、今日とは思っていなかった。

 

 俺はまだ楓にカスミンの姿を見られる覚悟ができていない。

 宮姫、リナ、さくらに続いて、楓にも女装して働いている姿を見られてしまう。

 

 「オレも緒方の働いているところ見たことないな、楓、一緒に行って良いか?」

 「うん、じゃあ天使同盟の会議が終わったら行こうよ」

 「そうだな……と言う訳で、緒方よろしく~」

 

 俺が断る隙も無く、楓と前園がディ・ドリームに来る事が決まった。

 

 客商売だし、お客様が来たいと言ったら断れない。

 でもフリルが沢山付いた際どい格好で働いている姿をふたりに見られてしまう。

 

 今日だけで男装で誤魔化したくても、アイドル活動の件や、葵ちゃんの男嫌い問題があるから無理……。

 

 いっそのことバイトを休んでしまいたいところだが、シフトメンバーに迷惑がかかるからできない。

 

 ダメだ……詰んでる。

 とりあえず俺氏、色んな意味でオワタ。

 

 がんばれ!

 もう一人の俺、女形おがたカスミン!

 

 緒方霞としての俺は過酷な現実に精神が持たないので、これよりスリーブモードに移行します。それではアディオス!

 

 ――プツン。

 

 緒方霞ノログオフヲ確認シマシタ。

 代ワリニ女形カスミンガログインシマス。


 ――ブイ―ン。

 

 

 

 

 

 

 

 えっ? 

 ちょっと待って!?

 

 都合の悪い時だけわたしに頼まれても困るよ!

 

 ど、ど、どうしよう!?

 無理なものは無理だよーー!

 

 そ、そうだ、楓と前園が来ている間は厨房で仕事をして、フロアは葵ちゃんと加恋さんに頼めば。

 

 うん、そうしよう……例え今日がこの惑星最後の日でも、わたしは絶対に厨房から出ない。

 

 この誤った判断は、ディ・ドリームに潜むイタズラ好きな悪魔達を大いに喜ばせ、更なる悲劇を呼ぶ事になる。

 

 わたしはまだ知らない……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る