第22羽♡ カスミンちゃん時給プラス50円です!

 

 スカートを含め仕事用ユニフォームに着替え終えた俺は足早に店長が待つ側のオフィスルームに戻った。

 

「「…………」」


 待っていたのは店長と加恋さんが織りなす沈黙の世界だった。

 

(やばっ……二人とも目が点になってる……)

 

 どうやら何も言えなくなるくらい完璧スベったらしい。

 焦った俺は無駄に早口となり言い訳を始めた。

 

「いや~女性ものって分からず間違えて着替えちゃいました」


「「…………」」


 またしても無言。

 スカートに間違えて着替えるわけがない。

 

(ちょっと待て、やばいやばいやばい――誰か助けて――!)


 この沈黙に耐えられない。

 

「似合いませんかね~? 自分ではなかなかイケてると思ったんですけどね~いや~失敗失敗」


 人間とは、焦れば焦るほど心にない事を言うし、益々スベり続ける生き物らしい。

 普通の男子高校生が女装したところでイケてるわけがない。


 ふたりはバカな高校生が悪ノリしてると思ってるだろうな。

 

 何だかすごく申し訳ない。

 早く謝ろう。あと、ここで働くのはもう諦めたほうが良さそうだ。

 

「ふざけてすみませんでした~アルバイトの件はなかったことにしてください。本日はありがとうございました」


 俺は深々と頭を下げるとそのまま退席し帰ろうとした。

 

 だが……。

 

「カスミ君……いい。めちゃかわいい!」

「緒方君、悪いが一回りしてくれないかな」


 加恋さんからの称賛と店長から謎の指示が飛んできた。


「あ……はい」


 躊躇とまどいながらも俺は体を一回転させる。

 紺のスカートが少しだけふわりとする。

 

(やばっ……すごく恥ずかしい)

 

「緒方君、早速今日からシフトに入ってほしい」

「え? 今日から? 俺今スカートですよ?」


「何か問題があるかね?」

「俺は男ですよ。問題しかないですよ」


「君は素敵な男の娘だ! あまりの可憐さに度肝を抜かれたよ。どう見ても女の子にしか見えない! いや~望月さんの言った通りだったよ」


(望月さんの言う通り……加恋さんの? それどういうこと?)


「あの~ユニフォームは間違えて渡したんですよね?」

「ちゃんと女の子用を渡したつもりだが、もっとスカート短い方が良かったかね? 今在庫がないからすぐに注文を……」


 「いえ、やめてください」


(おかしい……)

 

 店長さんの言動含め何もかもが。

 スカートは今のままでもやばいのにこれ以上短いとかありえん。

 

 しかも店長さんが冗談じゃなくてマジで言っているように聞こえる。

 何より目が据わってて全く笑ってない。

 

 この現場はヤバい――このままだと強制的に男の娘デビューすることになってしまう。

 一刻も早くこの場から離脱しないと……。

 

「すみません。アルバイトの件ですが辞退させて頂きます」

「え~なんでカスミ君、こんなに似合っててかわいいのに!?」


「似合ってるとかの問題じゃなくて、女装してアルバイトしろって事ですよね? ここは学校から数分のところにあるんですよ。さすがにまずいでしょ!」


「カスミ君はいつもその長い前髪で顔を隠してるんでしょ? だったら学校の子は誰も気づかないよ」


 別に顔を隠しているわけではない。

 春先にリナの引っ越しとか、さくらに突然呼び出されたりとかバタバタしてたら髪を切る前に入学式になり、今日に至る。

 

 ただそれだけのこと。

 

 この長い前髪にこだわりもないし、特別な意味はない。

 駅前の十分間カットスタジオで、そろそろ切ってもらおうと思ってたくらいだ。


「すぐに学校の誰かにバレますよ。女装してアルバイトするのは嫌だし、ここで働かせてもらえるなら、せめて男性の格好でさせてもらえませんか」


「それはダメだ緒方君、君の男の娘としての可愛さが死んでしまう」


(……うん、ダメだこの人)

 

 一見常識のありそうで紳士に見えるけど中身が変態そのもの。

 

「お断りします」

「もちろんタダとは言わない、時給プラス三十円でどうかね?」


「お疲れ様です。それでは失礼します」


 話にならない。

 お金で人の魂は買えない。


 お金よりも大切なものがある。

 俺は荷物をまとめ立ち上がろうとする。


「待ってカスミ君、キミがこのバイトを断ると楓にやってもらうことになるけど、それでもいいの?」

「ちょっと加恋さん? なんでそうなるんですか?」


「実はね、ディ・ドリームはここのところあまり売り上げが良くなくて、テコ入れが必要らしいの、それで白羽の矢が立ったのはカスミ君、キミよ」


「あの……何で俺なんですか?」


「かわいいから。かわいい店員さんが一生懸命働いてたら、もう一度来たいと思うリピーターさんがきっといるでしょ!」

「だったら加恋さんがやってください」


 加恋さんは妹の楓とは全然違うタイプでギャルっぽい雰囲気だが、楓と同様に美人だ。条件はピッタリハマる。


「あたしは大学が忙しいから無理、残念だな~カスミ君は断るのか~じゃあ楓にお願いするしかないよね~ 店長、うちの妹はカスミ君より上玉です。どうでしょう?」


「もちろん問題ない、望月さん明日連れてきてくれるかな」

「わかりました~。あ~かわいそうな楓、信じていたカスミ君に見捨てられて」


(ちょっと待てや~~!)


 何で俺のせいで楓を無理やり働かせるみたいな構図になってるんだ? 

 しかも妹をあっさり差し出そうとしてるだけど、このお姉さん。


 上玉って時代劇の悪徳商人が悪代官に娘を渡すみたいなことも言ってるし。

 とにかく、こんな変態紳士の下で楓にアルバイトをさせるなんて絶対駄目だ。

 

 嫌がる楓に極限ミニなスカートとか身体のラインの際立つユニフォームとか着せられるかもしれない。

   

 そうなれば、俺の親友がえっちぃ目のさらされてしまう。それだけは何としても阻止せねばならない。


「わかりましたアルバイトやります。やらせてください。ただし時給はプラス五十円でお願いします」

「よし、それで手を打とう……しっかり頼むよ」


「はい。くっ……」

 

 多分、この時の俺はゴブリンに殴られた冒険者のような苦い顔をしていたと思う。 

 こうして俺は時給プラス五十円で悪魔たちに魂を売った。

 

 世の中は不景気で大手大企業ですらなかなか昇給しないと聞いている。

 ましてやアルバイトで昇給なんて早々ないかもしれない。

 

 金は悪ではない。

 何より楓を救うことができた。

 

 でも代わりに大切な何かを俺は失った。


「良かった~カスミ君が引き受けてくれて、楓は人に見られるようなこと得意じゃないし~」


 分かってるなら楓にやらせようとしないでほしい。 

 楓を人質として取られているようなものだったから断るという選択肢がなかった。

 

(望月加恋さん……恐ろしい人)


 こうして俺の女装アルバイト生活は始まった。

 

 実名だとすぐに学校にバレるかもしれないからディ・ドリームでは『女形おがたカスミン』と名乗っている。


 姿だけでなく、普段は人前で抑えている高めの地声や女の子っぽい仕草なども意識して、緒方霞ではない別の存在であることを心がけている。

 

 これからも俺は前髪は切ることができない。

 花粉症対策眼鏡やマスクも季節と関係なく外せない。

 

 緒方霞は誰にも素顔を知られてはならない。

 アルバイトを辞めるその日まで……。

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