第23羽♡ 十五歳の乙女心


 カフェレストラン『ディ・ドリーム』は駅から近いわけでもなく、値段が安いわけでもなく、 他店を圧倒するような美味しさがあるわけでもない。


 他のお店にはない特別なサービスもない。


メリットと言えば、他店より席が広くゆったりと過ごすせることと、店内が静かなこと。


主な客層は、社会人や近くに住むお年寄りなどで、ビジネスマンが商談や打合せなどに使っていることもある。


もちろん例外はある。

騒がしいお客様が来ることもあるし、わたしの苦手なタイプもいる。


――カラン~カラン♪


 来客を告げるベルが鳴る。


「いらしゃいませ。デイ・ドリームにようこそ」

「やぁカスミン。調子どう?」


 さっそく苦手な客が来た。多分大学生くらいだと思うけど、シフトの日によく来る。

 

 軽薄な感じのロン毛茶髪のイケメン風……あくまで風だ。


「はい、元気に頑張ってますよ」


 客に不機嫌な態度は見せられない。文字通りの営業スマイルで対応する。


「この前のこと考えてくれたかな?」

「あちらの席にどうぞ」


 必要以上に取り合わず座席の場所だけ告げる。


 先日このロン毛の席を担当したわたしは、食べ終わったお皿を片す際、質問攻めにあったあげく連絡先を強引に渡された。


 ロン毛が帰った後、もらった連絡先はスタッフルームのゴミ箱に捨てた。

  

 たまに変な事を聞いてきたり、ナンパ目的の客がいる。

 

 「実はわたし男なんですよ~」と一言言えば、全て解決しそうではあるけど。


 代わりに女装した男子高校生がカフェレストランで働いているという驚愕きょうがくの事実が発覚することになる。


 客商売は余計なさざ波を立ててはいけない。

 最近はSNSなどで悪評はすぐに広がる。


 わたしの正体がばれるのもダメ

 お客さんの失礼な態度をとるのもダメ。

 

 ナンパされるのもダメ。 

 ゲームの縛りプレイみたいだな、これ。

  

 このロン毛については連絡先も貰った日に念のため店長にも相談したが、しばらく様子見とすることになった。今後来店してもわたしは席を担当しないことになっている。


「カスミンは今日もつれないなぁ……また後でね」


 軽薄な笑みを浮かべるロン毛は席に向かった。

 これで今日のところはお別れだ。

 

 できれば永久にお別れしたい。


 ……べーだ。

 

 ロン毛から見えない角度でわたしはちょろっと舌を出す。

 

 いつもドリンクバーとポテトフライだけ注文し、スマートフォンをいじり一時間ほどすると帰っていく。


 ロン毛の席から遠いところで仕事をしていればこれ以上関わることはない。

 一時間ほど店内で過ごした後にロン毛は帰った。

 

 やれやれ、諦めてくれればいいけど。

 女装したわたしのどこがいいのだろうか。


 男にしては声が高く、女としては低い。

 身体の線が細いせいか、子供のころは女の子と勘違いされることはあった。

 

 この歳になってもひげは全く生えない。代わりに睫毛まつげが長い。


 アルバイト後、始めたメイクについては嫌いではない。


 目の下のクマを隠せるし、慢性厨二病の影響かもしれないが普段とは違う自分になれるような気がする。

 

 今は百円ショップとかで買った安い化粧品や加恋さんから譲ってもらったものを使っているけど、次の給与が入ったらもう少し良いものを揃えたい。


 問題は一人で買いに行きづらいこと。ネットでも化粧品は買えるけど、できれば試供品を試したいし。

  

 スカートは慣れないし今も恥ずかしい。

 半ズボンの方が見えてる範囲は広いけど、ヒラヒラするからどうにも落ち着かない。

 

 足を見られるのも恥ずかしい……。

  

「カスミンちゃんどうしたの? 曇った顔しているよ。スマイル、スマイル」

「あ、すみません中川さん。えーと、こんな感じですかね?」


 シフトが重なることが多いパートの中川さんからの指摘を受けて、ハッとしたわたしは慌てて営業スマイルを作る。


 少しぎこちないかもしれない。


「うんうんかわいい。やっぱりカスミンちゃんの笑顔は素敵ね。ところで年上の彼氏とか興味ない? 東慶大学に通うラガーマンでうちの息子なんだけど、結構イケてると思うわよ」


「ごめんなさい。まだ高校生になったばかりだし、わたしにカレシはまだ早いかなって……男の人はよくわからないし」


 男友達はふたりしかいない。

 女の子もよくわからないけど男の子もよくわからない。


 同年代の男の子って放課後は何をやっているのだろう。


「そう。気が変わったら教えてね。セッティングするから」

「はい。ありがとうございます」


 キッチンルームに向かう中川さんを見送る。


 カレシか……。

 考えたこともなかったな。


 服とか髪型とか今以上にこだわったら、かわいいとか言ってくれるのかな。

 放課後に待ち合わせして、休みの日にデートしたり。

 

 ……というか何を考えてるのわたし!?

 

 そもそも中川さんはわたしが男なの知ってるのに何で自分の息子さんを紹介しようとしてるの!?――ありえないよ。

 

 わたしもわたしでなんでカレシにかわいいところを見せることを想像してるし。


 アホかぁ~というかキモっ~我ながら。

 

 しかしアルバイトを円滑にこなすためとは言えカスミンだと乙女モード炸裂でやばい。

 これ以上乙女モードに浸食されるとわたし……いや俺が俺でなくなる。乙女に染まってしまう。

 

 ぬぐぉおおおおおおおお!

 はぁ……駄目だ精神的に疲れた。

 

 やっぱり別のアルバイト探そうかな。

 この仕事は色々と大変、どうせやるなら気楽なのがいい。


 でもわたしが辞めたら楓がここでアルバイトをすることに、むむむ……。


 緒方霞十五歳、アルバイト先では女形おがたカスミン。

 スカート丈やたまに感じる胸元や腰回りへの視線に恐怖を感じます……その他諸々問題があります。

 

 日々の苦労が絶えません。

 王子様でもお姫様でも天使でも悪魔でも良いので誰か助けてください。

 

 あと……現在カレシ募集してません。

 カノジョはできれば欲しいけど無理だよなぁ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る