第21羽♡ かわいいあの子は苦労がいっぱい


「なぁ、あのアルバイトの子かわいくないか?」

「確かに、ちょっと背が高いけどスタイル良いし」


 大学生ぐらいだろうか、わたしを見ながら男性客二人組がヒソヒソ話をしている。

 

 かわいいと言われるのは素直に嬉しい……と思う。

 でも全身を見るような視線はちょっと苦手だ。

 

 女の人ってつくづく大変だと思う。

 わたしも不用意な視線を向けないように注意しよう。


 それにしても、実は男だと知ったらあの二人のお客様は真っ青なるだろうな……。

 知られたくはないけど、ちょっと見てみたい気もする。


 さて……仕事に集中にしないと中途半端だとボロが出てしまう。

 

 『ディ・ドリーム』ではわたしが女装してアルバイトしていることは最高機密となっている。


 知ってるのは店長と一部の古参女性パート、アルバイト数人だけ。

 

 男性従業員からは、いつの間にか現れて気づいたらいなくなる『不思議ちゃん』扱いになってるらしい。

 

 ……いつかバレるのでは?と心配だけど。

 

 わたしがここでアルバイトをすることになった理由はいくつかある。

 何度も言うけど決して女装趣味で今のアルバイトを選んだわけではない。


 全ての元凶は高校入学後、二週間ほど経った四月中旬にさかのぼる。


◇◇◇◇


「ねぇカスミ、アルバイト先を探しているって言ってたよね? お姉ちゃんが働いてるカフェレストランで丁度募集してるみたいなんだけど、どうかな?」


 楓にアルバイト先を探してることを話したのはその前日のことだ。


 その際は、もう少し高校生活に慣れてからアルバイトをした方が良いみたいな意見だったので、昨日の今日で楓からアルバイト先が提案されたのは意外だった。


「お姉さん……加恋かれんさんのアルバイト先なのか……カフェレストランかぁ、いいかもしれないな料理の勉強にもなりそうだし」


 部活に入っていない分、大学受験まで放課後に時間がある。

 アルバイト内容は私生活にも活かせるものなら猶更なおさら良い。


「うん良いと思うよ接客も経験できるし。それでさ急で悪いんだけど今日の放課後面接に行ける?」


「え、今日? 特に予定はないから大丈夫だけど、今履歴書を持ってないぞ」


「履歴書は後出しで大丈夫だって、場所は学園から歩いてすぐだし……ね?」

「……じゃ行ってみるかな」


 普段の楓は押しが強くない、むしろ控えめな方。

 この時は何故かグイグイ来て断れる雰囲気じゃなかった。

 

 結局、放課後に言われるがままにアルバイト面接を受けることになった。

 

 ……今思えば全てが罠だったのかもしれない。 


◇◇◇


「やっほーカスミ君久しぶり~」

「こんにちは加恋さんお久しぶりです」

 

 その日の放課後、アルバイト面接のためカフェレストラン「ディ・ドリーム」に行くとスタッフルームには店長さんだけでなく、楓のお姉さんである加恋さんもいた。

 

 中学の頃に何度か楓の家に行ったことがあり、加恋さんとは以前から顔見知りだった。

 

「面接にはあたしも参加するからリラックスしてね」

「え、そうなんですか?」


 加恋さんの前で面接落ちたら、かっこ悪いし嫌だな……。

 とは言え、できる範囲で頑張るしかない。


 恐らく四十代半ばくらいで、落ち着いた雰囲気の店長さんと顔合わせすると早速質問が飛んできた。

  

「緒方霞君だね、うちで働く場合、週何日くらい働けるかな?」

「テスト期間以外なら週四くらいはできると思います」


「週によっては五日働いてもらうこともある。そうした場合は別週のシフトを少なめにするけど、それで大丈夫かな?」


「はい、何とかなると思います」

「なら是非うちで働いてほしいな」


「こちらこそよろしくお願いします」


 俺の緊張とは裏腹にとんとん拍子で話は進んで行った。

 店長さんは感じの良い人だし、何かあれば加恋さんに相談できる。

 

 良いアルバイト先を見つけたとその時は思った。

 

「そうかそうか、うちで働いてくれるか。では早速で悪いがユニフォームを渡すから今から着替えてきてくれるかな」


 ん?

 初めてだからよくわからないけど、アルバイトって面接の日に着替えとかするのか?

 

 アイドルやモデルではないし、容姿も選考基準の範囲とか無いよな?

 でもまぁ着替えるくらい別にいいか。


「わかりました。では」


「カスミ君ちょっと待って、前髪が長いからちょっと止めるね」

「ありがとうございます」


 加恋さんは慣れた手つきに俺の前髪をクリップで整えてくれた。

 俺はもう一部屋あるスタッフルームで着替えることになった。


 渡されたユニフォームの異変にはすぐに気づいた。


「あれ? これスカートなんだけど間違えたのか?」


 畳んであったからスカートとズボンに見間違えたのかもしれない。

 

――コンコン!


「ごめん、カスミ君もう着替え終わった? そろそろお客様が増える時間だから急いでくれる?」


「あ、はーい。すいません」


 ドアの向こうから加恋さんが俺を呼ぶ声がする。

 必要以上に時間を取らせるのも申し訳ない。


 恐らく出勤日の調整や給与の振込先などの確認をしたら面接は終わりになるだろう。


 せかされた俺は戸惑いながらも渡されたユニフォームに慌てて着替えた、

 もちろんスカートも履いた。

 

 ……なんかズボンと違いスースーする。

 剣道の授業ではかまを履いたことがあるけど、袴ともまた違う感じがする。

 

 俺は本当にスカートを履いたこの姿を人に見せるの?


 いや待て。


 俺『ユニフォーム間違ってましたよ~スカート履いちゃいましたよ』

 加恋さん『もうカスミ君はおっちょこちょいだな~』

 

 店長さん『緒方君、君は面白いやつだな、よし採用決定!』


 な~んて感じで、ユーモアがあるヤツとして店長に好印象になるかもしれない。

 俺はその時、何故かそんなあり得ない事を考えていた。

 

 後で後悔するとも知らずに……。


「お待たせしました~加恋さん」


 期待と不安が半分半分をにじませながら、着替えた俺はスタッフルームのドアを開けた。

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