第24羽♡ 秘密の関係


 カフェレストラン『ディ・ドリーム』は午後五時を回ったあたりが忙しく、ピークは過ぎた午後六時以降は特に問題なく時間が過ぎていった。


 勤務終了まであと十分ほどに迫った頃、ドリンクバーコーナーに近い座席のお客様に声をかけられた。


「すいません。ちょっと良いですか」

「はーい」


「ふーんカスミンちゃんかぁ、話があるんだけど付き合ってもらえるよね?」


 声をかけてきたのはグレーとベージュの中間のような髪色のミディアムショートヘアがトレードマークの同級生だった。


 突然の事態急変を呑み込めず、わたしは営業スマイルのまま石化し、次の瞬間絶叫していた。


「み……宮姫ぇえええ!?」

「ちょっと大きな声を出してはダメでしょ!」


 わたしにしずまるに宮姫は右人差し指を口に当てて、笑みを浮かべている。

 

 宮姫すず。

 白花学園高等部天使同盟一翼『癒しの天使』

 

 そしてわたし……じゃない俺の協力者。


 しばらくキッチンで仕事をしていたせいか、宮姫が来店しているのに気づかなかった。

 

 テーブルの上にはエンジェル・バニラチョコサンデーとアイスティー、宿題をしているのか数学の教科書とノートが広がっている。


「わたしが緒方君がここで働いているのを知ってるのは当然でしょ」


「まぁそうだな、すまん取り乱して」

「別に良いけど……それにしてもこれはこれは」


 宮姫は俺の全身を確認した後、形の良いあごに指でおさえ納得したようにうんうんと呟く。


「な、なんだよ?」

「かわいいなと思って……女としてはなんかムカつくけど」


「なんでだよ~!?」

「どう頑張ってもかわいい人には勝てないと思うとなんかね~」


 そう言うと宮姫はため息をついた。


 宮姫すずは白花学園中等部時代は前園凛と双璧で高等部でもトップクラスの美少女。


 かわいい子にかわいいって言われるの嬉しいけど……宮姫と女装した俺ではかわいいの次元がそもそも違う。

 

「じゃあ仕事に戻る、後でな」

「うん」

 

 今は仕事中――いつまでも宮姫と話しているわけにもいかないので宮姫のテーブル席から離れる。

  

 宮姫にカスミンの姿を見られたのはもちろん初めてだ。

 

 恥ずかしい。

 でも見られても大丈夫なヤツで良かった。


 ドキドキするけど……。

 

 別のテーブルを片しながら、遠巻きにもう一度宮姫を見る。

 俺のことを気にすることなく勉強にいそしむ。

 

 運動部の宮姫は普段から忙しい、時間を無駄にできないのだろう。

 そんな中わざわざ会いに来てくれてるの嬉しい。

 

 訳ありなのはわかっているけど。

 

◇◇◇◇

  

 午後七時を回り、勤務時間を終えた俺はスタッフルームの入り口横にあるタイムカードを打刻だこくする。

 

 ピピっとなる古ぼけたタイムカード打刻機からタイムカードを取り、事務用デスクに置かれたカードフォルダにしまう。


 店のユニフォームにから、学生服に着替えメイクは落とし足早に退店する。


 前髪で顔を隠し、花粉対策眼鏡とマスクをつければ元通り、緒方霞に女形カスミンの要素は残らない。

 

 外はすっかり暗くなり夜となり、国道を走る車のライトがあちらこちらで光っている。

 

 俺の退店に合わせて会計を済ませた宮姫は、店から漏れるライトと車のライトと人工的な明るさの双方に照らされ輝いていた。

 

「お待たせ」

「バイトお疲れ様」


「宮姫もお疲れ、じゃ行くか」

「うん」


 ふたり肩を並べて日が落ちた夜の街を歩きだす。

 

……カタカタカタ。


 蒸し暑い六月の夜に自転車のペダルの音が響く。

 宮姫の家は電車の駅だと学校から一駅先だが自転車通学している。


「初めて見ちゃったカスミン」

「バイト先に来るなよ。知り合いでも見られるの恥ずかしいから」


「いいじゃない、今の緒方君よりカスミンの方がわたしの知っている『かーくん』のイメージに近いし」


「保育園の頃の俺? そう言えば宮姫や楓とお姫様ごっこをよくしてたからか」


「よくやったよね。楓ちゃんが王子様でわたしと緒方君がお姫様」

「今更だけど配役おかしくないか?」


「ううん、あの頃の楓ちゃんは王子様にみたいにカッコよかったし、緒方君は本当にお姫様だったよ」


 辺りが暗いからわかりずらいけど、宮姫は昔を思い出し笑っているように見える。

 懐かしくも遠い記憶……。


 楓と宮姫と俺は同じ保育園に通っていた。

 三人とも親の迎えが遅く、いつも最後まで園に残っていたから自然と親しくなった。

  

 今は大人しい楓は、当時は男の子と喧嘩して勝つほど活発で俺と宮姫にとってはヒーローみたい存在だった。


 さて……想い出話に花を咲かせるのもいいが、宮姫の目的は別にある。

 わざわざ俺のアルバイト先まで来てくれたのもそのため。


「ところで話って前園のことか?」             

「それもあるけど、今日分のが残ってる」


「ああそうだな。あそこの公園でいいか?」

「うん……」


 ブランコと滑り台がついた遊具、砂場、鉄棒がなどがある小さな公園に入る。

 夜も遅いため、俺たちの他には誰もいない。


「この公園には昔三人で来たことがあるんだけど覚えてる?」

「すまん忘れた……」


「そっか、それは残念」


 少し寂しそうな顔した宮姫が俺を見つめている。

 俺が近づくとゆっくりと瞳を閉じる。


 滑り台の影で公園の外から誰も見えないところで俺は宮姫の肩の軽く抱き、そして唇を重ねる。


「ん……」


 宮姫の口から僅かに声が漏れる。

 

 ただ触れ合うだけのキス。

 それでも甘くて熱くて……。

 

 キャンディーよりも口の中でとろけて油断すると溺れそうになる。

 そして心の中にじわじわと罪悪感が広がっていく。

 

 俺たちを見てるのは、公園内にある樫の木と空に浮かぶ欠けた月だけ。

 この世界から俺たちは切り離されているように感じる。

 

 残念ながらそんなことはないけど。

 

 俺はポケットからスマートフォンを取り出し、俺たちがキスしている姿を写真に撮る。


 「パシャ」という音のシャッター音が周囲に響いた数秒後に俺は宮姫から離れる。

 公園内は変わらず静寂でわずかな風の音と車のエンジン音が聞こえる。


「はぁ……緒方君のエッチ」


 右手人差し指で唇をおさえた宮姫が唐突につぶやく。

 

「なんでだよ!?」

「だってどんどんうまくなってるし……」


「な!?……どんなことでも沢山こなせば巧くなるだろ!」

「そうだね、ほとんど毎日だし……わたしたち最低だね」

 

 学園で『癒しの天使』と呼ばれる少女はあざける様な笑みを浮かべる。


 これは良くない事――俺たちはそれを分かっている。

 誰かが知れば失望することも。

  

 それでも俺たちは止めることがない出来ない。


「宮姫が悪いわけじゃねーだろ」

「緒方君が悪いわけでもないよ」


 互いにかばい合っても意味がないのも分かっている。

 それでも言わないわけにはいかない。


 宮姫も俺も恋愛感情からキスをしているわけではない。

 決まったルールだからやっている。ただそれだけ。

 

 俺はいい――問題は宮姫だ。

 好きでない男とほとんど毎日キスをしなければならない。

 

 辛くないはずがない。

 こんなことさせたくなけど止めれない。


「誰も見てなかったよな」


「うん。でもこれまでのことを考えると誰かが見てると思った方がいいね。ところで緒方君」


「ん?」

「気にしないでね、幼馴染の唇に少し触れるだけ、大したことじゃない」


 宮姫はさばさばした感じで言う。

 気遣ってくれているのだろう。

 

 それでも俺は女の子のキスがそんな安いものだとは思わない。


「緒方君が気にするとね、わたしも考えちゃうから……何でもないって言ってほしい。いつも言ってるけど慣れ合うとこの先辛いよ」


 宮姫の言うことは正しい。

 俺たちは自分のためにも早くバカげたゲームを終わらせないといけない。

 

 でも相手にこちらの秘密を握られている以上、慎重に行動しないといけないし、感情的になれば選択を間違えるかもしれない。


「わたしは緒方君のこと好きじゃないから」


 宮姫は優しい笑みを浮かべてそう告げる。

 

「分かってる。でも俺は宮姫のこと嫌いじゃないよ」


「ありがと。心配しなくてもわたしのファーストキスは緒方君以外で済ましているから」


 ――前に聞いている。

 宮姫には好きな人がいる。

 

 俺ではない。

 なぜだろう? 心がチクチク痛む。

 

 さっき撮ったキス画像をいつものように『非公式生徒会』宛にメールで送る。

  

「送信終わったからさっきの画像消すぞ」

「うん」

 

 送信が終わった画像は全て削除する。

 俺たちがキスした痕跡はできる限りなくす。


 非公式生徒会に画像を送ってる時点でこの世から全て無くすことができない。

 俺と宮姫の秘密の関係は俺たちの意志と関係なく今日も続く。

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