第58羽♡ 割れた林檎
「はぁ……その反応だとやっぱり誰にも言ってないんだね良助は」
広田の彼女、北川さんが来て早々溜息を吐く。
「俺が知らないだけかも、水野は広田に彼女がいるの知ってたか?」
「いや……」
「おいクソ眼鏡! あたしのことを言うのはそんなに恥ずかしいの?」
「待て
誰からも聞かれなかったから」
クソ眼鏡こと、広田は北川さんに胸ぐらをつかまれて狼狽している。
普段は割と冷静なのでこれはこれで珍しい。
「緒方君たちは友達なんだし自分から言えばいいでしょ!」
「ぐっ……」
今度は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
彼女って強いんだな……それとも彼氏の立場が弱いのか?
ともあれ広田がピンチなので助けなければならない。
このままだと本題に進まないし。
「彼女がいるなんて羨ましいなぁ~水野」
「緒方……俺はお前一筋だ。一日も早くサッカー部に入り毎日しばいてくれ!」
「少しは空気読めや! このサッカーバカがぁあ!」
「ちょっと緒方君と水野君が仕上がってるって噂は本当だったの!?
第二新聞部として取材を申し込むわ!」
「いや全然仕上がってないから!」
ダメだ……ますますカオスな状況に陥っていく。
でもとりあえず、北川さんの矛先が広田から俺に変わった。
このまま押し切れればいい。
「俺が聞きたいことに答えてくれれば、後でいくらでも取材に受けるよ」
「本当? 絶対だよ緒方君!」
「わかった」
いくら聞かれたところでアホの水野との間には何もないし問題ない。
「じゃあ緒方君始めようか……良助と水野君は悪いけど席を外してくれる?
デリケートな内容があるから」
「ふむ」
広田が素直に応じ、水野も無言でうなずく。
俺と北川さんだけが残り、ふたりは中庭からいなくなった。
広田は単純に北川さんから逃げたかっただけかもしれないが。
◇◇◇
「緒方君は何が知りたいの?」
「宮姫と前園、ふたりの間に何があったか」
「ごめん……あたしも本当のところはわからない。それとなく聞いてみたことがあるけど、絶対に口を割らないし」
「じゃあ、すれ違うきっかけになりそうな事とかはなかったか?」
「……いくつか心当たりはある。でも緒方君が知ってどうするの?
あたしや良助から聞こうとしてるってことは凛ちゃんとすずも緒方君に話してないってことだよね。ただの興味本位なら話せないよ」
「俺はふたりに仲直りしてほしいと思ってる、でも事情を知らなければ何も言えないだろ、
ちゃんと見極めた上でふたりのために出来ることを探したい」
実際は前園本人から仲直りの仲介をしてほしいと頼まれているわけだど、
そこは言わない事にした。
北川さんのことを信用しない訳ではないが、彼女が前園と宮姫の両方に繋がっている以上ベラベラと話さない方が良い。
「嘘じゃないよね?」
「もちろん」
「……わかった。でもあたしから聞いたってことは言わないでね。
あのふたりはね……出会うのが運命だったというか、
元々ひとつの林檎が割れてふたつになったとかそんな感じ。
それくらい一緒にいるのが当たり前だったの。
まずはこの写真を見て」
北川さんのスマートフォンに映る画像。
中等部の制服に身を包む今よりもさらに若い宮姫すずと前園凛。
整った美貌を持つふたりの少女が幸せそうに笑みを浮かべている。
ただ前園と思われる金髪ロングの少女の背はかなり低い。
恐らく宮姫と二十センチ近い差がある。
「念のため聞くけど、この小さい女の子が前園だよな?」
「そうよ。これは凛ちゃんの完全体、ロリんちゃんよ!」
「ロリんちゃんだと……なんという超絶な美少女……いや美幼女過ぎる! やばっ尊い~!
でもこれ小学校低学年くらいじゃ?」
「中等部入学当初の凛ちゃんは中学生に見えないくらい小さかったの」
そう言えば中尾山で前園がそんなことを言ってたな……。
温泉でお湯に浸かりながら聞いた話だから北川さんには言えないけど。
「今の前園は女子では背の高い方だよな」
「そうなんだよね。ずっとそばに居たから気づかなかったけど、
いつの間にかスタイル抜群の美女にジャップアップしてたの。
ロリんちゃんの頃は黒板の真ん中くらいまでしか手が届かなくて、
一生懸命手を伸ばしてプルプル震えてるのが、かわいかったんだけどね~」
「それ、なんとなく良いな……」
「でしょ~ さて……余興はこれくらいで本題に入るよ」
「おう」
北川さんから聞かされたのは、中等部三年間の軌跡だった。
回りが気づいた時にはふたりはいつも一緒にいたこと。
ある日、クラスメイトと喧嘩した前園が教室を飛び出し、駆け込んだ美術部の部室で伸ばしていた長い髪をばっさり切ったこと。
前園を追いかけた宮姫もその場で長い髪を切り、教室に戻ったふたりを見てクラスメイト達が悲鳴をあげたこと。
クラス委員長前園、副委員長宮姫のふたりのいるクラスはまとまりと活気があったこと。
多くの人から生徒会役員になることを望まれながら、ふたりの時間を優先するため断ったこと。
中三の白花祭で前園が男装の麗人、宮姫が伯爵令嬢の悲恋劇を演じ、鑑賞した女子生徒の大半と担任の教諭を号泣させたこと。
美術部部室があった冬星館が俺の入学前に老朽化により取り壊しになったこと。
取り壊し前に管理側のミスで前園と宮姫が一晩閉じ込めれる事件があったこと。
美術部在籍中に宮姫は一枚の油絵を三年間かけて仕上げたこと。
油絵のモデルが前園だったこと。
北川さんの話だけでもふたりが深い絆で結ばれていたことがよく分かった。
だから余計に袂を分けることになった理由がわからない。
他に考えられるとしたら第三者の介入などの外的な要因。
例えばどちらかに恋人ができたとか、非公式生徒会とか……。
でもふたりの関係が変わったのは堕天使遊戯が始まる前。
だとすると……。
「中等部時代に、前園や宮姫に彼氏っていたかな?」
「多分だけど、いないと思う……すずに告白して振られた男子は星の数ほどいるけど」
「前園も同じだろ」
「ううん。凛ちゃんに告白するのは暗黙のルールで禁止だったの、前園病って聞いたことある?」
「あぁ、中等部時代の前園の熱烈なファンだろ?」
「うん、ロリんちゃんは幼女だから恋はまだ早いって皆言ってたし」
「……それはあまりに酷い。じゃあ彼氏じゃないにしろ、ふたりと仲のいい男子とかは?」
「断定はできないけど友達以上はいないと思う。学園内にはね」
「ん? どういうことだ?」
「すずは中等部時代に区の体育館で土日に男女混合バスケサークルに参加してたの、練習終わりだと思うけど男の人と歩いてるのを見たことがある。
凛ちゃんも凄いイケメンと下北沢で買い物してたのが噂になったことがある。
修学旅行の時にそれとなく聞いたら、お兄さんみたいな人がいるって」
「なるほど……」
前園には恋人がいたのかもしれない。
宮姫本人が言っていた好きな人はバスケサークルで一緒だった人かもしれない。
恋人の存在が、強固な前園と宮姫の関係にひびを入れた可能性はないか。
いずれにせよ判断材料が足りない。
俺の知らないことが多すぎる。
ふたりを知るどころか、ますます濃い霧に包まれて真実が逃げていくように思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます